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2人の戦略

お待たせしました!

新章スタートです。


ストックが尽きるまで、しばらくは毎日更新できると思います。


「そんで、結局どうすることにしたんだよ?」

「決まってるだろ、書き続けるんだよ。ラブレターも、『雪の残り香』も、両方な」


 その日の晩、家に帰ると壁越しに弟との作戦会議が始まる。

 実は、というか、当然、弟は俺が投稿サイトに小説をアップしているのを知っている。


 今となっては日本中で注目を集めているweb作家、"ホリック"の正体を知っている唯一の存在ってことだ。

 あ、"ホリック"ってのは、投稿サイトでの俺のハンドルネームね。


「分かってると思うが、このことを他の誰にも喋るなよ?もしも喋ったら……」

「いちいちそんなことを確認すんなって。俺様がアニキのことを裏切るわけねえだろ?」


「……この前、俺が大事に隠していた太陽グミ喰ったろ」

「そんなこと、まだ根に持ってんのかよ。大体、食われたくねえんなら名前でも書いてろっての」


 おいそれと見つからないところに完璧に隠したと思って、油断してたんだよ。

 大体、俺が本気で隠したものを見つけ出せるのなんて、お前くらいなものだからな。


「でもよ、万が一にもあれの作者がアニキだってバレたらまずいんじゃねえの?」

「そりゃあそうだが、バレるわけないだろ?俺が、そんな不始末をやらかすわけがない」


「……」

「沈黙で返すなって!確かに、うっかり『非公開』にチェックを入れそこなったけど、あの時はついつい浮かれてて……。でも、同じミスはもう二度としないから」


「それで、どうだったんだよ?」

「……?文脈が良くわからん。なんの質問だよ?」


 「すっとぼけんなって」と、壁を軽く小突く音が聞こえる。


「憧れの彼女との、初デートだよ。もう、キスくらいはしたのか?」

「バッ……!そんなことするわけないだろ?それに、デートじゃねえし。ただの商店街の下見だし……」


「うっわ、マジかよ。じゃあ、手は繋いだんだよな……?」

「……」


 沈黙で返す俺に、弟はどうやらドン引きしていたらしい。しばらくの間、壁の向こうから絶句する様子が伝わってくる。


「アニキって、逆にスゲエかも……」

「何度も言うが、彼女とは多部ログのパートナー、つまり共同執筆者ってだけだから!付き合うとか、そういうんじゃないから」


 壁の向こうからでも、茶化すような下品な笑みが透けて見えるようである。

 この野郎……自分がモテるからっていい気になりやがって……!


「ま、そういうことにしとこうか。じゃあ、話を戻すけど、やっぱりこれからもラブレターは書き続けるんだな?」

「もちろんだ。直接会って分かったが、やっぱり彼女に直接告白するなんて無理だし。せっかくランキングに名前があがったんだから、ここでやめるのも悔しいし」


 日間でぶっちぎりの一位とはいえ、ランキングサイトではまだまだ駆け出し。上には上がいる。

 年間で数億PVを稼ぐような猛者たちがひしめく、まさに魔境なのだ。


「そんなトップランカーたちに、俺の作品がどこまで通用するのか、試してみたくってな」

「目立つのが嫌いなアニキが、そんな好戦的なことを言うなんて珍しいじゃん」


 なにしろ、どんなに有名になっても俺そのものが目立つわけじゃないからな。

 世界屈指のセキュリティを誇るwebサイトだから、個人情報が漏れることは決してない。安心して投稿を続けられるってもんさ。


「でもよ、肝心の彼女が宣言したんだろ?ラブレターの作者を必ず見つけるって……」

「確かに、あの時の彼女の気迫はすさまじいものだった。でも、実際にはどうやったって不可能だよ。この前みたいに俺がヘマをしない限り、見つかるわけがないさ」


 時計に目をやる。

 そろそろ執筆の時間だ。強引に話題を切り上げてPCの前に座りなおす。

 目を閉じて、今日の彼女の様子を思い起こす。

 それだけで、脳内に無形の言葉が次々と湧き上がってくる。ひょっとしたら、今日こそ"究極のラブレター"を書けるかもしれない……!




 一方、同時刻の青蓮院家。


「……やっぱり、間違いないわ」


 自室の椅子に腰かけ、一心不乱にPC画面を見つめる。

 2103通のラブレターに、改めてすべて目を通したのだ。


 いくら短いとはいえ、膨大な量の手紙を再び読破するのだから、彼女の根性もやはり並ではない。

 もっとも、敬愛する作家"ホリック"の文章に浸っていられるのは、むしろ幸福な時間と言えるのかもしれないが。


 確信に満ちた目で、モニターを睨みつける。


「……手紙が書かれた日付と、その時の私の行動。一致してるわ」


 ラブレターの文章には、稀に琴音の行動に関する記載も含まれている。

 体育祭で、リレーのアンカーでゴールテープを切る姿など。その日の記憶をもとに書かれたであろう記述が散見されたのだ。


 実際は先週の金曜日、2103通が一斉にアップロードされたのだが、下書きが保存された日付も同時に記録として残っていたのだ。


「……なかには、グループで行動していた時のものもあるわ。つまり、これらの日付、すべて同時に私のことを見ていた人こそが"ホリック"の正体ってことよね」


 4000人もいるクラスメイトとはいえ、この条件をすべて満たせるものはそうは多くないはず。

 琴音は特定のグループとばかり交流することがなかったため、日付ごとに誰と一緒にいたのかを特定することが困難である。

 唯一、琴音本人を除けば。


「……そう、例えばこの描写……」


 昼休み、部室の前で男子学生と大食い競争をしていた時。

 放課後、映画研究会主催の鑑賞会で号泣していた時。

 始業前、遅刻しそうになって全力で廊下を走っている姿を教師に見つかった時。


「……ちょっと、恥ずかしくて死にたくなってきたわ」


 顔を真っ赤に染めて、頭突きをするような勢いで机に突っ伏す。


 学校での琴音とは違い、自宅での琴音は引っ込み思案でネクラなのだ。

 こうして改めて学校での"自動操縦モード"の自分を思い出させられるのは、顔から火を噴くような思いであった。


「……でも、諦めちゃだめよ。ようやくつかんだ糸口なんだから。どんなに恥ずかしくても、思い出すの。この日、この時、私が誰といたかを……」


 食い入るように画面を見つめ、やがて、先ほどと同じように机に激突する。


「……駄~目~だ~!人前にいるときの記憶なんて、ほとんど残ってないよお」


 涙目で、悔しげに机を叩く。

 "自動操縦モード"になってしまうと、その間の記憶はほとんど残っていないのだ。


「……どうして、こんな理不尽な体質になっちゃったのよ、この馬鹿あ」


 自分の頭をポカポカと叩き、滝のように涙を流す。

 学校での普段の琴音を知る者が見れば、あまりの落差に別人ではないかと疑うほどである。


「……仕方ない。今日も『雪の残り香』の新作がアップされてるから、これを読んで癒されるしかないわ」


 今日の琴音の宣言を、"ホリック"本人も聞いていたに違いない。

 それにも関わらず、彼は今日も堂々とラブレターをアップロードしていた。そして、同時に『雪の残り香』も。


 ラブレターを読んで火を噴きだしては、『雪の残り香』を読んで鎮火する。

 同じ作者の二つの作品を行ったり来たりしながら、琴音の一日は更けていくのであった。



太陽グミは、超辛いです。

盗み食いした弟は、悶絶してます。

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