俺の名は
青蓮院 琴音さん
今日のあなたの姿は、いつにも増して奇麗だったね。
バーガー帝王の、トマトスペシャルを頬張るその顔
できることなら、ボクが付け合わせのポテトになってしまいたい。そうすれば、いつでも君と一緒にいられるのに
これからも、君と同じ場所で、同じ時を過ごしていきたいな。
また明日も、君にあてて手紙を書こうと思います。
ホリック・S
──翌朝
「おはよ、佐藤くん……って、どうしたのその顔?」
「ヤア、カネキさん。ドウカシタノッテ、ドウシタノ?」
登校した俺の顔を見るや、隣の席の金木さんがギョッとしたように声を上げる。
いったい、どうしたというのか?俺の顔に、何かついているのか?
もしもそうなら大変だ。そんなに目立つようであればすぐになんとかしなければ……
「俺のカオニ、ナニカついてる?」
「なにもついてないけど、目の下に凄いクマができてるわよ」
「アア、なんだ。ソンナことか。ダイジョウブ、昨日一睡もシテナイダケダカラ」
「一睡もって……。何かあったの?」
心配する金木さんに何か適当な言葉を返し、(正直、何を話したか覚えていない)席に着く。
全神経を集中し、周囲の気配を探る。
寝不足でぼうっとしている頭の中を、とある楽曲が繰り返しなっていた。
あれは誰だ?誰だ?誰だ?
「どこにいる?あれを書いた偽物は、どこにいる?」
恐怖のあまり、声がつい漏れてしまっているが、そんなもの今俺が感じている絶望に比べれば些細なことだ。
誰かに見られているかもしれない。でも、怖くて俺の方から周囲を見ることができない。
もしも誰かと目が合って……そいつがあのラブレターを書いたやつだとしたら……
きっとそいつは次の瞬間に、ニヤリと笑うに違いない。
佐藤正義。お前の正体を知っているぞ、と。
あのラブレターを書いた偽物は、俺が"ホリック"だと知っている。
あのラブレターの描写は、間違いなく昨日の俺と彼女の様子を見ていなければ書けない。
注文したメニューまで筒抜けなのだ。そう考えるしかない。
だが、彼女は有名人だ。たまたま彼女のことを知っている人間が同じ店に居合わせたとして、彼女が何を食べていたかを知ることだってできる。
だから、あの文章自体は昨日、あの店にいた誰にでも書ける。
しかし、最後のあの署名……あれだけは別だ。
ホリック・S
わざわざ最後につけたあのイニシャル。
あれは、俺に向けたメッセージだ。俺が"ホリック"だと知っているぞ、というメッセージなのだ。
偶然かもしれない。しかし、あの店内描写とこのタイミング、全ての状況がその可能性を示している。
いったい、誰がどうやって突き止めた?
近藤か?
いや、それはないだろう。奴の場合、嬉々としてその過程も込みで全員の前で推理ショーを披露するに違いない。
では、青蓮院さん本人?彼女は、何度も俺のことを探るような問いかけをしてきている。
……だが、その可能性も低いか。彼女の性格からして、こんな遠回しなことをする必要がない。
あれだけ堂々と宣言したのだ。こんな姑息な方法で俺を追い詰める理由はないだろう。
じゃあ、一体だれが……?
俺が思考の迷路に嵌っていると、いつの間にかホームルームが始まっていた。
担任の香田先生が朝の挨拶をしている。
『それじゃあ、今週末が多部ログの第二稿の提出期限よぉ。みんな、忘れないでね』
……
いつもと変わらぬ様子の香田先生の声をぼんやりと聞いているうちに、俺の中でとある仮説が急に沸き上がってきた。
そうだ、俺はどうしてこんな簡単なことに気づかなかったのか。
どうしてあの人がこんなことをするのか、まったく理由が思いつかない。
しかし、最も可能性が高いのはあの人だ……
ホームルームが終わると、俺はその人のもとに走り寄っていく。
「おはよ、佐藤くん。ゲ、どうしたのその目のクマ……」
「青蓮院さん、ちょっとその話はあとにしてくれ。今、他に大事な用事があるんだ」
次の授業が始まるまで、時間がない。それまでにあの人に会って話を聞かなくては──
話しかけてきた彼女を軽くかわして、歩みをさらに早くする。
前にも言った通り、"ホリック"の正体を見破る方法は存在する。そして、その方法とても簡単だ。
ヒントを知っているものならば、苦も無くたどり着く。それくらい、途方もなく簡単なヒントが転がっているのだ。
しかし、そのヒントを知る者はこのクラスにはいないはずだった。
だが、唯一の例外がいるとしたら──
誰もいない廊下で、俺はその人を呼び止めた。
「……香田先生」
ひょっとして、先生は俺が話しかけてくるのを待っていたのかもしれない。
ゆっくりと振り向き、そのぷっくりとした肉厚の唇で、俺の名を呼ぶ。
「あらぁ、先生に何か用かしら?佐藤 正義くん」
デビルイヤーは地獄耳(!?)
デビルチョップはパンチ力(?)




