不良と喧嘩†
同日。下校時刻にさかのぼる。
「俺は、朱久高校の番。黒原哲也だ!この学校のやつに用事がある。この学校で一番強い『佐藤』ってやつを呼んで来い!」
多部川学院は、その膨大な生徒を一気に受け入れるために校門の大きさも規格外だった。
その巨大な校門が、たった一人の男の威圧感だけで完全に封止されてしまっている。
覇気と言うか、殺気にも近い黒原のオーラのせいで、誰一人として校門を通ることができずにいた。
「他のやつには用事はねえ。さっさと『佐藤』を連れてこいや!」
朱久高校の番長と言えば、地元では鬼でも影にすら触れないと言われるほどの相手だ。
事実、4万人近くいる生徒の誰一人として、彼の気迫の前に身動き一つできていない。結果として、校門の前は人だかりで大渋滞を起こしていた。
さすがにこれ以上騒ぎが大きくなっては、学院側の教師や警備員が出動しかねない。
そうなったところで、黒原は一向に構わないのだったが、生徒の中にはそれを良しとしない者もいたようだ。
帰宅しかねていた生徒たちの波が、一つの意思を持っているかのように真っ二つに割れた。
その人波の中心に、堂々と立つ一人の男子生徒。
均整の取れた体格に、精悍な顔立ち。ただし、今は不愉快そうに眉間に皴が寄っていた。
「呼ばれたようだから来てやったぜ。俺様が、この学校で一番強い『佐藤』だ。今時堂々と学校に乗り込んでくるなんざ、何の用だ?」
「……テメエが?」
いぶかしむように、現れた生徒──佐藤 自由を睨みつける。
──別人だ。
一目見てそう確信した。
土曜日に会った『佐藤』と、今目の前に立つ『佐藤』。二人の印象はまるで違っていた。
確かに珍しい苗字ではない。まして4万人もいる学校であれば、いったい何人の『佐藤』がいるかわかったものではない。
(とりあえず、目の前の『佐藤』を血祭りにあげて、本命を呼び出す撒き餌にしてやるか)
そう考えて一歩踏み出す。
そして、自由の顔を改めて観察した。
男の黒原から見ても、整ったその顔立ち。
やがて、その顔と土曜日の忌まわしい記憶の中の人影が重なって見えた。
「……フン。どうやら人違いじゃなかったようだな」
髪型や表情がまるで違っていたため気づけなかったが、それらの印象を取り除いて顔のパーツだけを比較してみれば、両者はよく一致している。
兄弟なのだからそれも当然なのだが、学院の生徒ですら自由に兄がいることを知らないのだ。黒原にその可能性を察しろと言うのは無茶が過ぎるだろう。
「土日と平日じゃ、随分と様子が違うじゃねえか。そんなんで俺の目が誤魔化せると思うなよ、コラ!」
「何わけのわかんねえことほざいてんだ。悪いが、男の誘いには拳以外で応える気はねえんだ。かかって来いよ!」
上着を脱ぎ棄て、臨戦態勢に入る自由。その立ち姿を見て、黒原は自分の勘が正しかったことを確信する。
(間違いねえ。こいつ、相当やる奴だ……!いくらなんでも、これほど強え奴が何人もいる訳がねえ。コイツが本物だ……!)
「いいだろう、こっちにこい……と言いたいところだが。今回は事情が違う」
校門から立ち去ろうとするそぶりを一瞬だけ見せて、黒原は意地悪く自由を睨み上げる。
「前回はそれで不意を突かれたしな。それに、今回はその噂を払拭するためにここに来たんだ。大勢の前でやって、テメエをボコボコにしねえと意味がねえんだよ」
「……それはちょうどいい」
何かを察したように片眉を跳ね上げ、拳を鳴らす。
右半身を少しだけ後ろにそらし、腰を落とす。自由が本気で喧嘩する時の、最恐のフォームだった。
「生憎、どこかのステルス野郎とは違って。俺様は注目されればされるほど実力を発揮するタイプだ。後悔しても、遅えからな」
「おぉ!」
夕暮れの校門と言う、とんでもなく目立つ場所で、『多部川商店街最強』を決める決戦の幕が、火ぶたを切って落としたのだった。
番長黒原は、いつどこで戦っても実力を発揮できます。
番長なんだから当然ですよねえ




