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塔の魔王は小さな花を慈しむ  作者: トウリン


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それは、必要のないことだから

 東の隣国へ行くための唯一の街道沿いにあるルイ村は、黒の森に入る前にある最後の村であることもあって、王都から遠く離れた辺境の地にあるにもかかわらず人口が多く、その分店も揃っている。加えて、季節に一度、王都からの行商人がやってきて市を開くのだ。

 この定期の行商は国営のもので、セイラム王国のどこに住んでいても生活の質に差が出ないようにすることを目的としているのだと、アストールが教えてくれた。そういう意図があるから、王都の商店街に引けを取らない品揃えなのだと。

 それだけ大々的な行商だから、辺境にあるにしては規模が大きいとはいえ、ルイ村の中には収まらない。滞在している五日の間、村の外にいくつもテントを張って店開きをすることになる。


 そんな露店の中の一つ、衣類を取り扱う商人の前で。


「フラウ、これはどうだ? 冬虫が良く飛んでいるから、今年は寒くなるぞ」

 そう言って露天商が並べる品からアストールが取り上げたのは、ふかふかとした毛皮の外套だ。

 それは見るからに触り心地が良さそうで、アストールはフラウの返事を待たずに露天商に金を渡そうとする。店主が彼から金貨を受け取る前に、フラウはサッと毛皮を取り上げ元に戻した。


「アストールさま、外套なら去年買っていただいたものがあります」

 それだって、今目の前にあるものに負けず劣らず良いものなのだ。一冬しか着ていないのに買い替えるなど、もったいない。

 だが、アストールはフラウの返事に不満そうな顔になる。


「去年は去年だろう」

「子どものころと違って背丈だってもう伸びませんから、あれで充分です」

「じゃあ――」

「他の服も要りません」

 別の、ずいぶんとひらひらとした飾りのついたあまり実用的ではない服に手を伸ばそうとするアストールの機先を制してフラウは言った。彼が選ぶ服は、どれも動きにくい上に汚すのがためらわれるようなものばかりなのだ。


 動きを止められたアストールが、ムッと唇を曲げる。

「何のために僕が一緒に来たと思っているんだ」

「市を見たかったからではないのですか?」

「興味ない。むしろこんなうるさいところは嫌いだ」

 唸るように言ったアストールに、フラウは小首をかしげた。

(なら、家にいらっしゃればよかったのに)

 いつもの買い出しならフラウとゼスだけで済ましているのだ。毎回、この行商の市だけはついてくるから、興味があってのことだと思っていた。


 フラウのその心の声が届いたわけではないだろうが、アストールが眉間にしわを寄せた。

「とにかく、僕が来たのはお前に買う服を僕自身で見るためだ。だから、僕が買うと決めた物を買う」

 言い張る彼は駄々っ子のようで、フラウは持て余す。


 そして、ふと思った。


 普段から、掃除をしようとするフラウを引き留めて傍にいさせたがったりするけれど、もしかして、敢えて動きにくい服を着せることで、彼女の行動を制限したいのだろうか、と。


(まさか、そんなことはない……よね)

 流石に馬鹿げた考えだと、フラウは頭をよぎったその疑念を打ち消した。


「アストールさま……それはお金の無駄遣いですよ。アストールさまが買ってくださるお洋服ではお仕事ができませんから」

 諭すフラウの上から、失笑が届いた。

「フラウ、いいから買わせてやりなって。で、たまには着てやれよ。ご主人様は君を自分のものだって思っていたいんだからさ」

 からかい混じりの声はゼスで、彼はにやにやと人の悪い笑みを浮かべながらアストールを横目で見ている。対するアストールは、射殺しそうな目でゼスを睨み付けた。

「黙れ。そんなんじゃない」

「へぇ? そうですか? じゃ、自分が選んでもいいですか? これなんかどうですかね?」

 言うなり品に手を伸ばそうとするゼスも、フラウはたしなめる。

「ゼスさん、アストールさまをからかわないでください」

 今以上に拗ねさせてしまったら面倒なことになるではないか。

「はは、つい、な。あんまりこの人が面白いから。まあでも、自分が選んだ服を着せて、こいつは自分のものだって知らしめたいのは多分当たってるから」

 目くばせしながらにんまりと笑ったゼスに、アストールはぎりぎりと奥歯を食いしばっている。子どもじみた二人の遣り取りに、フラウは小さくため息をこぼした。十年間一緒にいるけれど、この主従関係がどうなっているのかが、未だに良く解らない。


「ゼスさん、アストールさまはそんな無意味なことはしません」

 フラウの言葉に、アストールがグッと息を詰め、そしてゼスはゲラゲラと笑い出す。

「無意味! どうしますか、アストール様、無意味とか言われちゃいましたけど?」

「いい加減、黙れ」

 ポンポンと肩を叩くゼスにアストールが返したのは、唸り声だ。

 フラウは、二人の間で眉をひそめた。

「わたしがアストールさまのものだっていうことは、わざわざ何かで証明したり確かめたりする必要はないでしょう?」

 だから、そういうことを意図してアストールが決めた服を着せようとするなんて、無意味だとしか言いようがない。


 至極当たり前のことを言ったつもりだったのに、何故か、フラウの前でアストールが固まった。とても奇妙な顔で。

「アストールさま? 大丈夫ですか?」

「……何でもない」

 むっつりと答えたその様子から、『大丈夫』とはあまり思えないが。


 どうしようかと眉根を寄せたフラウの頭に、ポンと大きな手がのせられる。見上げると、明らかに笑いを堪えているゼスの顔があった。

「まあまあ。フラウは村でいつもの買い出しに行ってきたらいいさ。知らない奴に声をかけられても無視しとけよ? この人を馬車に戻したら自分も行くから」

「ゼスさん」

 フラウはゼスからアストールに目を移す。彼はフラウと視線を絡ませ、一瞬何か言いたそうにしたけれど、結局唇を引き結んで押し黙った。そしてプイッと横を向く。


 何がいけなかったのかは判らないけれども、フラウが発した言葉は不適切なものだったらしい。

 どうやら、ゼスの言うとおりにするのが正解のようだ。


「わかりました」

 こくりと頷き、フラウは立ち上がる。

「じゃあ、アストールさまのこと、お願いします」

 そう告げて、頭を一つ下げて村の入り口に向けて歩き出した。


 少し行ってからやっぱりアストールのことが気になって振り向いてみると、そっぽを向いたままの彼と、その隣でひらひらと手を振るゼスの姿があった。


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