番長と裏番長
ここは、地元でも有名な不良校。朱久高校。
多部川学院が、生徒の「数」を売りにしているのに対して、朱久高校が売りにしているのは「質」の方だ。
なにしろ、生徒の8割が不良と言う、戦闘民族にとっては極めて良質な環境となっている。
そんな不良高校の頂点となる番長、黒原 哲也は今、窮地に立たされていた。
「おい、黒原ァ!黒原はいるかァ!」
二年生の教室の扉を、文字通り蹴り飛ばして入ってきたのは、身の丈2メートルはあろうかと言う巨漢だった。
睨むだけで熊でも射殺せそうな、深い皴が入った一対の瞳で、教室の中をジロリと見渡す。
「佐々木さん、おはようございます」
「おはようございますじゃねえだろ!先輩が声掛けたら、次の瞬間には目の前に現れろや!ボケナス!」
「……急に扉が飛んできたもので」
蹴り飛ばされた扉を器用に受け止め、黒板に立てかけていたのだ。
そんなことにはお構いなしで、3年生は黒原の胸ぐらをつかみ上げる。
「おい、聞いたぞ。その辺の一般人に一撃でノされたそうじゃねえか?ああ!?テメエがそんなんだと、前の番長やってた俺だけじゃねえ、朱久全体が舐められちまうんだよ!」
「……すいません」
「謝ってる暇があったら、とっとと行ってカタに嵌めてこいや!何暢気に教室に顔出してんだよ!」
「……」
黒原は無言で答える。
学校のしきたりで、代々番長は2年生が務め、引退した3年生は裏番長として影から学校を支配する。
番長とはいえ、黒原は中々に窮屈な毎日を過ごしているのだった。
グッとこぶしを握り、裏番長の言葉を受け止める。
しばらくの間怒声と、何発かの拳を黒原に浴びせ、ようやく3年生は去っていった。
「……クソが!」
声の聞こえないところまで去っていったのを確認し、黒原は傍に立てかけてあった教室の扉を思いっきり殴りつける。
裏番長が蹴り飛ばした扉を、黒原の拳はやすやすと貫いて見せた。
「どうすんですか、黒原さん」
「決まってるだろ!確かにこのままじゃメンツが立たねえ。とっとと多部川に殴り込みに行くんだよ!」
先輩に言われるまでもなかった。
今でもはらわたが煮えくり返っていたのだから。
「見慣れねえ動きで不意を突きやがって……今度は同じ手は食わねえからな……!」
「黒原さん。でも、多部川といや生徒数が4万人もいる馬鹿でけえ学校ですぜ。どうやって黒原さんをやった奴を見つけるんで──グハッ」
「やられたんじゃねえ!不意を突かれただけだって言ってんだろ!」
不用意な発言をした取り巻きを一撃で沈める。
同時に、土曜日の忌まわしい記憶が蘇る。
「あの時、確か一緒にいた青蓮院は『佐藤』とか言ってたな……。それに、あの動き。いくら不意を突かれたとはいえ普通のやつの動きじゃなかった。相当に鍛えたやつなのは間違いない」
もっとも簡単な方法は、青蓮院琴音を見つけ出し直接問い詰めることだろう。
しかし、黒原には黒原のポリシーがある。男の本気の勝負に、女性を巻き込むのは本意ではなかった。
それに、校内でもこの噂は広まっている。生半可な方法ではこの汚名は返上できない。
「こうなったら、直接乗り込むしかねえ。首を洗ってまってやがれ……『佐藤』!」
黒原さんも、結構苦労人です。
でも、結構悪い人です。殴り壊した扉は、用務員さんが泣く泣く修理します。