英雄に殺された公爵令嬢。それでも君を助けたい。
レリウド・クロディリス公爵令息は馬に乗って急いで王都へ向かっていた。
知らせを受けたのだ。
愛しい婚約者ルーシアが何者かに惨殺された。
馬車に乗って自分の屋敷に向かっていた所を、御者もろとも殺されたのだ。
レリウドにとって、ルーシア・ガリウド公爵令嬢は大切な婚約者の女性である。
ただ、レリウドは領地経営を父から教わっている最中である19歳。クロディリス公爵領で過ごす事が多かった。
王都の華やかな生活を好むルーシアは同い年の19歳。
彼女は社交界で生きる事を望み、ここ最近は会う事が叶わなくなっていた。
早く嫁いできて欲しい。レリウドは何度も、手紙でルーシアを急かしたが、
ルーシアは、
わたくしは王都の社交界が好きなのです。もう少し結婚を伸ばしていただけませんか?社交界を楽しみたいのです。
なかなか結婚してはくれなかったのだ。
レリウドはひたすら待つことにした。
彼女がその気になるまで。
レリウドにとってルーシアは愛しの婚約者だったのだ。
美しい金の髪のルーシア。
冴えない容姿のレリウドにとってルーシアは美しく華やかな花であった。
だから、ルーシアが殺されたと聞いて、領地から馬を飛ばして駆けつけた。
既に現場からはルーシアは運び出されており、騎士団事務所でその遺体は安置されているとの事。
ルーシアの両親、ガリウド公爵夫妻が先に来ていて、
レリウドの顔を見ると、公爵夫人は泣き崩れた。
「ルーシアがっ。」
レリウドは叫ぶ。
「ルーシアに会わせて下さい。」
騎士団員はレリウドに向かって、
「見るに無残な姿ですが、よろしいのですか?」
「はい。」
ガリウド公爵夫妻は既に対面を済ませたというので、ルーシアの遺体にレリウドは対面した。
無残な姿だった。
ドレスが血だらけで、何度もめった刺しにされたのが解る。
レリウドはルーシアの手を両手で握り締めて、涙を流す。
「誰だ…君をこんな目に合わせたのは…必ず敵を取る。」
ガリウド公爵が背後から声をかけてきた。
「娘は恐らく、マリー前王妃様に殺されたのでは…王宮で観劇の席で、娘はマリー前王妃様に、国王陛下夫妻をないがしろにするなと注意したそうだ。恐らくその無礼が許せなかったのだろう。」
マリー前王妃は今の国王の兄だった前国王の妻だった女性だ。今だ権力を振るっている恐ろしい女性なのだ。
国王陛下もキャメリア王妃もこのマリー前王妃の社交界での自分が一番という振る舞いには頭を悩ませている。
マリー前王妃の兄はミルデウス宰相、そしてグリドス副将軍。それぞれ実権を持つ実力者である。だから、マリー前王妃がどんな態度を取ろうと、国王陛下夫妻はどうする事も出来なかったのだ。
ガリウド公爵夫人は夫の胸で泣きながら、
「わたくしがあの子の気持ちをもっと解ってやれば…あの子はシャルルの事を許せなかった…」
「シャルルって、3年前に事故で亡くなった令息のシャルルですか。」
ガリウド公爵が頷いて、
「マリー前王妃は美しい男が好きな方だ。シャルルは14歳だったあの頃、評判の美少年だった。マリー前王妃に言われていたのだ。シャルルを差し出せと。でもシャルルは頑なに嫌がった。だから王宮の庭の池に…マリー前王妃に望まれていたことは公にはしていないがね…」
弟を殺されてどれ程、悔しかっただろう。自分は本当にルーシアの心に寄り添っていたのか?
後悔ばかりが残る。
しかし、レリウドは困り切ってしまった。
敵は取りたい。
しかし、相手はミルデウス一族。
この王国の政治から軍事、社交界まで実権を握る恐ろしい一族である。
敵にしたらいかにクロディリス公爵家といえども潰されてしまうだろう。
せめて、ルーシアを惨殺した相手だけでも報復する事は出来ないか?
レリウドは、お抱えの占い師アルテシアを頼る事にした。
アルテシアの力はあった事を見る事が出来る魔術である。
水晶に映し出すのだ。
それを証拠とする事は出来ないが、レリウドはアルテシアを信頼していた。
犯人を突き止める事くらいは出来るはず。
アルテシアは街中で、色々な人達の悩み相談をして生計を立てている。
しかし、それだけでは生きていけないので、クロディリス公爵家でも生活費を出しているのだ。
アルテシアはただで相談に乗る事もあるどうしようもない占い師である。
街中の広場の端に設置された黒いテントの中には順番待ちをしている人達がいた。
その人達の前を通り過ぎれば、
「順番待ちだよ。横入りは困る。」
と注意されるが無視して中に入る。
「なんだい?あら、坊ちゃま。あたしなんかに何の御用?」
アルテシアは客と話し込んでいたが、レリウドに向かって声をかけてくる。
客に向かって申し訳なさそうに、
「この人の家のお陰で私は生きていけるの。悪いね。お客さん。この人の話を優先させて貰うよ。」
客は仕方ないように立ち上がり、アルテシアは奥へレリウドを招き入れる。
長い真っ白な髪に黒いフードとドレスを着るアルテシア。不気味な見かけの女性である。
対面の椅子に座りレリウドは、アルテシアに、
「敵を取りたい。婚約者ルーシアが殺された。」
「ああ、噂になっているよ。犯人は前王妃様だろう?誰だって知っているさ。ミルデウス一族の悪逆非道ぶりはね。」
「まぁ、国王陛下もどうする事も出来ない一族だからな。で?ルーシアを殺した犯人を占って欲しい。そいつを私は殺す。」
「成程。報復だね。」
「勿論、相手と同様。私と解らないように…どうせ雇われた殺し屋だろう。」
「解ったよ。占ってあげる。」
水晶玉に手を翳し、アルテシアは何やら呪文を唱える。
豪華な仕様の馬車に乗るルーシア。
薄桃色のドレスが血に染まって、無残な姿になるとも知らずに…
「ルーシア乗っては駄目だ。馬車から降りてくれ。」
思わず叫ぶも、アルテシアに止められる。
「あんたの声は聞こえないよ。」
馬車は動き出し、物憂げに窓の外を眺めるルーシア。
金の髪がキラキラと夕陽に輝いて、本当に美しくて…愛しくて。
レリウドは涙がこぼれる。
急に馬車が止まった。
扉が開かれて、馬車に乗り込んできた男。
顔を隠しているが、アルテシアの占い魔術ははっきりと仮面の奥の顔を映し出していた。
見知った顔。
あの男は…
元英雄ユリウス・ハルド将軍。
今はリュードと名を変えて、エルデシアに仕えているのは周りの貴族達に知られている。
エルデシアに破滅させられた英雄。エルデシアの執着のせいで、彼はエルデシアに仕えているのだ。
彼は何度も悲鳴をあげるルーシアを持っていた短剣でめった刺しにした、
ルーシアは座席に倒れ込む。
ユリウスはルーシアの息が絶えているのを確認すると、姿を消した。
レリウドの胸は怒りに張り裂けそうだ。
ルーシアを殺したのはユリウス。
相手は一騎打ちで名を知られているユリウス。
自分の力では返り討ちにあるだろう。
でも、犯人を知っていてこのまま引き下がる事は出来なかった。
アルテシアはちらりとレリウドを見つめ、
「あんたにゃ無理だ。英雄を殺す力はないさ。」
「解っている。解ってはいるが…目の前でルーシアが殺されたんだぞ。それを…」
「ルーシアはなんでマリー前王妃に喧嘩を売るような真似をしたんだろうね。あの一族の恐ろしさはよく解っているだろうに。」
あああ…弟が殺された事が許せなかったルーシア。
歯向かったら次は自分が殺されると解っていながらも?
自分は愛する人の心に寄り添う事が出来なかったのだ。
「ルーシア。君の心を知らなかった私を許しておくれ。」
水晶の玉に縋りつき、涙を流す。
アルテシアはニヤリと笑って、
「特別だよ。あんたには世話になっているからね。行っておいで。」
馬車に乗ろうとしているルーシア。
え?どこへ行っておいでって、これは…
先程、水晶玉で見た景色ではないのか?
「ルーシア。待ってくれ。馬車に乗っては駄目だ。」
ルーシアは振り向いた。
「え?レリウド様。何故、貴方がここへ?領地にいるのではなかったのですか?」
「ともかく、馬車に乗っては駄目だ。一緒にこちらへ。」
ルーシアの手を引いて歩き出す。
ルーシアは戸惑ったように、
「歩いて帰るのは遠いですわ。わたくしは…」
立ち止まってレリウドを見上げるルーシア。
「弟が殺されました。おそらくマリー前王妃様に、今度はわたくしが殺されるでしょう。
同じ公爵家で二人が変死した。何も変わらないかもしれない。でも、誰かが正義の声をあげてくれたら。弟は浮かばれる。殺されたわたくしも…」
「君は死ぬ事を覚悟していたんだね…」
「ええ。そうよ。だって、弟はマリー前王妃様を断った為に、無残に殺されたの。あんなに可愛らしく聡明な弟…ガリウド公爵家の良い後継者になっていただろう弟。なのになんで?あんなにむごたらしく池に浮かんでいたの?なんで。なんでなのよ。」
レリウドはルーシアを強く抱きしめた。
「私は君に死んでほしくはないんだ。このレルド王国ではミルデウス一族に勝つ事は出来ない。一緒に帝国へ行かないか?そして、帝国で力をつけて…」
「無理よ。運命は変えられないの。だってほら…」
ルーシアの後ろからフードをかぶった男が斬り付けてきた。
英雄ユリウスだ。
レリウドは手に何も持っていない。ルーシアを庇って共に地に転がる。
最初の一撃は避ける事が出来た。
でも、二度目は。
いつの間にか手に剣を握り締めていた。
どこから降って来た?
それでも、ルーシアを守りたい。
鋭い一撃をユリウスが振るってきた時、思いっきりその一撃を跳ね返した。
何の力が働いている。これは愛の力だ。
再び剣を振るい、その剣の先は英雄の腰を斬り裂いていた。
彼は不利を悟ったのか姿を消した。
ルーシアを助ける事が出来た。でも…自分はこの空間に存在しない者なのだ。
「ルーシア。君を迎えに行くから。」
「レリウド様っ。」
「又、会おう。」
気が付くと、アルテシアの店の中で立っていた。
アルテシアに掴みかかる。
「ルーシアはどうなったんだ?私は助けた。生きているのか?」
「さぁね。騎士団事務所へ行ってみな。」
「有難う。アルテシア。」
騎士団事務所へ走って行ってみれば、騎士団員がガリウド公爵夫妻が驚愕していた。
ルーシアが…無傷で立ってこちらを見ていた。
レリウドはルーシアに近づいて強く抱きしめる。
「迎えに来たよ。」
「嬉しいですわ。有難うございます。」
ガリウド公爵が冷静な口調で、
「何故、ルーシアが生き返ったのか解らんが、ともかく国外へ行った方がいい。ルーシアは病で死んだ事にするから。」
ガリウド公爵夫人も、泣きながらルーシアに向かって、
「隣国へ行きなさい。いいわね。国内にいたら又、命を狙われる。貴方は死んだ事にします。愛しいルーシア。」
「お母様。」
騎士団員達に口止めをし、レリウドはルーシアと共に隣国である帝国へ行くことにした。
馬にルーシアを乗せて走るレリウド。
「レリウド様。隣国へ行ってどうするのです?」
「親戚がいるから頼る。外交官になる。この王国を外交官として、復讐する。必ず。」
「レリウド様。わたくしの為に、王国を捨てるなんて。」
後ろからしがみついて来るルーシア。
ルーシアが生きていてくれてよかった。ただそれだけで…
後にレルト王国は隣国の外交官レリウドに外交で苦戦する事になる。
帝国はレルト王国を崩壊させることは出来なかったけれども、レルト王国は帝国によって長年に渡って外交で苦しめられた。
レリウドはルーシアを娶って二人の間には子が出来て幸せな一生を送ったとされている。