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母の視線



「……お母さん?」


 反射的に振り向いた先にいたのは、どう見ても30代のご婦人。

 周囲にいる店員さんの視線が向いているのも、間違いなくそのご婦人だ。


 やがて、俺は再び彼女に向き直ってこうつぶやいた。


「……お母さん?」


 高校生の娘がいる年齢には、とても見えないんですけど。

 青蓮院さん、あなたは本当にあのご婦人からお生まれになったのですか?


 事態を受け入れられずに、俺の思考は珍しく自発的に"フリーズモード"に移行していた。

 確かに、彼女によく似ている。彼女から快活さを程よく抜き取り、十数年分の時間と教養を加えたらきっとあのようなご婦人になるに違いない。


 でも、お母さんって?


「あら、琴音。あなたがこんな店に顔を出すなんて珍しいじゃない」

「うん。ちょっと色々あってね」


 「ちょっとまずいところ見られちゃったな」と、顔にはっきりと書いてある。

 彼女は、本当に嘘が苦手なのだろう。考えていることが思いっきり表情に出てしまうのだ。


 しかし、俺はふと疑問に思った。

 今の彼女。親に見られてマズイことでもあっただろうか?放課後に寄り道するくらい、ましてや学校公認の多部ログイベント中ともなれば何の問題もないはずだ。

 他に可能性があるとしたら──


「琴音、ひょっとしてそちらの彼が……」

「うん。私の多部ログパートナーの佐藤君よ」


 ヒョイっとこちらを覗き込んでくるご婦人──いや、お母さん。

 確かに、こうやって目をクリクリっとさせて覗き込んでくる仕草なんかそっくりだ。


 ぱあっと花が咲いたように破顔し、にこやかにこちらに近づいてくる。


「まあまあ、挨拶が遅れてごめんなさい。琴音の母、青蓮院(しょうれんいん) 綾音(あやね)です。いつも娘と親しくしていただいて、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を垂れ、とても丁寧な挨拶をされてしまった。

 マズイ……。店内で目立ちまくっていたお母さんのせいで、こっちにまで視線が集まってきている。


 急がなければ、"フリーズモード"が発動して、何も返事をしないという超絶無礼なクラスメイトになってしまう!


「あ、ご丁寧にどうも……。琴音さんのクラスメイトの、佐藤(さとう)………………正義(まさよし)です」


 半分パニックに陥っていたため、一瞬本名(ホリック)を名乗りそうになっちゃったよ。危ない危ない。

 とにかく、最低限の返事はできたはずだ。


 ひとまず安どしていると、顔を上げたお母さんは矢継ぎ早に、


「実は、琴音ったら最近家では佐藤くんのお話ばっかりで、一度会ってみたいと思ってたんですよ。若いのに落ち着いた雰囲気の好青年で驚きましたわ」

「ちょ……お母さん!」


 顔を真っ赤にしてお母さんの口を塞ごうとする。

 その仕草はとても可愛いが、俺はお母さんの発言の内容を聞いて逆に青ざめる羽目になった。


 家で、俺の話を……?


 やはり、俺が"ホリック"であるかもしれないと疑われているのだ。

 そうでなければ、こんな退屈な男の話題をわざわざ家で親に話すわけがない。


 先日の黒板の筆跡と俺の字の類似性や、これまでにアップしたラブレターについての議論を喧々諤々(けんけんがくがく)と繰り広げているに違いない。


 ……なんと恐ろしいことを……


 昨日の金木さんの忠告通り、無理に付き合わずに家に帰っていればよかった。

 俺が、表情には一切出さずに心の奥でブルブル震えていると、


「琴音が誰かと二人っきりで行動してるのだって初めて見ますわ。この子ったら、いっつも大勢の隅っこでポツンとしてることばっかりだったから、新鮮で」


 大勢の隅にポツンと、は大きな間違いです。

 いつもみんなの中心にいる、超ド派手な人です。あなたのご息女は。


「……お母さん、もう止めてってば」


 とうの彼女は、顔を赤らめるというよりも完全にジト目になってお母さんを睨みつけている。

 さすがに気圧されたのか、あるいはもともとその予定だったのか、時計に視線をやって慌てた様子で声を上げる。


「いけない。店長を待たせていたんだったわ。それじゃ、私はこの辺で」


 母娘の微笑ましい漫才のせいですっかり周囲の視線をかき集めてしまっていた。

 口一つ動かせない俺は、辛うじて会釈だけしてお母さんを見送ろうとする。


 すると──


「これからも、娘と仲良くしてやってくださいね。()()さん」

「──!」


 最後の一言と同時に、お母さんの目が俺に向けられる。

 瞬間、背筋が凍る──いや、全身が凍てつくような寒気が走る。


 なんだ、今のは。

 殺気とか、嫌悪とか、そういった負の感情ではない。なにか、俺には理解できない何かが俺を金縛りにしてしまったのだ。

 

 にこやかに去っていく背中を呆然と見つめていると、すぐにその緊張は解けて消えていった。

 なんだったんだ、今の感覚……?


 俺がぼうっとしていると、


「さっきの母さんの話、気にしないでね。ああやって、よく私をからかうの」

「……ああ、家でのことだっけ。別に気にしてないさ」


 嘘です。ハチャメチャに気になります。

 どこまで感づいているんですか?ひょっとして、俺の正体に気づいていて、先生みたいに住民票にアクセスしようとしてるんでしょうか?


「い、家ではどんな話をしてるのかな?」

「べ……別に何も話してないもん」


 青蓮院さん、あなたの表情はとても読みやすいのですが、読みやすすぎて何を隠しているのかまで推測することが全くできません。

 ド直球に「俺が"ホリック"だと疑ってるんでしょ?」と聞けばすぐに正解にはたどり着けるが、怖くてこれ以上その話題には触れたくありません。


「こ、この前学校で寝坊した時の話とか……」


 ひいいいいい!

 やっぱり、あの日の出来事を!?


「ねえ、佐藤君。あの時教室で──」

「さ、さあこれ以上長居してもなんだから、そろそろ帰ろう帰ろう」


 確信に触れるような質問が飛んできそうだったので、強引に話題を中断してしまった。

 案の定彼女は不満顔だが、教室での黒板の落書きに踏み込まれたら、下手したらボロが出てしまうかもしれない。


「そうそう、明日はどこに行こうか?」


 お得意の強制的な話題転換を振ると、彼女はハッとした表情になった。

 どうやら何か秘めるものがあったらしい。意を決したように、こんなことを提案してきた。




「それじゃあ、この前のあの和菓子屋さんにもう一度行きたいな」




琴音ママ、綾音さん。その気になれば佐藤君を瞬殺できます。

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