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和服と身代わり


 翌週、


「佐藤クン……あなた一体何をやったの?」

「なにって、俺は先生との約束を守っただけですよ」


 商店街を歩きながら、先生に先週の成果を報告しているところだ。

 先生は信じられないものを見る目で、アーケードの中のいたるところを見回している。


「先生との約束ですってぇ?いつ、私が()()()()()()って言ったかしら」

「必要だったんですよ、どうしても」


 視線の先には長蛇の列。多部川商店街の普段の集客量から見ても、明らかに異常な客付きの良さだった。

 しかも、似たような行列は商店街のあちこちにある。

 ただの週末とは思えない、まるでお祭りのような状態である。


「先生、その様子だと、最近の投稿サイトをチェックできていませんね」

「最近仕事が忙しくってね。多部ログの準備って、実はけっこう大変なのよぉ?今年は訳の分からない企業協賛が絡んできたりしてるし。油断すると誰かみたいに露骨な宣伝を書いてくる生徒もいるしぃ」


 「うやむやにするの、結構苦労したんだからね」と恩着せがましく言い添えてくるが、そもそもあんな無茶な要求をしてきたのはそっちなのだから文句を言われる筋合いはない。

 とりあえず先生の愚痴は無視して説明を続ける。


「お察しの通り、お店を舞台にしたラブレターを書いたんですよ。ただし、他のお店も併せて、合計30通ほどね」

「そうすれば、ますますどの生徒があれを書いたのかを特定しづらくなるって訳ね。それにしても、そこまでして隠し通さなきゃいけないものなの?」

「俺にとっては死と同義です」


 はっきりと言い返す俺に、先生は観念したように何も言い返してこなかった。

 その代わりに、


「それにしてもぉ、大した集客力だわ。先生の書いた偽物なんか比べ物にならない。一過性とはいえ、恐ろしいものねぇ」

「それについては、俺も驚いています」


 さらなる副産物として、停滞気味だったランキングも再び元の勢いを取り返していた。

 月間一位に到達するのも時間の問題だろう。


 やはり、実在する俺を少しでも匂わせる文章に対する関心は依然として高かったようだ。

 ……絶対に見つからないけどな!


「それで、肝心のうちの実家は」

「もうすぐ見えますよ。きっと大盛況でしょう」


 「そして、俺の目論見が当たっていれば面白いことが起こるはずです」と、心の中で呟く。

 商店街の切れ目に到達する前に、すでに異変は目に見えて明らかだった。


「うっわぁ。こんな商店街のはずれにこれだけの人が流れ込んでくると、流石に異様な光景ね」


 感嘆の声を上げる先生。

 商店街のほかの店と比べて、先生の実家──香林堂はさらに客足が多い。


 俺のラブレター公開後、"聖地巡礼"と言わんばかりに押し寄せてきたのは主に一般のお客さんだ。まあ、投稿サイトを見てきた人たちってことね。

 それに加えて、香林堂には多部川の生徒が多く混じっている。


 おそらく、先日の俺たちの宣伝に釣られ、店のお菓子を食べた生徒だろう。いわゆる"リピーター"である。


 先生も指摘していたが、俺のラブレターに釣られてくる客は所詮は一過性。一度来てそれっきりだ。

 でも、多部川の生徒の存在が、この店に限ってはそうではないことを物語っていた。

 何度も言うが、この店のお菓子は心底うまいのだ。飽きがこないせいで、何度でも食べようという気になる。


「どうですか、これで文句はないでしょ」

「……ウン」


 不意に口数が減ったので先生の顔を覗き込んでみる。

 なんと、先生ってばちょっと涙ぐんでいらっしゃる。やっぱり、実家のことを心配してたのは間違いなかったんだ。

 俺をからかいたくて、こんな面倒なことを仕掛けた訳じゃないとわかってしまい、少しだけ後ろ暗い気持ちになる。

 なぜなら──


「おーい、この店にはすっげえ和服美人がお茶を入れてくれるって聞いたんだけど」

「確かにお菓子は美味しいけど……。一目見たかったな~、和服美人」


「すみませんねえ。あの人は一日限りのアルバイトでして」


 すまなそうにお客に詫びている女将さん。

 店を訪れたお客が期待外れのような表情をすればそれも無理はない。

 しかし、彼女はあの日だけの約束だ。いないものは、いないのである。

 唯一可能性があるとすれば、それは──


「先生、()()()()()()よ?」

「……えぇ?」


 錆びついたおもちゃのようにぎこちない動きでこちらを見上げてくる先生。

 そんな先生に、右手に下げていた紙袋を手渡してやる。


「はい、家から持ってきた()()です。実家を盛り立てたいんなら、生徒たちをこき使うだけじゃなくて自分自身も一肌脱がなきゃ」

「さ……とう……クン……」

「ああ、ちょうどいい所に来てくれたよぉ。(さち)!あんたもお店手伝っておくれ」


 運悪く、女将さんに捕捉されてしまった先生は、なす術もなくお店の中に引きずり込まれていった。

 

 うんうん、これでよかったんだ。やっぱり……。


 実は、このお店を舞台にしたラブレターにだけ少しだけ仕掛けをしていたのだ。


 事実を少し捻じ曲げ、彼女とは別に、和服の美人が存在していたという()()に仕立てていたのだ。

 これで、お店に看板娘が一人誕生することになり、それはこのお店を継続的に盛り立てていくための一手となりうるだろう。


 平日は無理でも、休みの日に「家事手伝い」をするくらいは問題あるまい。



「お、お待たせしましたぁ」


 着替えが終わったのだろう。先生が店の中に現れると、途端に店内から嬌声が響き渡る。

 気になって覗き込んでみると、そこにはとんでもない先生の姿が──!


 まあ、一言でいえばサイズを間違えたみたいだ。

 俺の母親と先生とじゃ、身長や胸のサイズが全然違う。和服だからその辺はアバウトでも大丈夫だろうと思っていたのだが……。


 着慣れていないせいか、あちこちがはだけて妙になまめかしい。特に、普段は下着で押さえつけられていた豊満な胸が惜しみなく存在を主張していた。

 それに、普段は眼鏡をして地味な格好をしているのだが、余計なものを取り払ってみると下地の良さが露わになった。


 やっぱり、先生って美人だったんだなあ……。


「お姉さん!俺にもお茶をください!」

「俺にも!」


 とたんに周囲に殺到する男ども。いや、これは無理もないとは思うけどさ。

 とにかく、ここまでお膳立てしてやればもう十分だろう。このお店は当分安泰だ。


 俺は約束を果たした。

 先生も、俺の正体をばらすようなことはしないだろう。


「佐藤クン……今日のことは、忘れないからねぇ!」


 先生の恨みがましい声が聞こえるような気がするが、聞こえない聞こえない……。





次回から、最終局面が始まります。

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