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お茶と一手


「……どうしたの、佐藤くん。いつにも増して気配が薄いよ?」

「ははは、そうかな……」


 あれから、彼女の希望もあってすっかりこの店の常連となってしまった。

 商店街を散策した後、二人でこの店に寄ってその日の振り返りをするのが日課になるほどだった。


 しかし、何度きてみても俺たち以外に客がいるのを見たことがない。本当に経営が成り立っているのか心配になるレベルだ。

 こうなってくると、確かに先生が俺にあんな無茶な要求をしてきたのもうなずける。


 先生は、"ホリック"のラブレターの舞台にこの店を登場させてほしいと"お願い"をしてきた。

 文章は自分が示した"お手本"を参考にすればいい、と。


 あんなどうしようもないラブレターを書くくらいならば死んだほうがマシだが、問題はそこではない。

 こんな人のいない店を題材にラブレターを書こうものなら、一発で俺が書いたものだと彼女にばれてしまう。


 くそっ!やっぱりあの日、黒板に落書きをしたことが全ての発端だ。他に手がなかったとはいえ、とんでもないツケを払うことになった。


「ねえ、食べないんなら私がもらっちゃうよ?」

「……どうぞ」


 いつもの調子が出てきたのか、俺の饅頭に手を伸ばす彼女。

 気もそぞろに生返事を返し、何とか打開策を模索する。


「いただきまーす」


 大きく口を開けて、一口で頬張る。本当に幸せそうだ。なんか、先生のこととかこの店のこととか一瞬どうでもよくなってきた……。

 あ、そういえば。


「ごめん、それ食べかけだった」

「……(ボッ)」


 彼女の目線からでは見えなかったようだが、一口かじったのをすっかり忘れていた。

 何故か顔を赤らめ、恨めしそうにこちらを睨んでくる彼女。


「……わざとやったでしょ?」

「食べてもいい?って聞いてきたのは青蓮院さんの方でしょ」


 まだ何か言いたげだったが、こっちはそれどころではない。

 このままでは、打つ手がないのだ。


 俺が困り果てていると、


「よかったら、もう一杯お茶でもどうぞぉ」

「あ、ありがとうございます」


 女将さん──おそらく、先生のお母さんなのだろう──が、食後のお茶を持ってきてくれた。

 随分とサービスの良いことだ。滅多に来ない客だから、だろうか?


「最後に、お嬢さんみたいなお客さんが来てくれて、私も嬉しくてね」

「え、最後ってどういうことです?」


 女将さんの言葉は、俺も初耳だ。

 香田先生、肝心なところの説明が抜けてますよ……


「最近は、何かと写真に映える様な商品じゃないと見向きもされなくなってねぇ。めっきり客足も遠のいちゃって、創業以来の味を変えるのもなんだから、ここいらが潮時かなって思うんだよ」

「このお店、閉めちゃうんですか?」


 彼女の問いに、女将さんは黙って頷く。

 なんてことだ。事態はさらに深刻じゃないか……!ここで俺が何とかしなきゃ、不幸になるのは俺だけじゃないってのかよ。


 ていうか、こう言う事情があるならわざわざ脅しなんかかけずに素直にお願いしてくればいいものを。

 でも、"ホリック"でもない生身の俺にできることなんか、そもそもないか……。


「そんな、こんなに美味しいのにもったいないです!やめないでください!」

「ありがとねぇ」


 おかみさんの手を握り、必死に訴える。

 どうやら、彼女も俺と同じ気持ちらしい。


「お願いです。手伝わせてください!私、()()()()()()()から」


 ……なん、だと……?


 彼女のその一言を聞いた瞬間、頭の中に雷光のように閃くものがあった。

 そのひらめきを突破口に、ものすごい勢いで脳内で目標への道程が開けていく。


 いける……いけるぞ!


 俺だけならば不可能だったが、彼女の協力が得られるのならば話は別だ。

 ただし、問題は彼女が俺の提案を引き受けてくれるかどうか、だ。


 ここは、賭けに出るしかない。


 「なんでもするって、言ったよね?」と言う定型文をぐっと飲みこみ、慎重に口を開く。


「青蓮院さん、俺に一つアイデアがある。聞いてくれる?」

「教えて頂戴。佐藤くん」


 俺の言葉に、今までにない程真剣な目線で応えてくれる。

 それだけで、彼女がどれだけこの店を救いたいと願っているのかがよく分かった。


 まったく……。最近通い始めた店によくもこれだけ感情移入できるものだ。

 多部ログのレビュー記事から、俺と"ホリック"の文章の癖を見抜いたり。ひょっとしたら類稀(たぐいまれ)な感受性の持ち主なのかもしれない。



 俺は、つい先ほど思いついたプランを彼女に説明する。 



 提案しておいてなんだが、このプランは彼女に対する負担が大きい。

 だから、俺は無理強いすることはできない。彼女が断れば、あるいは少しでも躊躇するようであればそれでこの話はおしまいだ。


 俺にできるのは、せいぜい彼女に負けないほどに真剣に向き合うことだ。


 この店をどうにかしたい。その点において、俺は確かに必至なのだ。


「もちろん、決めるのは青蓮院さんだ。だから、俺は君がこの案を受けることを頼むことも、心の中で願うこともしない。ただ、俺が本気だってことだけは、君にも知っておいてほしい」


 断られれば、その時はまた別の案を考える。

 今は代案はないが、なんとしても捻りださなければいけない。


 そんな、追い詰められた俺の視線の向こうで、彼女の瞳がハッとしたように揺れる。

 伏し目がちに顔を俯け、ゆっくりと頷く。


「うん、いいよ」

「……ありがとう」


 話の流れから言って、俺がお礼を言う(いわ)れはないのだが、それでも俺はそう言うしかなかった。

 後は、俺も俺なりの努力をするだけだ……!



次回は、サービス回になると思います。筆者の描写力次第ですが……

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