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塔の魔王は小さな花を慈しむ  作者: トウリン


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魔力と魔術

 下から突き上げられるような揺れに見舞われて、フラウはしたたかに天井に頭をぶつける。思わずこぼれそうになった悲鳴を吞み込むのは、これで何度目だろうか。

 フラウが身をひそめているこの場所は、カイが乗る宮廷魔術師御用達の馬車の荷物入れの中だ。動き出してからまだ四半時も経っていないはずだけれども、狭いところに身を縮めているのと揺れるたびにあちこちにぶつかるのとで、身体中がギシギシと痛んだ。

 王都までは、数日かかるのだという。

 もちろん、それまでの間に気づかれてしまうだろうけれども、少なくともこれから半日以上はこのままに違いない。想像するだに気が遠くなるが、こうすると決めたのはフラウだ。


(頑張らないと)

 そう簡単には塔に戻れないくらいまでは見つからずにいなければ、引き返されてしまうだろう。

 せめて半日、と決意と共にフラウがグッと全身に力を込めたとき、また、馬車が揺れた。

(いたッ)

 今度は肘で、打ち所が悪かったのか、ビリリと指先まで痺れた。

 フラウは唇を噛んで痛みに耐えたが、そこで突然馬車が停まった。と思ったら、間を置かず、天井が開け放たれる。

 続いて覗き込んできた顔を、フラウは目を見開いて凝視する。


「まったく。そんなひ弱げな見た目だというのに、存外、強情ですね。こちらの方が痛くなってしまいます」

 その声の中に、フラウがそんなところにいることへの疑問も驚きも感じられない。

「え、あの、カイ、さん?」

「ぼんやりしていないで、さっさと出てきてください。万一私があなたをそんなところに押し込んだのだとアストール様に思われたら、いったい、どんなことになるか」

 ため息混じりでカイにそう言われ、フラウはおたおたと荷物入れの中で立ち上がる。

「すみません……」

 何に対してのものか自分でもはっきりしないまま謝罪の言葉を口にして、フラウは地面に降り立った。手足を伸ばせる心地良さにホッと一息ついたけれども、ヒタと注がれる視線に気づかずにはいられない。

 フラウを守るため、彼女が塔から出ることを断固として拒んでいたアストールとカイとの遣り取りが否応なしに脳裏によみがえり、フラウはいたたまれなさに肩を縮めた。きっと、アストールに気づかれたらカイもただでは済まないはずだし、カイもそれを迷惑だと思うに違いない。

 しかし、恐る恐る目を上げれば、小さくなっているフラウを見下ろすカイの眼差しは平静そのものだ。

「立ち話もなんですし、とりあえず中に入りましょうか」

 こともなげにそう告げて、カイはさっさと乗り込んでしまう。残されたフラウも、慌てて彼に従った。


 荷台とは打って変わってフカフカな座席にフラウが腰を下ろすと、カイは当たり前のように水筒から注いだお茶を差し出してきた。

「熱いから気を付けて」

 水筒は魔術具らしく、カイの言う通り、茶は淹れたてのように熱い。フラウがそれを受け取ると、彼は自分の分も茶碗に注いだ。

 カイの態度はあまりに自然で、まるで、フラウが最初から予定されていた同行者のようだ。

 上目遣いにカイをうかがいながら、フラウはお茶をためらいがちに口に運ぶ。

「菓子もありますが、食べますか?」

「え、いえ、ありがとうございます。でも、今は……」

 フラウが戸惑いながらかぶりを振ると、カイは焼き菓子が入った箱を引っ込めた。

 カイは一連の動作を当然のようにしていたけれど、フラウにしてみれば違和感しかない。


「あの、カイさん?」

「何です?」

「わたしが隠れていること、気づいていましたか?」

「ええ」

「いつからですか?」

「最初からです」

「最初?」

「アストール様から絶対に都には行かせないと断言されたときに、ついて来ようと決めたでしょう? あの時からです」

 さらりと告げられたその台詞に、フラウは困惑する。

 カイの言い方は、まるで声には出していなかったフラウの考えが聞こえていたかのようではないか。


 と。


「そうですよ」

 何の脈絡もない肯定の台詞に、フラウは大きく目をしばたいた。

「あの?」

 首を傾げ、眉根を寄せたフラウにカイは平然と続ける。

「私にはあなたの考えていることがわかるのですよ」

「え? ……え?」

 至極当たり前のことのように告げられても、フラウは目を白黒させるばかりだ。

「アストール様から魔術のことは教えていただいていないのですか?」

「わたしは、魔力がないですから……」

「自分で使えなくても、この国では常識の範疇ですよ」

 そう言って、カイはため息をつく。


「いいですか? 通常、ヒトは多かれ少なかれ魔力を持っています。が、力を持っていても、魔術の才がなければ実際に用いることはできません。兄のゼスも魔力がないわけではないですが、その力を使って何かできるという訳ではないでしょう?」

 問われてフラウはこくりと頷く。幼い頃、魔力を持たないということはおかしいことなのかと尋ねたフラウに、ゼスは自分も埃一つ動かすことができないよと笑ったのだ。使えないなら持っていないも同然だろう、自分もフラウも同じようなものだよと。

「実際、魔力の大小よりも、魔術を理解できるかどうかの方が、力を用いるためには重要なのではないかとも言われています」

「魔術を理解、ですか?」

「ええ。魔術は力を操るための術式、理です。数の概念があっても式を知らなければ計算はできないでしょう? アストール様は確かに身に宿す魔力の大きさも桁違いですが、それ以上に魔術に対する理解が優れておられるのです。だから、今まで誰も作れなかったような魔術具をお作りになりますし、新たな術式を幾つも編み出された。あの方は、我々には見えないものが見えておられるのです」

 眼にも声にも心酔をの色を満たしてそう言ったカイは、フラウの視線に気づくと小さく咳払いをした。


「とにかく、魔力と魔術に関してはそのような形なのですが、魔術が作用する領域には、大きく分けて『物質』と『精神』があるのです。アストール様は『物質』ですね。基本的には物を動かす力になりますが、どう動かすか、何を動かすかで現れる現象が変わります。物体を浮かせるなどは判り易いですよね。物を燃やしたり凍らしたりすることも、『物の動き』によるものです」

 カイは流れるように説明してくれたけれども、フラウは眉根を寄せる。

「よく、解りません」

「まあ、魔術のことは小さい頃から年月をかけて学ぶものですから。基本を知らなければ理解することは難しいと思いますよ。今の説明だけで解かったらむしろすごいです」

 そう言ってカイは珍しく頬を緩め、続ける。


「『物質』に干渉するアストール様に対して、私の力は『精神』に作用します。まあ、ざっくり言えば、思考を読んだり操ったり、ですね」

 サラッと彼は言ったが、一拍置いてその内容を理解したフラウは目を丸くする。

「え、じゃあ、今もわたしが考えていることが皆聞こえているんですか?」

「全てではないですよ。声と同じで、大きなもの――強く意識しているものだけです。……まあ、聞こうと思えば丸聞こえになりますが。あなたは王都に行って母を治すことをとても強く心に決めていたでしょう? だから、否が応にも聞こえてしまって。荷台に潜り込んだのも最初から判っていましたから、いつ音を上げるか窺っていたのですが……こちらの方が痛くなってしまって。あとは、これ以上進んだら本気で殺されかねませんから、ここらが潮時かなと思いましてね」

 何でもないことのように不穏な言葉を口にしたカイに、フラウはギョッとする。

「殺され――って、誰にですか?」

「それはもちろん……」

 カイは答えかけ、ふと耳を澄ますような仕草をする。

「ああ、お早い。転移の術、なのは確かですが……これほど正確に跳べるとは。やはりアストール様は素晴らしい」

 いったい、彼は何を言っているのだろうとフラウが首を傾げたその瞬間、吹き飛ぶ勢いで馬車の扉が大きく開け放たれた。フラウはビクリと肩を跳ねさせ振り返る。


 そこに、立っていた人は。


「アストール、さま」


 フラウは彼の名前を呟いたけれども、その場に満ちる怒気に息を呑み、それ以上言葉を継ぐことはできなかった。


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