表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/82

訓練と裏番長


 琴音が家でウジウジと反省している頃。




「……ふっ!」


 闇夜は、俺のホームグラウンドだ。

 暗闇以上に、人の注目から俺を守ってくれる存在はいないだろう。


 今日も、日課にしている夜のトレーニングに繰り出す。 

 人の視線を避けるためには、並大抵の努力では届かない。なぜならば、人の視線は光の速さと同じ。本質的に、()()()()()()()()()のだ。


 だから、俺の理想に近づくための鍛錬を欠かすことはない。

 

 瞬発力はもちろん、持久力も損なってはいけない。いつどこで、誰に見られるかわかったものではないからだ。


 万が一のために、相手の意識を刈り取るための練習も必要だ。

 俺の想像力をもってすれば、相手がいなくても一人でイメージトレーニングすることはできる。


 場所は夜の河川敷。

 明かりひとつないこの場所、よほどのもの好きでもなければ人が来ることは滅多にない。まさに俺にとっての理想的な環境だ。


 もちろん、俺自身も明かりは一切つけていない。

 真っ暗闇の中にたった一つ灯る明かりほど、目立つものはないだろう?日陰者としての最低限のスキルとして、夜目が効くのはもはや常識なのである。

 むしろ、視界が不安定な中でもバランス感覚を保ち、見えない障害物をよけるのは非常に良い訓練になるのだ。


「……これで、おしまいっと!」


 最後のメニューだ。逆立ち腕立て20セットを終えて、一息つく。

 

「やれやれ、今日は散々な一日だった」


 暗闇の中で一人ごちる。

 これだけの鍛錬を積み重ねても、人の視線はいとも簡単に俺の自由を奪う。

 そして、その視線をたやすく集めてしまうのだ……彼女は。

 

「このままじゃ、俺が先に音を上げてしまいかねない。そうなる前に、なんとしても究極のラブレターを書き上げなければ……!」


 俺が意を決して、帰路につこうとしたその時だった。

 暗闇の向こうから、つんざくような悲鳴が聞こえる。


「いやっ!やめて!」

「いいぜえ、その嫌がり方、たまんねえよ。こんな暗がりじゃ、どれだけ叫んでも人は来ねえ。好きなだけ叫んでくれよお。その方が俺も興奮するからさあ」


 目を凝らすと、道の上で誰かが揉めている。というか、一方的に襲われているようだ。

 こんな人気のない場所に、よくもまあ偶然居合わせたもんだ。


「はな……してえっ!」

「そんなこと言って、ほんとはこうなることを期待してたんだろ?そうでもなけりゃ、わざわざこんな人通りのねえ道を一人で歩いたりしねえもんなあ!ほら、望みどおりに滅茶苦茶にしてやるよ!」


 カチャカチャと金属の擦れるような音。どうやらベルトのバックルを外そうとしているらしい。

 ……やれやれ、仕方ない。


 俺は物音ひとつ立てずに、素早く二人のもとに移動を始める。


 実は、前にも似たような光景に出くわしたことがある。


 その時はそういうシチュエーションを模擬したプレイだったわけで、止めに入ろうとした直前気づいて大恥をかくのをどうにか免れた経験がある。

 ていうか、男の方が我が弟だということに気づいただけなんだけどさ。もちろん、家に帰ったらきつくお灸を据えてやったが。


 だが、今回はどうやらそうではないらしい。

 男の方の発言が、図らずもそれを裏付けている。


 ……万が一、そこまでを想定した極めて特殊なプレイだったとしたら、悪いが女性の方にも気絶してもらえばいいや。

 そうやって覚悟を決めると、地面に転がった内の一人……かなり上背のある男の首筋に手刀を落とす。


「ぐあっ!?」


 かなりタフなやつだ。この前の朱久の黒原ほどではないが、それでもこの一撃を喰らって意識を辛うじて保っていられるなんて、大したもんだ。

 妙なところに感心している場合じゃない。男の身体を地面に転がすと、襲われていた女性を優しく抱き起した。


 本当ならば、「それじゃ」といってさっさとその場を立ち去りたかったが、男の意識を刈り取り切れなかった以上、この場に放置するのは流石にまずい。

 女性の手を引き、


「さ、早く移動しよう。あっちの方が、早く人通りに出られる」

「え……?」


 暗闇で顔も良く見えない女性が、俺の声を聞いた瞬間にぴたりと動きを止めた。

 どうしたんだ?早く移動しないと男の方がまた起き上がってしまう。こんな卑劣な奴なんかもっとボコボコにしてもいいとも思うが、余計なことをして目立つリスクは避けたいのである。


 ひょっとして……?


「ゴメン、ひょっとしてこういうプレイだったの?」


 もしもそうなら、一刻も早く彼女の意識も刈り取らねばならない。

 大丈夫、後遺症どころか痛みひとつない安全な方法を心得てるから。


 俺が万が一に備えて身を屈めようとしていると、


「その声……まさか……」


 俺の声に聞き覚えがあった?まさか、知り合いなのか?

 ていうか、俺もこの女性の声に聞き覚えがある。まさか……


「佐藤ク……じゃなかった。正義(まさよし)くん……」

「……君も、まだ俺のことを名前で呼ぶのかい。そろそろ止めようよ、それ……」


 乱れた衣服を整えながら、俺の顔をひっそりと盗み見ていたのは、

 ご存じ。となりの席の金木さんだった。


 金木さん、こんな夜中に一人歩きは危険ですよ……

 


タイトルで思いっきりネタバレしちゃってますが、佐々木さんは正真正銘のクズ野郎です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ