青蓮院と琴音†
同時刻。場所は香林堂の前。
店先で会話する二人を遠くから見つめる影があった。
「……え、佐藤くんと……香田先生……?」
昨日一挙公開された"ホリック"のラブレターを見て、琴音も店がどうなったのか気になっていた。
実際に店の近くに来て、そこで見た光景に琴音の心は強く揺さぶられることになる。
「……このお店、香田先生の実家だったんだ」
女将に店の中に引きずり込まれる様子を見て、古びたお菓子屋と担任の教師と関係を察した。
そして、それをにこやかに見つめる正義の姿。
彼は、初めから香林堂が香田先生の実家であることを知っていたに違いない。
つまり──
「……全部……香田先生のため……だったんだ……」
肩の力がふっと抜ける感覚がした。持っていた宝くじがハズレだと確認した時のような、軽い諦観に近い。
ああ、やっぱりな。と、どこかで納得している自分がいた。
しかし、現実の琴音の目の前は真っ暗だった。
そんな自分を認識した時、宝くじが"ハズレでない事"をどれほど強く願っていたのかを思い知ったのだった。
「……なんだろう……この気持ち……。なんか、ヤだな」
胸の奥で渦巻く、ほの暗い感情の正体を掴み切れないまま、店の様子を呆然と眺める。
自分が店先に立っていた時と比べても、さらに多くの人が店を訪れていた。
以前正義と一緒に来た時の、寂れた気配は微塵も感じられない。活気に満ち溢れ、眩しいほどに輝いて見える。
琴音が願った、店の姿だった。
琴音が望んだ、店の姿だった……はずだった。
「……あれ、なんで?」
不意に、琴音は自分が涙を必死にこらえようとしていることに気づいた。
大勢の客で溢れている、和菓子屋さん。それを見ているのが、何故かつらかったのだ。
胸に手を当て、その理由にようやく思い至る。
「……私、あの店が好きだったんだ。寂しくて、でも二人っきりで落ち着ける、あのお店が……」
他に誰もいない場所。そこで正義と二人っきりでいる時、琴音は本来の自分でいることができた。
誰からの視線も気にすることなく、ありのままの自分でいられた。
だからこそ、店を畳もうとしていたことにショックを受け、そうならない様になんでもすると誓ったのだ。
でも、全てが終わってみれば、なんとも間抜けな自分がそこに取り残されている。そんな気がした。
そんな折、正義がこちらに振り向こうとしているのが見えた。
「──っ!?」
訳が分からなくなり、琴音はその場から急いで走り去る。なぜか、今の自分を見られることがとてつもなく悪いことのような気がしたのだ。
胸の動悸が納まらぬまま、アーケードを走り続ける。
まるでこれは"自動操縦モード"だ。自分のことが全く制御できない。
いつもと違うことがあるとすれば、制御が効かないのは自分の心の中であること。
そして、心をかき乱す原因となる人物が、琴音のことを見ていないということだった。
混乱する心を必死に抑え込み、一つだけはっきりとわかった事実を、それに縋るように呟くのだった。
「……私の居場所……無くなっちゃったんだ……」
闇堕ち回は書いてて辛いので、短めで勘弁してください。




