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チョークとココア

 ガチャリ


 扉が開く音が聞こえた。

 香田先生が、教室に入ってくる。


 そして──



 ガチャリ



 再び扉が開く音。


 本来なら存在しないはずの、二度目の開錠音。


「え?」


 俺たちのすぐ傍で、先生が困惑の声を上げた。

 なぜなら、二度目の開錠音ははるか廊下の向こう。つまり、先生が入ってきた入り口から聞こえてきたからだ。


「こんな時間に、誰かしら?」


 先生の疑問は、すぐに氷解することになる。

 だって、()()()()()()()()()()()()()()この教室めがけて押し寄せてきたのだから。


「おおおお、マジだ!本物かよ、コレ!」

「すっげえ!まさか、本当にあるとは思わなかったぜ」

「webサイトの更新ができるのは本人だけですもの。私は疑ってなかったわよ!」


 押し寄せてきた生徒たちは教室の明かりをつけると、教壇付近に殺到して何かを一心に見つめていた。

 その数……およそ100人。この時間にしては、良く集まってくれたというべきだろう。


「ちょっと、あなた達!こんな時間にどうしたの!?」


 さすがの香田先生も事情が呑み込めないようで、声を荒げて生徒たちの蛮行を諫める。

 下校時間を過ぎた夜の教室に、これだけの生徒が急に集まって来るなんて普通は考えられない。


 そう、よほどのことがない限り……


「だって先生、見てくれよこれ!」


 生徒の一人が、黒板を指さす。

 暗闇の中では何も見えなかったが、煌々とした明かりの中、黒板にはびっしりと文字で埋め尽くされていた。


「"ホリック"の()()()()()()()()()だぜ!?しかも、初めて直筆で公開とか言われちゃ見に来るしかないっしょ!」

「しかも、"明日の朝には消す予定"なんて言われたんですよ。仕方ないじゃないですか!」


「……」


 興奮してまくしたてる同級生たちに気圧されたのか、先生はしばらくの間黙って()()()()()()()()()()()を見つめていた。


「どうやら、この状況ならお咎めはなさそうだ。このままそっと帰ろう」

「え、これってどういうこと?」


 先生同様に困惑している彼女。

 仕方なく、俺は種明かしをしてやる。


「俺も今気づいたんだけど、このwebサイト見てごらん」

「あ……!」


 彼女が自分の端末でチェックすると、そこには"ホリック"の最新作の通知が届いていた。

 本来ならラブレターの下書きが掲載されているはずのページには、何やら告知文らしいメッセージだけが記されている。


『本日21時に最新作を多部川学院3年A組の黒板で公開します。明日の朝には消す予定なので、みたければお早めに』


「気づかなかったけど、俺達がここに潜む前に、"ホリック"が書いていったみたいだ。おかげで命拾いしたよ」

「……」


 どうにも苦しい言い訳だったが、このまま先生に見つかるよりは100倍マシだ。

 文字通り最後の手だった。リスクがあまりにも大きいが、仕方ない。


 彼女は、先生と同じく呆然とその黒板のメッセージを見つめている。



 ……大丈夫なはずだ。急いでいたとはいえ、筆跡は変えてある。あの文章だけで、俺が書いたと判別することはできないはずだ。



 トイレに行くふりをして急遽仕掛けたにしては上出来だ。

 彼女のクラスである3年A組の黒板にラブレターを記すこと自体は、決して不自然な行為ではない。若干派手で気障だが……。


 あとは自分の端末でwebサイトに先ほどのメッセージをアップすれば準備完了。

 サイトを見つけた同級生がここに押し寄せるまで耐えきれれば俺の勝ち。


「さ、帰ろう」


 再度、俺は彼女を促して強引に帰宅したのだった。





 その日の深夜。

 青蓮院家のリビングにて。


「……びっくりした~」


 ソファの上にグニュグニャに溶けたようにうずくまり、琴音は今日一日を振り返っていた。


「今日は随分帰りが遅かったようだけど、どうしたの?」

「……それが、保健室で寝坊しちゃって」


 事情を説明する琴音。母親は、呆れたような顔で終始彼女の話を聞いていた。


「あんた、学校で寝坊するようなお間抜けさんだった?」

「……それが、どうも佐藤君と一緒だといつもと勝手が違うの。彼の前だと素の自分が出ちゃって、ついリラックスして眠くなって……」


 夜も遅いので、今はココアを両手に持っている。

 疲労でドロドロに溶けきった琴音の隣に座り、母は肩を落として呟く。


「随分と妙な子みたいね、その佐藤くんって子は」

「……うん。何に興味があるのか、全く分からないようなそぶりしておきながら、今日はあんなに真剣な目をして私を見るんだもん。ドキドキしちゃった」


 こちらの唇を手でふさいだかと思えば、今度はその手を自分の口元に当てたり。

 挙句にお姫様抱っことくれば、琴音でなくても動揺するに違いない。


 彼と二人きりの時は"自動操縦モード"が発動しないため、記憶がはっきりと残っていた。


「……(ボッ)」


 数時間前の出来事を思い出し、琴音の顔が火を噴くように赤くなっている。


「まあまあ、年頃の女の子みたいに赤くなって」

「……私、年頃の女の子なんだけど」


 ジロリと睨みつけるが、母親にはそんなもの通用しない。

 コロコロと、含み笑いを浮かべて受け流されてしまう。


「……でも、今日の佐藤くん。確かに変だったわ」


 とんでもない行動力。そして意志の強さ。

 普段の彼からは想像もつかないほどだった。


「その佐藤くん。どうして今日はそんなに真剣だったのかしらねえ」

「……そういえば」


 保健室での彼の一言が思い出される。


『二人っきりでいるところなんて見つかったら色々まずいだろ?君だって恥ずかしいんじゃない?』


 あの時ほど、彼が真剣に言葉を発している瞬間はなかった。

 間違いない。あれこそが彼の本音なのだ。


 ココアに口を付けながら、ブクブクとあぶくを立てて琴音が呟く。


「……佐藤くん。私と一緒のところ見られるの、そんなに嫌なんだ……」

「……本当に、不思議な子ねえ」


 母娘二人、ソファで仲良くため息をつくだけ。

 ココアの甘い香りに撒かれ、琴音は何とも複雑な心境で夜を更かしていくのだった。

クソ鈍感主人公め、爆発しろ!(2回目)

次回はカオスくん登場予定です。

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