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表と裏

──翌朝。


 昨晩も筆が乗って、つい寝坊するところだったが、遅刻なんて地獄の辱めを受けるわけにはいかない。

 それに、今日は近藤先生の一大推理ショーの公開日だ。見逃すわけにはいかない。


 なに、随分余裕そうだって?

 万が一にもバレたら、って心配にならないのか?だと?


 まあ、大丈夫だろう。奴の手口はおおよそ見当がついている。

 近藤が、わざわざ昨日のタイミングで犯人探しを公言した時点で、な。

 

「おはよう、佐藤くん」

「金木さん、おはよ。なんだか、今日も眠そうだね」


「あら、わかる?実は昨日もついついラブレターを読み込んじゃって」

「寝不足は色々と体に悪いから、ほどほどにしときなよ」


 そこまで熱心に読んでくれるのは、作者としてはこの上なくありがたいのだが、そのせいで体調を崩されてしまうのでは目覚めが悪い。

 第一、俺が投稿した記事を読み終わってから寝てるってことは、少なくとも俺よりは夜更かしをしてるってことだからな。


 俺が金木さんに少しだけお節介を焼こうとした、その時だった。


「全員、注目!」


 昨日と同じタイミングで、同じ声が教室に鳴り響く。

 しかし、推理小説の主人公は自分でそんな声を張り上げるようなことはしないのだぞ、近藤氏。


 あ、そうか。この手の話によくいる、"助手役"がいないせいなんだ。

 一人二役とは、ご苦労様です。


 俺の勝手な憐みの視線をものともせず、近藤は手に抱えた紙の束を教壇に叩きつけた。

 よく見てみれば、金木さんよりも目がやつれている。どうやら、昨晩は相当な無茶をしたらしい。


「約束通り、今日は諸君に小生の推理を披露するとしよう」


 近藤氏よ、昨日と一人称が変わってますよ。吾輩の方が文豪感が合って俺は好きだったけど。


「近藤、その紙の束はなんだよ?」


 昨日と同じく、教壇付近の男子が声をかける。

 偉いぞ!一人で話し続けるのは、思った以上にテクニックがいるんだよ。


 そもそも俺はそんなこと絶対にやらないけど。


「いい質問だ。これは、昨日掲示された多部ログの第一稿だよ。そして、これこそが小生の推理の鍵となる重要なアイテムなのだ」


 どうやら、一晩かけて俺たちの多部ログ記事を読み漁ったらしい。

 単純計算で2000枚。そりゃあ寝不足になるわ。


「文章と言うのは、その人間の魂の一部。小生はそう考えている。加えて、己の情動を書き起こした恋文ともなればそれはより顕著になるだろう」


 そう言いながら、手にしていた鞄からもう一対の紙の束を取り出した。


「おいおい、まさかお前……」


 助手役の男子生徒A(もちろん名前は知っている。斎藤(さいとう)芳人(よしと) だ)が絶妙なタイミングで合いの手を飛ばす。


「その通り。小生は、ラブレターの文章の癖、使用されている単語の種類、頻度。あらゆる角度で解析を行った。そして、ついに犯人を絞り込むことに成功したのだ!」


 おおお……と、さすがに教室内にどよめきが起こる。

 "ホリック"の正体がわかるとなったら、流石にみんな興味を引かれるか……。


 全員の注目を一身に引き寄せながら、近藤は指を高々と天井に向け跳ね上げる。

 ──無理してるんだな。指先が緊張で震えてるぞ。俺も、お前の気持ちはよく分かるからな。

 

 とにかく、近藤が振り下ろした指の先にいたのは──


「犯人はお前だ。斎藤芳人!」

「お、俺え!?」


 なんと不義理な探偵だろうか。さっきまで健気に助手役を引き受けてくれていた男子生徒Aをいきなり犯人に仕立て上げたのだ。


「言い逃れはできん。文章のパターンを解析した結果、照合率が最も高かったのはお前だ!他にも証拠はある」

 

 言いながらラブレターの束の中から一枚抜き取る。


「今年の5月掲載の恋文だ。この日は、体育の授業では班別に全く異なる種目で対抗戦をやっていた。あの日、お前は青蓮院女史と同じ班だった。違うというなら言い逃れしてみろ!」

「いや、お前。忘れちまったのか?あの日俺と一緒にドッヂボールやってたのはお前だろ」


「へ……?」


 斎藤の素早い返しに、近藤のメガネがずり落ちる。

 うん、色々惜しかったな。寝不足で、最後まで推理に頭が回らなかったと見える。やっぱり睡眠不足は良くないな。


「じゃ、じゃあ。去年の文化祭で彼女が主演を務めた劇を、舞台袖から眺めていたあの描写は……」

「大丈夫か?近藤。去年、俺たちは一緒のクラスで、青蓮院とは別だったろ」


「あ……」


 今度こそ絶句する近藤。

 タイミングを見計らったように一時間目の教師が入ってきた。

 

 愕然とうなだれる近藤。そんな彼に近づき、床に散らばった紙の束をせっせと集めて鞄に押し込み、無言で肩を抱いて席に座らせる斎藤。

 そうそう、あの二人、小学校からの付き合いのある親友なんだよな。


 そんな親友を犯人呼ばわりするなんて、酷いぞ近藤氏。そして、そんな近藤を優しく包み許してやる斎藤、ナイスガイ!





「結局、"ホリック"が誰かは分からずじまいだったね~」

「まあ、近藤の推理の視点は悪くなかったんじゃないかな。確かに、文章にはその人の癖みたいなものが出るからね」


 いつもの喫茶店。若干残念そうな彼女に、励ましの言葉をかけてみる。


 近藤の狙いは正しい。人が書く文章には、おのずとその人間の思考や趣味、性格までもが反映されるという。


 だが、俺の文章力を舐めてもらっては困る。その気になれば全く別人に成りすましたように文章の癖を変えることなど造作もない。

 無論、ラブレターや『雪の残り香』を書くときは全霊を尽くしている。俺の全てがそこに集約されていると言っても過言ではない。


 だが、まだ本稿でもないレビュー記事を書くくらいならいくらでも調整は効く。

 ああいった推理をしてくる奴がいるだろうと、あらかじめ文章の癖を変えておいたのだ。


 最後の佐々木の優しさにあふれた敗戦処理以外は、おおよそ予想通りの展開になったというわけだ。




 ──しかし、今日の予想外はここから先に待っていた──



 俺の言葉に、彼女はにこやかに笑う。そして、

 

「確かにそうだね。近藤君の発想は、とても参考になったよ」


 そういうと、彼女は鞄からどこかで見覚えのある紙の束を取り出した。

 おいおい、まさか……


「だから、私も私なりにみんなのレビュー記事を読んでみたんだ」


 「近藤君に頼んで、コピーを分けてもらったんだよ」と笑っているが、2000枚もある記事を放課後までの短期間で全部読んだって言うのか?


「でも、文章のパターンから"ホリック"を特定するのは──」


 絶句しかけた俺が咄嗟に出した言葉に、彼女は柔らかく首を振って応じる。


「文章の書き方や癖を見抜くなんて私にはできない。だから私は、私なりに解読してみたってだけ」


 聞いているだけで吸い込まれそうになる落ち着いた声。俺には黙って話を聞き続ける以外の選択肢はなかった。


「私が推測したのは、文章を書いた人の()()()()()()()()()()()()()。国語の問題でよくあったでしょ?『この文章を書いた時の作者の心情を答えよ』ってやつ。私、昔からあれが大得意だったんだ」


「……それで?」


 無軌道に笑う彼女に、若干の緊張を含んだ声を返す。

 ちなみに、俺はあの手の問題が大の苦手だった。何度も『そんなの分かるわけない。"腹減った"かもしれないし、"原稿料で何買おうか迷ってる"かもしれない』とテストの答案に書きそうになったくらいだ。もちろん、そんな目立つことをするわけがないが……。


 しかし、本当にできるのか?ラブレターならいざ知らず、ただのレビュー記事から作者の思考パターンを読み解くなんて離れ業が……。

 でも、もしできるとしたらそれは脅威だ。さすがに、文体を変えてもその奥に隠れているものの考え方までを変えることはできない。


 彼女の推理ショーは続く。


「もう何度も読んだから、"ホリック"のものの捉え方は分かってるつもり。それに一番似てる人を探してみたんだ」


 推理ショーとは言ったが、近藤や名探偵のそれとは違い、彼女の表情には確信や自信が微塵も感じられない。

 人の信条の推察なんて言う、極めてあやふやなことをやろうとしているのだ。それが当然と言えば当然だが、逆に言えばその不安な表情が俺には恐ろしい。


「その結果、私の出した結論。"ホリック"の正体は……」

 

 テーブルの上には、何枚かの候補作品が並んでいた。

 近藤そっくりの仕草で、指を天井に向ける。


「……君だ。佐藤くん」


 ピッと、しなやかな仕草で指さしたのは、完全に引きつった俺の顔面だった。

 

 ──しばらくの沈黙の後、俺が絞り出した言葉は……



「……そんなに、昨日の勘が外れたのが悔しかったの?どうしても俺に好き嫌いをはっきり言わせたいみたいだね」

「あはは、バレちゃった?」


 気まずそうに頭を掻く。

 



 ……本当に良かった。俺は魂の底から安堵していた。

 本気でそう思っていて、面と向かって問い詰められたら白状してたかもしれないよ。


 どうやら、俺が彼女に好意を抱いているとは微塵も思われていないようだった。

 確かに、好きでもない相手にラブレターを書く奴なんていない。


「でも、私の推理は本当だよ。"ホリック"の考え方に一番近いレビュー記事を書いてたのは佐藤くんだった。日曜日に初めて記事を読んだ時から、何か引っかかるものがあったんだもん」

「その推理が正しいかはさておき、今日はどの店に行くのかな?」


 強引に話題を切り替え、席を立つ。


 しかし、それにしても恐ろしい勘の良さだ。大した人だよ、青蓮院琴音。

 だが、それでもやはり、今回も俺の自制心が功を奏した。 


 彼女は、自分の感性に従って"ホリック"の思考パターンを読み解いた。そしてその感性は同時に、俺が彼女を好きではないとも告げている。

 相反する推理だというのが、自分で分かっていたのだ。


 ん、でも待てよ?

 彼女は日曜日に俺の記事を初めて読んだ。でも、その時はまだweb公開されたラブレターのPVはそれほど伸びていなかったはず。

 土曜の夜にラブレターを読んでいたとしたらもっと様子が違ってもよさそうなものだが……。


 でも、だとしたら()()()()()()()()"()()()()"()()()って……?

 

 はは、そんな馬鹿な偶然があるもんか。


 かぶりを振って店を出る。その間際、不意に俺たちの声が重なったのだった。


「「まさか、そんな訳ないよね……」」



青蓮院さん、サイコメトラーを名乗ってもよさそうです。


11月15日修正。

近藤氏の親友にしてナイスガイの幼馴染の名前を変更しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] サイコメトラーというより、プロファイリングを行なっているって印象だわ。
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