和菓子とステマ
「へえ、ここがそのお店?」
「う、うん。どうやらそのようだね」
商店街の一角。と思ったのだが、もはやここは商店街ですらない。
メインストリートの終端、車道をはさんだ向こう側。住宅地の隅っこにその店はひっそりと佇んでいた。
住所上は多部川商店街には属していないが、商店街の組合に加入していることで、辛うじて商店街のお店と言う肩書を持っているらしい。
とはいうものの、そんな肩書が一体何の役に立つのか。この店を見ているとそう思わざるを得ない。
正直言って、俺にとっては理想郷。そして営利団体にとっては地獄の環境である。
さらに加えて──
「ずいぶんと、その……趣のある外観だね」
「う~ん、そ……そうだね」
彼女の率直すぎる感想に俺は静かに頷くしかできなかった。
築70年と言ったところか、老舗と言えば老舗。老朽化しているといえばその方がしっくりくる。と言うか、そう言うより他に手がない。
今時開け放しの入り口には千切れかかった暖簾がぶら下がっている。
傾いた看板は、狙ったのだとしたら絶妙すぎる角度で辛うじて軒先にしがみついていた。
その看板には、これまた年季の入った字体でこう書かれている。
銘菓 香林堂
「こういうお店、嫌いじゃないけどね」
歩くミラーボールの異名を持つ彼女にしては意外な感想を述べて店内に入っていく。
「最初の喫茶店もそうだけど、佐藤君ってこういうお店が好きなんだね」
「ま、まあね」
当然ながら、彼女にはこの店を選んだ本当の理由は伝えていない。
多部ログのレビュー記事を書くにふさわしい、とっておきの穴場スポットがあると言って連れてきたのだ。
「あれまぁ、こんなお店にこんなに可愛いお客様が来るなんてねぇ」
「こんにちはー。お菓子を食べに来ましたー!」
客が来たこと自体に驚いた様子の女将さんに、彼女はいつもの様子で元気に語りかけていく。
どこかで聞いたことのある、少し舌ったらずで甘い声の女将さんは、俺達を席へ案内してくれた。
「……美味しい」
出された抹茶を一口飲み、彼女はぼそりと感嘆の声を漏らす。
いつものハイテンションとは違う、深くて落ち着いた声だ。
最近気づいたのだが、二人でお店を巡っていると、たまに彼女は今みたいに肩の力が抜けたような表情をみせる。
魔窟喫茶で初めて見せた、華奢で繊細な仕草。学校では一度も見たことがない、意外な彼女の一面だった。
「そりゃあよかった。うちみたいな古い店の商品が、お姉さんみたいな若い人に喜んでもらえるなんてねぇ」
「……とんでもありません。とっても飲みやすくて、心が落ち着きます……」
ともすれば口元から魂でも抜け出てしまうのではないかと心配になるほどに脱力している。
なんというか……とてもかわいいです。
「うちには大した名物もなくてねぇ。ありきたりな饅頭と、かりんとうくらいしか出すもんがないんだぁ」
このお店、和菓子屋さんですよね?メニューが二つっきりって、流石に大丈夫すか?
「……甘さ控えめで、このお抹茶にとてもよく合います」
すっかりこのお店の虜になってしまったようだ。
小リスのように一口ずつゆっくりと噛み締めるようにお菓子を咀嚼していく。
確かに、最近の流行からは外れている、"推し"の弱い繊細な味だ。見た目も凡百で、いわゆる"映える"お菓子ではない。
だが、口に入った瞬間にほろほろと解ける様な口触りの餡子は、その辺の工業製品で再現するのは不可能と思われるほどに絶妙な力加減で包み込まれている。
作られて時間が経っているのにカリッとした食感を保っているかりんとうの衣は、純粋な砂糖と蜜を煮詰めなければ作れない。
どちらも、一級品の味だった。
「……凄いね、佐藤くん。こんな素敵なお店を知ってるなんて。私、驚いちゃった」
「よ、喜んでもらえて嬉しいよ。アハハ……」
「あの喫茶店もそうだけど、どうやって見つけ出したの?」
「担任の香田先生にごり押しされたんだよ」とは口が裂けても言えず、俺は黙って苦笑いを浮かべることしかできなかった。
放課後の生徒指導室での一幕を思い出す──
「先生の実家の和菓子屋を、"ホリック"のラブレターに登場させてほしい?」
「古くからの老舗で、味も確かなの。それでも商売っ気がなくて、最近つぶれそうなのよぉ」
「それは大変ですね。でも、それと俺のラブレターにどんな関係があるって言うんです?」
「君は、君自身が持っている影響力についてもう少し自覚した方が良いわ」
俺の至極真っ当な質問は、意味不明な説教ともいえる指摘で打ち返される羽目になった。
「昨日、偽物のラブレターをアップロードした後、舞台になったバーガー帝王を見に行ったの。私の狙い通り、お店の中は"ホリック"の正体に惹かれたお客さんでごった返していたわぁ」
「……先生が言っていたテストって、"ホリック"のラブレターが持つ集客力のことだったんですね」
「偽物のラブレターでさえあの威力だったのよぉ。きっと、本物の君が書いてくれればあのオンボロ店にも活気が戻って来るわ」
「……」
先生の発言を吟味してみた。
ていうか、吟味するまでもなかった。結論は、たった一つだ。
「もしも断ったら?」
「別にぃ。私は、毎日偽物のラブレターの続きを書くだけよぉ。その結果、どんな不幸なことがあっても、先生のせいじゃないしねぇ」
先生。可愛い顔してウィンクしながら言ったとしても、それは立派な脅迫です。
俺は、黙ってその要求をのみ込むしかなかった……。
琴音さん、実は珈琲よりもお茶が好きです。




