ネタバラシと脅迫
「……いつから気づいてたんですか」
その日の放課後、改めて生徒指導室に呼び出された。
ここならば会話が外に漏れる心配はない。正体を知られた相手が判明したのだから、それ以上慌てる必要もなかった。
「あらぁ、もちろん一昨日の夜よ。確信に変わったのは、これを取り寄せてからだけどねぇ」
いつもと変わらぬ、甘ったるい舌ったらずな声で俺を挑発するように一枚の紙きれを見せびらかす。
……やっぱりそうか……
先生が手にしているもの。それは俺の住民票だった。
そこには、学籍名簿には記載していなかった、俺の名前の"本当の読み方"が記されている。
入学時に学校に提出させられていたのだが、そんなものに興味を持ち、かつアクセス権を有するのは香田先生くらいだろう。
だが、やはり疑問が残る。
「一昨日の夜、あの状況でどうして俺の存在に気づけたんですか?100人以上集まってたんですよ。その中で、どうして俺が怪しいと?」
あの晩、黒板の落書きに殺到した生徒たちに完璧に紛れ込めた自信がある。
それなのに、先生は俺の存在に目を付け、わざわざ提出していた住民票を調べることまでしたのだ。
いぶかしむおれの視線に、先生はあっけらかんとした表情で、こんなことを口走った。
「正確には、105人よぉ。最初に入ってきたのは上沼さん。次に同着で山根君と時田さん。3位集団は10人。そして、最後尾で入ってきたのが佐々木君。君と青蓮院さんは、その105人の中に入ってなかったわぁ」
「……」
俺は黙って両手を上げ、降伏のポーズをとった。
マジでレーダーついてたよ、この人。
しかもすべての情報を瞬時に処理できる超高性能CPU付きでしたか。
「深夜の教室で女生徒と、しかも青蓮院さんと二人っきりなんて、随分と思いきったことをするものよねぇ」
「まあ、あんな大胆なラブレターを公開するくらいだから、それも当然かしら」と、目を細めて薄く笑う。
咎めるというよりも、どこか囃し立てるような口調だった。この人、楽しんでいる……!
「それで、どこまでやっちゃったのかしら?」
「ブッ!?」
出されたお茶を吹き出してしまう。
この人、本当に教師か?ていうか、こんな人だったのか、香田先生って……!
「見たところ着衣の乱れもなかったようだから、一戦終えて一休み。これから二回戦に行こうか考えてたって感じ?」
目が爛々と輝いている。
この人、微塵も疑ってない。本気で俺をドエロ学生だと確信している……!
「そんなわけないでしょ。保健室で寝坊して、いつの間にか閉じ込められてたんですよ」
「またまたぁ、下手な言い訳はやめて頂戴。あなた、あの自由くんのお兄さんなんでしょ?彼にはこの前スッゴイところを見せてもらったんだからぁ」
うっとりとした声で中空を見つめる。なんだか、肌が艶々テカテカしているのは気のせいか?
我が弟曰く、『ギリギリのところで顔は見られてねえ。俺様だとはバレてねえはずだ』と自信満々だったが、相手が悪かったようだな。
それでも本人にお咎めがなかったわけだから、先生はその時のことを黙っていてくれたってことだけど……。
それとも、黙っていればまた我が弟の大胆なプレイが拝めるとでも思ったのだろうか?
「だって、キミも弟に負けず劣らずの大胆さよ?本名で登録したwebサイトに、あんなラブレターを書き溜めて一挙大公開しちゃうわけだから」
「……俺だって公開するつもりはなかったです。ちょっとした手違いでして……。それに本名とはいえ、学校にも近所でも、俺の名前は正義で通ってましたから。わざわざ俺の住民票を調べるような物好きがいるとは思わなかったんですよ」
あのサイトは一度登録したハンドルネームを変えることはできない。新規登録だってできない。
その分セキュリティが異常にしっかりしているわけだが、とにかく困った仕様だよ。
きっと、俺以外にも同じような悩みを抱えてる人がいるに違いない。
「ふうん。まあ、君の本心がどこにあるか、詮索はこれくらいにしておこうかしら」
言いながら、口につけた紅茶カップを机に置く。
間近で見ると改めて思うが、化粧もしていないのにこの美貌。
彼女と違って、透けるような白い肌に穏やかで優しい瞳。身長は低いが、縦に伸びるべき栄養は全て胸の成長に回ったらしい。
どうして先生なんて職業を選んだのか、疑問に思ってしまう。
ま、彼女の魅力に比べれば、大したことないけどな……。
とにかく、ようやく本題が始まったらしい。先生の気配が急に深く重くなった。
こういう場合は、俺の方から切り出すべきだろう。
「どうして、あんな手紙をwebにアップしたんですか?」
俺の疑問は、この一点に集中していた。
「俺の正体に行きついたとして、そのことを公表するでもなく、俺に直接告げるわけでもない。あんな回りくどい方法で俺に知らせる必要があったんですか?」
そもそも、香田先生の目的はなんだ?
"ホリック"の正体に気づいたからと言って、教師としての職務には何の支障もないはずだ。
法律に触れるようなことはしていないし、彼女の迷惑になることだって……多分なっていない。
強いて言うなら一昨日の学校への不法侵入(正確には不法残留だが)は校則違反ではあるが、それとてあの場で直接指摘することだってできたはずだ。
あるいは、俺の正体を探っている彼女に知らせることくらいだろうが、それをやった様子もない。
「何か狙いがあるんですよね?」
「ご名答。察しの良い生徒で、先生助かるわぁ」
懐から一枚の名刺状の紙きれを取り出すと、俺の前に差し出してきた。
そこには、どうやら商店街の店の一つらしい──住所と店の名前が記されていた。
「先生は、こう見えて合理主義者よ。無駄なことが嫌いなの。あの手紙をwebに公開したのは、もちろん理由があるわ。あることをテストするためだったの」
「……なにを試したかったんですか?あんなヘタクソの極みな文章で」
俺の率直な感想に、先生は甚く傷ついたようで目元をハンカチで拭って見せた。
ウソ泣きなのがバレバレですよ。国語の教師なんだから、まして俺の名を騙るんならもっとマシな文章を書いてほしかったです。
「と、とにかく、先生が一つお願いがあって君をここに呼んだの。理由はこれから話すわぁ」
そういって、先生が事情を話し始めたのだが。
その理由を聞いて、俺は絶句するしかなかったのだった……。
正体をばらされるかもしれないと冷や冷やだったくせに、先生に対してあんな横柄な態度をとっちゃってますが、香田先生に対しては絶対的な信頼を抱いているためです。
先生の意外な性癖(?)については想定外だったようですが……




