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くだんの日††


「それにしても、昨日は驚いたね~」

「家の人は心配しなかった?」


「うん。正直に話したら呆れられちゃった」


 すごいぞ、青蓮院さん。保健室で夜まで寝坊したとか、普通ではありえないようなことも正直に白状するなんて。

 そこに痺れる、憧れるゥ!


「佐藤君はどうだったの?」

「うちは、二人とも遅いからね。昨日も俺が帰宅一番乗りだったよ」


 正確には我が弟と同着だったのだが、アイツの存在を彼女に知らせるのはなんだか危険な気がする。とりあえず黙っておこう。


「それはさておき、青蓮院さん」

「ん?」


 付け合わせのポテトを頬張りながら、こっちをクリっと見つめ返してくる。

 ああ、もう……可愛いな、オイ。


 だが、そんな攻撃に屈するわけにはいかない。努めて冷静を装い、肝心の質問をぶつけてみる。


「その……大丈夫?」

「ん?なんのこと?」


 まったく、口下手な自分が呪わしい。文章ならばいくらでも湧いて出てくるのに、言葉に変えようとすると完全につっかえてしまう。


「昨日の一件から、ほら……町中に君のことが……」

「ああ、そのことか。別に気にならないけど?」


 あっけらかんとした様子で頭の後ろで腕を組み、こともなげに返事する。

 うん、本気で言ってるな。本当に大した人だ、君は。俺が同じ立場にあったなら、今頃モロッコで整形手術して戸籍を変えているだろう。


 我が弟の指摘は的中した。


 昨日の黒板の落書きは、あの場にいた誰かによってSNSで拡散されてしまった。

 その結果、"ホリック"を名乗る模倣犯が次々と現れ、商店街中に彼女に向けたラブレターが散乱するという羽目になったのだ。


「何通か見たけど、本物には遠く及ばないからそれ以上読む気にもなれなかったしね」

「そう……何通かは読んでみたんだね」


「本物の"ホリック"が持つ、繊細な表現の中に隠れる灼けつくような情熱を再現できる人なんて、他にはいないって」

「そ、そうかな」


 面と向かってここまで褒められると、流石に悪い気はしない。

 それにしても、彼女が俺の文章を評する言葉を聞いていると、なんだか既視感に襲われるな。どこか別の場所でも同じ経験をしたような気がするんだが……。


「その点、昨日の黒板に書かれていたラブレターは間違いなく本物だった。私にはわかる」

「まあ、webサイトに"ホリック"本人がそう書いてたからね」


 話がまずい方向に進もうとしていたので、やんわりと軌道修正を試みる。

 ついでだ、この際に俺の方からも探りを入れるとしよう。


「随分と"ホリック"の文章に拘っているようだけど、彼のことはどう思ってるの?さっきまでの口ぶりだと、特に嫌悪してはなさそうだけど」

「さ、さてね~」


 俺の直球の質問に、あからさまに動揺して乾いた口笛を吹く。

 何かを隠していることは確実だが、隠し方が下手すぎて何を隠そうとしているかまではわからない。


「そういう佐藤君だって、私の質問に答えてもらってないぞ」

「さ、さてなんのことかな~?」


 彼女の真似をしてヘタクソな口笛を吹き、誤魔化す。

 どうやらツボに入ってくれたらしい。くすっと笑い、それ以上この話題を追及することはなかった。


 その代わり、透明な笑顔を浮かべてこんなセリフを呟く。


「佐藤君って、不思議な人」





「なあアニキ、投稿サイトのランキング見たか?」

「うむ。残念ながら最近は伸び悩んでいるな」


 部屋に帰ると、我が弟がそんなことを口走ってきた。

 普段ならそんなことを言う奴じゃないのに、昨日の意趣返しのつもりなのか。


「敗因にあてはあんのか?」

「敗因とか言うな。まだ負けた訳じゃねえし……。まあ、おそらくは"飽き"が始まってるのかもな」


 冷静に判断すると、どうやらそういうことだろう。

 初めは物珍しかったラブレターの嵐だが、人はなんにでも慣れて、そして次第に飽きてくる。


「そんじゃ、打開策の当ては?」

「今までの履歴を見てみれば、おおよそな」


 サイトには、PV数だけじゃなく、読者がどの話を気に入ったかを知らせる『いいね』機能も備わっている。

 そいつを見れば、どのラブレターが読者に"ウケた"のかを推し量ることができるのだ。


「やはり、世間が一番気になっているのは俺の正体らしい」


 ラブレターの中には、彼女を見つめる"俺の存在"を匂わせる描写が含まれているものもある。

 何度もチェックしたが、その文章から俺の正体に行きつくことはあり得ない。ただ、それでも読者の興味はそこに行きつくらしい。


「それじゃ、これからは"匂わせ系"のラブレターを書いていくのかよ」

「そんなことするわけないだろ。あくまでこれは"究極のラブレター"を書き上げるための下書きなんだ。人気取りのために、彼女の興味に沿わないものを書く意味なんかないだろ」


「でもさー。琴音ちゃんだって、アニキの正体を知りたがってんだろ?だったら、そっち系のラブレターも彼女に需要あるんじゃねえの?」


 我が弟ながら、鋭い指摘だ。

 確かに、彼女は"ホリック"の正体を知りたがっている。多分、世界中で誰よりも。


 そういう意味では、俺の正体を匂わせる文章は間違いなく彼女の興味を引くだろう。


 ただし──


「彼女が"ホリック"にどんな感情を抱いているかが分からない以上、そこを攻めても意味がない、というか効果が読めない。もしも彼女が"ホリック"に嫌悪を抱いていた場合を考えてみろ」

「もしそうだとしたら、"究極のラブレター"とやらを書いても手遅れなんじゃねえの?」


「はっはっは、相変わらず馬鹿だなあお前は」


 弟のズレまくったツッコミに、思わず笑いがこぼれてしまう。

 コイツは、昔からこういうところがあるんだ。


「たとえ嫌われていたって、一瞬で好きになってしまうから"究極のラブレター"っていうんだよ。そんな簡単なこともわからんか?」

「……なんというか……おめでたいというか……とにかく、いつか完成すると良いな、それ……」


 どことなく哀れみを含んだ声に聞こえるが、今は良かろう。

 とにかく、今は執筆に忙しいのだ。


 弟との壁越しの会話を切り上げて、PCの前に座りなおす。

 下書きを再開しようとした時、続けて弟がこんなことを言ってきた。


「お、アニキ。早速新作をアップしたのか?」

「いや、今日はまだ下書きを始めたばかりだ。何もアップしてないぞ」


「マジかよ?だって、投稿サイトで話題になってるぜ。"ホリック"の新作がとんでもないことになってるって」

「……なんだ、と?」



 猛烈に嫌な予感がする。



 もちろん、俺はまだ何もしていない。

 つまり、話題に上がっているのは偽物の"ホリック"で間違いない。


 俺の下書きが公開されて以降、"ホリック"の名前を騙った偽物はwebサイトに大量に溢れていた。

 だが、投稿サイトでは投稿者のIDが固定されているため、偽物はすぐに分かる。

 一時期大量に発生した偽物も、すぐに鎮静化した。


 なのに、なぜ今頃?


「お、コイツがその偽"ホリック"か。アニキも見てみろよ」


 弟から送られてきたリンクを開く。


 するとそこには、とてもありふれた文章で、とてつもなく危険な描写をしたラブレターが記されていた。


佐藤くんが"究極のラブレター"にかける情熱がひしひしと感じられたと思います。

彼は、あれさえ完成すればすべてうまくいくと思い込んでいるのです。

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