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芽生えた気持ち

 初対面の相手に緊張しているのか、元からなのか、フラウはとても物静かな少女だった。

 ゼスの後を歩くフラウの後ろを、その必要などないのに、アストールもついていく。いつもなら、新しい使用人が入ってきてもゼスに丸投げするだけだ。なのに今日は、ゼスに何か言われたわけでもないのに、足が勝手に動いていた。

 そうしてしまったのは、フラウが年端もいかない子どもだったせいだろうか。それとも、彼女の容姿のせいだろうか。


 ふわふわと揺れる白銀の髪が、どうにもアストールの目を引いた。

 量の多少はあれど、誰もが皆、魔力を持っている。持っているはずだが、フラウのこの髪の色ではそれも疑わしい。

 アストールは魔力を持ち過ぎていることが仇になっているのだが、それとは真逆に全く持っていないというのは、どういうものなのだろう。

 魔力を持っていても、皆が皆、魔術を使えるわけではないから、魔力の有無が日常の便不便に影響することはない。実際に用いられるようになるには、魔力を持っていることに加えて、魔術を操る素質も必要だ。その素質がなければ、いくら魔術を学び修練を重ねても、発動させることはできない。どれだけ腕力があっても、剣技を身につけなければ剣を振るって戦うことができないのと、同じだ。また、扱えるようになる魔術の傾向も、個体差がある。炎はうまく操れるが、風はまったく、というように。

 アストールが力を暴発させるのは、魔術を学ぼうとしていないからでもある。有している魔力が大き過ぎるということもあるが、そもそも、それを制御する術を身につけるための努力をしていないのだ。そのことにゼスは渋い顔をするのだが、王宮に呼び戻してもらうために唯々諾々と従うのは、釈然としなかった。


(少なくともこの子は、僕みたいに困ることはないんだな)

 魔力を持っていても使えない者は多いのだし、きっと、アストールよりは楽に生きてこられたはずだ。

(多く持っている方が不利だとか、おかしな話だろ)

 孤児院から来たというこの少女よりも、自分の方が不幸なのだ。

 アストールは、そう結論付けた。

 だが、すっきりはしない。


 むぅとアストールが唇を引き結んだとき、先頭のゼスが足を止める。

「ここが君の部屋だよ、フラウ」

 この塔は三階建てて、三階をアストールが、二階をゼスが使っている。一階は、厨房や風呂、食堂など、生活のための場だ。そこに、使用人のための私室も設えていた。

 ゼスが扉を開けてフラウを促したが、何故か少女は動かない。

「フラウ?」

 問いかけたゼスを、少女が見上げた。

「ここではダメだと思います」

 フラウの言葉に、ゼスが眉根を寄せる。

「え?」

「わたしは外の方がいいと思います」

「いや、外って言われても……ええと、前のところではどこで寝起きをしていたんだい?」

「物が置かれている小屋です」

 ゼスとアストールは互いに眉根を寄せて目を見交わした。


「ごめん、ちょっと良く解らないな。孤児院だろう? ほら、他の子たちと一緒に、大部屋にいくつか寝台があってって感じじゃないのかい?」

 ゼスの言葉に、フラウが頷く。それを見てアストールは何故かホッとしたが、続く台詞で愕然とする。

「最初の何日間かはそうでした。でも、みんながいる家の外に物をしまっておく小屋があって、そちらに行くように言われました」

「何だそれ!?」

 思わずフラウの後ろでアストールが声を上げた瞬間、近くにあった灯りが音を立てて爆ぜて、びくりと彼女が身をすくませた。

 灯りは魔術で操作するもので、勝手に勢いが変わるようなことはない。アストールの怒りに反応してしまったのだ。

「アストール様、怖がらせたら駄目じゃないですか」

「怖がらせたりなんか……」

 言いかけて、自分を見上げているフラウと目が合った。もとから大きな目が一層見開かれて、転げ落ちてしまいそうだ。

 刹那、王宮にいた頃のことが脳裏をよぎる。

 アストールが力を暴発させるたびに両親も弟妹も怯え、彼から遠ざかるようになっていったのだ。

 彼らのそんな態度には、腹が立っただけだった。散々褒め称えてきた力を、ちょっと問題があっただけで手のひらを返して責めるのか、と。

 だが、何故か、この少女にもそんなふうにされるのは「嫌だ」と思った。それは憤りではなく、忌避の念だ。


「――悪い。お前のことを怒ったわけじゃない」

 アストールがぼそぼそと言い訳じみた謝罪の言葉を口にすると、フラウはフルフルとかぶりを振った。

 とっさにその綿毛のような髪に手が伸びそうになって、自分に触れるなという彼女の言葉を思い出す。

 頭を撫でるとか、そういうこともしてはいけないのだろうか。

 触れてはいけないというその理由は何なのか、どこまでなら許されるのか、アストールは知りたくなった。

 だが、言葉にしようと思ったその疑問は、ゼスによって遮られる。


「まあ、癇癪持ちのアストール様は置いておいて、確認するけど、孤児院にいたときには物置小屋で寝起きしていたんだね?」

 ゼスの確認にフラウがこくりとうなずく。

「ええと、それは何でかな。理由は聞かされた?」

「わたしは人に触ったらいけないから」

「外でもそんなことを言っていたな。じゃあ、何故触ったらいけないんだい?」

 今度の問いかけには、首を傾げた。

「……わかりません」

 少し迷った末に彼女が出したその答えに、今度こそアストールは声を上げる。

「わかりませんって、なんでだよ? 理由も言わずに物置小屋に入れられてたのか? おかしいと思わなかったのか?」

「? 『おかしい』?」

 フラウがきょとんと首をかしげる。

「だから、物置小屋だろ? そんなところで寝起きさせられるとか、変じゃないか!」

「屋根と布団はありました」

 それで何の問題があるのかと言わんばかりのフラウの眼差しに、アストールは言葉を失った。

 グッと奥歯を食いしばったアストールに、フラウの頭越しにゼスが目配せをする。そのくらいでやめておきましょうよ、というように。


「まあ、よそではどうあれ、うちでのフラウの部屋はここだ。さあ荷物を置いておいで。夕飯にしよう」

 フラウはまだ迷うように部屋とゼスとの間で視線を行き来させていたが、ようやくこくりとうなずくと部屋に入っていった。

 彼女は中をキョロキョロと物珍しそうに見回している。表情が乏しいその顔が、気持ち、輝いているように見えた。

 用意された部屋は、質素なものだ。

 フラウがこれまでどんなふうに過ごしてきたのかは、わからない。彼女にとっては特段問題のない日々だったのだろう。だが、こんな些細なことで喜ぶことは間違っていると、アストールは思った。

 もっと普通に、喜ぶに値することで、喜んで欲しい、と。

 

 アストールが誰かに対してそんなことを思うのは、初めてのことだった。

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