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塔の魔王は小さな花を慈しむ  作者: トウリン


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フラウの力

「それではお暇させていただきます」

 書斎を訪れそう告げたカイは、一礼したのち、窺うような眼差しをアストールに向けてきた。

「やはり、お気持ちは変わりませんか」

 その『お気持ち』は、アストール自身のことか、フラウのことか。

 どちらにしても、全く変える気はない。

「さっさと帰れ」

 アストールが素っ気なく答えると、カイは心底残念そうなため息をこぼした。


「まあ、諦めろ、弟よ」

 そう取りなしたのはゼスだ。彼は苦笑混じりにカイに肩をすくめる。

「フラウのことになるとこの人滅茶苦茶頑固になるから。あの子を口説き落とせば話は変わると思うけどな」

「ゼス!」

 アストールは眼光鋭く睨み付けたが、ゼスはヘラリと笑っただけだ。兄の台詞で妙な考えを抱かなかったかとカイを見たが、彼の表情はチラリとも動かず、何を考えているのか相変わらず読み取らせない。

(まあ、あれからフラウと二人きりにはさせていないしな)

 大丈夫なはずだと思いつつ、アストールは安心する気にはなれなかった。フラウとカイが二人だけで話をしていた時間は確かにあって、あの時、彼女の中にどんな種が蒔かれてしまったのかは判らないのだ。


 アストールの疑念を読み取ったわけでもなかろうに、カイが微かに眉を上げる。

「私はもう何もしませんよ。彼女にも、特に何もしていません」

「本当だな?」

「こればかりは、信じていただくしかありませんね。……これから何が起ころうとも、私のあずかり知らぬところです」

 カイのその台詞に引っかかりを覚えて、アストールは目を細める。

「どういう意味だ?」

 剣呑な視線を注がれてもカイはどこ吹く風という風情だ。

「言葉通りです。それでは兄さん、お元気で。母さんにも元気だったと伝えておきます」

「そうしてくれや」

 十年ぶりの再会だったというのに、ゼスとカイはあっさりとした別れの言葉を交わしておしまいにしてしまう。本当に血のつながりがあるのだろうかと思わせるほど似たところが全くない二人だが、こういう淡白さはそっくりだ。

「では、アストール様、失礼いたします。お気持ちが変わられたらいつでもご連絡を」

 往生際悪くそう付け加え、再び頭を下げてからカイは書斎を出て行った。


 窓から見下ろしているとさほど間を置かずにカイが塔の外に姿を現し、こちらを振り向くこともなく迎えに来ていた馬車に乗り込んだ。フラウには自室にいるように命じていたし、これだけ短い時間なら、彼女と言葉を交わしたということもないだろう。

 走り出した馬車が道の向こうに消えるまで見送って、アストールは息をつく。

「意外にすんなり帰っていきましたね。特にフラウのことはもっと粘るかと思いましたが」

 ゼスの台詞に振り返り、アストールは目をすがめて彼を見据えた。ゼスは、「何か?」という素振りでアストールを見返してくる。


「……お前は、いつから知っていたんだ?」

「いつからって? フラウのあれのことですか?」

「他に何がある」

 ムッとした口調で答えると、ゼスは「ですよね」と言って笑った。

「まあそうですね、結構前からですよ。何となく、薄々、ですが」

 そう答えてから、彼は真顔になる。

「時々、べそをかきながら鳥やら動物やらを抱えてアストール様のところに走ってたじゃないですか? 元気な野生動物がフラウに捕まるはずがないし、怪我でもしてるんだろうなって思っていたのに、いつもその後けろりとしてましたから、妙だなって。あの子だったら、助かったならその後も世話をするだろうし、もしもダメだったら滅茶苦茶落ち込むでしょう?」

「……それだけか?」

「まあ、状況証拠的に。世話をする必要もなければ死んでもいないとなれば、一瞬で治ったとしか考えられないじゃないですか。あなたにはその力はないんですし、それなら、フラウしかいないでしょう?」

 十年間懸命に隠してきたつもりだったのにあっさりとゼスに見抜かれていたと知り、アストールは押し黙る。

 渋い顔をしているアストールに、ゼスが問い返してくる。


「そういうアストール様は、どうしてフラウに癒しの術が使えると知ったんです?」

「……最初の晩に一緒に寝たら、翌朝彼女の手の傷が消えていたんだ」

「それだけで?」

「いや。あの時は気のせいだと思っていたし、忘れていた。初めてフラウが怪我をしたウサギを運んできたとき、僕が彼女に触れたら力が発動したんだ。それを見て、手の傷が消えていたことを思い出した」

 アストールはそう答え、息をつく。

「フラウの癒しの術が発動するには、膨大な魔力が必要なんだ。その代わり、術式は必要ない。ただ、あの子が癒えて欲しいと願うだけでいい」

「術式なし? 願うだけ?」

 ゼスが目を丸くしてオウム返しで呟いた。

「そんなこと、有り得るんですか?」

「普通はないが、フラウではそうなんだ。あの子の魔力がすぐに枯渇するのは、無意識のうちに術が発動してしまっているからなのかもしれない」

「……そう言えば、あの子が世話すると野菜の成長が異様に速いんですよね。いつも、通常の半分くらいの日にちで収穫できるくらいまで育ってますよ」

「野菜の成長が?」

 それは、気づいていなかった。

 アストールは眉根を寄せる。

「もしかすると、あれは癒しの術ではないのかもしれない。もっと別の何か……」

「その辺、自分にはさっぱり解りません」

 ゼスは肩をすくめ、次いで真顔になった。


「ねぇ、アストール様」

 ゼスのこれほど真面目な顔は、滅多に見ることがない。

「何だ」

「カイの奴の肩を持つわけじゃないんですけど、あいつの力も借りて、ちゃんと調べた方がいいんじゃないですか? 解らないってのが一番良くないですよ。十年間アストール様が考えても解らなかったんですから、ここで他の者の視点を入れるのはありだと思いますよ?」

 ゼスの言葉は正しい。だが、やはり、フラウの存在が外の者に知られる危険は、極力避けたかった。

 どうすることが、一番良い結果をもたらすことになるのか。

 渋面で考え込むアストールに、ゼスが声をかけてくる。

「まあ、とりあえず、ちょっと茶でも飲んで落ち着きましょうか。ついでに、フラウにも声をかけてきますよ。部屋に閉じ込めたままですから」

 そう言うと、ゼスは書斎を出て行った。


 一人残されたアストールは机に戻り、どさりと椅子に身を落とす。

 最優先事項は、フラウの身の安全だ。フラウの秘密を守ること。

 フラウの術の発動には膨大な魔力を要する。その魔力の供給源はアストールだ。彼ほどの魔力の持ち主が触れていなければ、発動しない――しなかった。

 アストールは苛々と指先で卓上を叩く。

(あの指輪も良し悪しだな)

 フラウが触れる人をうっかり昏倒させてしまうことを防ぐ為に作った、指輪。

 設定上は、癒しの術が発動せず、だが、触れても相手の魔力を奪わずに済む、という程度にフラウに魔力を補い続けるはずだった。

 だが、先ほどの一件で、その設定が役に立たないことが判明してしまった。

 あんなふうに術が発動するほどの魔力が供給されてしまうなら、ルイ村あたりでうっかり瀕死の誰かを癒しかねない。


「どうしたものかな」

 アストールが呟いたとき。


 書斎の扉が叩かれ、怪訝な顔をしたゼスが覗き込む。その手に、用意すると言っていた茶の支度はない。

「どうした?」

「いや、やっぱりいませんよね」

 らしくない弱気な口調で言うゼスに、アストールの中には嫌な予感が立ち込めた。

「……誰がだ」

 低い声で問いはしたが、今、この塔にいるのは、アストールとゼスと、フラウのみ。姿が見えないのは、一人だけだ。その名をゼスが口にするまで、わずかに、ためらいがあった。


「フラウ、です」


 ゼスが言い終えるより早く、アストールは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がっていた。


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