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怪我と不吉な予感

 時は再び、その日の夜に戻る。




「ふう、ようやく我が家だ。今日は、本当に大変な一日だった……」


 今まで目立たずに過ごせてきたのに、下手をすれば"ドエロ学生"という、我が弟と同じようなレッテルを貼られるところだったのだ。

 まして、その相手が彼女とくれば、ただ目立つどころの騒ぎでは済まない。全校生徒の敵として、針の(むしろ)のような日々が待っていたに違いない。


「しかし、いくら追い詰められていたとはいえ、危険な橋を渡ったもんだ」


 今までweb小説のアップだけにとどめておいた活動が、今日の出来事で現実世界にまで波及することになったのだ。

 あの黒板の落書きのせいで、今度こそ間違いなく、"ホリック"があの学院に存在する生身の人間であることが証明されてしまった。

 今まで以上に、"ホリック"探しの熱は加速していくだろう。


 そもそも、あの黒板の落書き自身も危険だ。


 あの後、どうやらすぐに香田先生が消してくれたらしい。しかし直筆の文章となると、一体どんな手で俺の正体にたどり着く奴がいるか分かったもんじゃない。

 それくらい、webにアップされた単なる文字列と直筆の文章とでは、情報量に圧倒的な違いがあるのだ。


「まったく、これからどうなることやら……ん?」


 玄関に近づくと、向こうから別の人影がこっちに歩いてくる。

 見覚えのあるやつだ。っていうか──


「なんだ、お前も今頃帰宅か、自由(カオス)

「……おう」


 明かりが遠いせいでよく見えないが、声色だけ聞けばすこぶる不機嫌なのがすぐわかる。

 いつもふんぞり返って偉そうにしている我が弟にしては、珍しい仕草だ。


「って、どうしたんだよ!?そのケガ」

「……ちっと、な」


 玄関の明かりに照らされた我が弟の顔は、あちこち擦り傷と打撲で腫れ上がっていた。



 家に入って、リビングのソファに座る。


「お前がこんなにやられるなんて……。ヤクザの事務所にでも乗り込んだのか?」

「もっとやべえ奴とやり合ったんだよ。まさか、あんなに強いやつがこの地区にいたとは思わなかったぜ」


 不快そうに鼻を鳴らし、赤く腫れた拳を掌に叩きつける。


「まさか、一対一でお前にそんな怪我を負わせた奴がいるのか」

「ただやられたわけじゃねえよ。アイツも相当(えぐ)ってやったから、痛み分けだよ。途中で先公が割って入らなけりゃ、もっといい勝負になったと思うんだけどな」


 「無理やり保険の先生に病院に拉致されて、このザマだよ」と、絆創膏と湿布だらけの顔を指さした。

 

 ……なるほど、俺達が寝坊しても誰も起こしに来なかったのはそういう訳か。


 妙なところで納得していると、我が弟は何かもの言いたげに俺の顔を睨みつけていた。


「どうかしたか?」

「いや……。なんでもねえ。とにかくあの野郎。次会った時は覚悟しておけよ……」


 全く、血の気の多いやつだ。

 その分ケガの治りも早いから、明日にはピンピンしてるだろう。


「そういやアニキ。投稿サイト見たぜ。今日は随分と大胆なことやらかしたみてえじゃねえか」

「ああ、あれか。こっちにもやむにやまれぬ事情があったんだよ」


 不機嫌が一転して、ニヤついた顔で俺を挑発してくる。

 本当、誰に似たんだよ、この性格。


「いいのかよ?あんな事したら、きっとそのうち"模倣犯"が出てきちまうぞ?」

「相変わらず、そういうところは察しが良いな」


 我が弟の指摘は正しい。

 いままでwebサイトのみに存在していた"ホリック"。しかし、それが現実の世界にもラブレターを書き残す可能性が示されてしまった訳だ。


「きっと、そこら中に落書きが溢れかえるんだろうぜ。『愛羅武勇(あいらぶゆう)青蓮院琴音(しょうれんいんことね) 捕裏苦(ホリック)』とかな」

「どこの暴走族だよ。ていうか、その字面の中に彼女の名前って、意外に自然と収まるんだな」


 俺が妙なことに感心していると、


「久しぶりに間近で見たけど、やっぱ琴音ちゃんの可愛さは異常だよな。多部川の女子の中でも格が違うっていうかさ」

「……」


 今日の体育の時間を思い出したのだろう。我が弟が発情したように声音が上ずっている。


「あんな可愛いお姉さん。一度でいいからデートしてみてえもんだよな。そして、そのまま──」

「……」


 一人妄想の世界に飛び込もうとしている我が弟だったが、俺の顔を見て不意に我に返る。

 興奮で赤らんでいた顔が、一転して真っ青になる。


「じょ、じょ、じょ、じょじょじょじょ、冗談だよ!アニキ、本気にすんなって……な?」


 懇願する我が弟の顔から一切視線をそらさず、俺は一言だけ返してやる。


「つまらん冗談は、二度と口にするな。そして、彼女にも近づくなよ、わかったな」


 無言で頷く我が弟。

 俺の聖域に、土足で踏み込むような真似は誰であっても許さんからな。


「そ、それはさておき、模倣犯が出てきた時の備えはあんのかよ?」

「そんなもん必要ないだろ。誰がどんなラブレターを書いたところで、俺の正体がバレる訳じゃないし」


 彼女も、おそらく平気だろう。

 俺が世界中にラブレターを撒いたせいで人目を引くようになったが、彼女の場合は元々有名人だ。これまでだって腐るほどラブレターなんか受け取ってきたに違いない。


 俺にとって、最も大事なことは二つ。


 "ホリック"の正体がバレないこと

 そして、一刻も早く"究極のラブレター"を完成させること


「それ以外は、小事にすぎないさ」


 




 ──なんて思っていた時期が、俺にもあったのでした──





 その時は、"模倣犯"にこんなひどい目に遭わされるとは思ってもいなかったのだった。


「俺の正体に気づける奴なんか、いるわけないだろ。おっと、誰か来たようだ」

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