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塔の魔王は小さな花を慈しむ  作者: トウリン


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冬が去って

 この冬は雪が多く、日陰の根雪が消えるまで、例年よりも少しばかり長くかかった。ようやく暖かな日が続くようになって、殺風景だった庭でも春の訪れを報せる花々が綻び始めている。

 フラウはどの季節も好きだけれども、一年の中で一番心が浮き立つのはこの時期だ。白と茶色しかなかった庭の中に日に日に緑、赤、青、黄と色が増えていく様を眺めるのが、とても好きだった。


 フラウがアストールから来客の予定を伝えられたのは、そんな早春の朝食の席でのこと。


「都から、魔術師の方が、ですか?」

 首をかしげて耳にした言葉を繰り返したフラウに、アストールが頷く。

「ああ。そう長居はしないがな」

 しないがな、というよりも、させないがな、というように聞こえるのは、気のせいだろうか。言いながら、何だか嫌そうな顔をしているアストールの台詞に、ゼスが付け足す。

「その魔術師、自分の弟なんだよ。アストール様と同い年で名前はカイって言うんだけどね、自分と違って、魔術師としてかなりの力を持っているんだ」

 そこまでは自慢げだったけれども、ふと彼は苦笑を浮かべた。

「ただ、魔術のことしか頭にない奴でな……まあ、何か言われても、悪気は欠片もないから気にしないでやってくれよ。あんまり友達いない奴だから、仲良くしてくれると嬉しいんだけどね」

 アストールに対する時とは少し違う『兄』の顔で微笑んだゼスに、フラウは頷き返そうとした。


 が。


「フラウはあまり近づくな」

 むっつりとしたアストールの声が、ゼスの願いを蹴りやった。ゼスは目を丸くしてひらひらと手を振る。

「前にも言いましたけど、あいつ、魔力を持たない者には興味を示しませんよ?」

「それでも、だ。いいな、フラウ」

 アストールは念を押してきたけれど、果たして頷いていいものだろうかと、フラウは彼とゼスとの間で視線を行ったり来たりさせる。

「ですが、失礼にならないですか? わたしはここの使用人ですし、お客様のお世話を焼くのもお仕事のうちだと思いますが」

「構わない。お前の仕事は僕の世話をすることだ」

 仏頂面のアストールに、ゼスがにやりと笑った。

「警戒しなくっても、あいつがフラウに妙な気を持つことはありませんって。そりゃ、フラウはべらぼうに可愛いですけど、あいつにそういうの意味ないですから。いい年して浮いた話一つ持ってこないってんで、母が毎回手紙で嘆いてますよ。顔も良いし魔術師としても超一流だから引く手数多らしいですけど、どんな器量良しにもどんな気立て良しにも、全ッ然興味示してくれないとか」

 ゼスは茶化す口調で言ったけれども、アストールは彼を無視してフラウをジッと見つめてくる。


「他人の魔力を吸収するというお前の力が、あいつの興味を引くかもしれない。そのことは絶対に知られるな。カイと口を利くのは何か訊かれた時だけ、必要最低限の返事だけにしろ。『はい』と『いいえ』だけで充分だ」

「それじゃ会話になりませんって。会わせる前からやきもちですか。大人げないですよ」

 揶揄するゼスを、アストールが睨み付けた。そうして唸るような声で命じる。

「黙れ。いいから茶を持ってこい」

「じゃあ、わたしが――」

 フラウは立ち上がりかけたが、アストールに止められる。

「ゼスに言ったんだ」

 ゼス見ると、フラウと目が合った彼は苦笑混じりで肩をすくめた。


「まったく、フラウのこととなると心が狭い……って、はいはい、すぐお持ちしますから」

 怖い怖いと呟きながら、刺し貫くようなアストールの視線から逃れるように、ゼスがそそくさと食堂を出て行った。

 二人きりになって、会話が途切れる。

 シンとした中、何だかやけに不機嫌なアストールを、フラウは窺う。いや、不機嫌、とは少し違うようだ。

 苛立ちよりも彼から伝わってくるものは――


「何をそんなに心配なさっておられるのですか?」


 そっとフラウが声をかけると、卓の上を見据えていたアストールが突かれたように顔を上げた。

「え?」

「心配、なさってらっしゃるように見えます。……違っていたら、すみません」

 見当違いだったかとフラウが尻すぼみに謝ると、アストールが小さく息をついた。

「いや、間違っていない」

 そう言ってから、アストールは席を立ち、卓を回ってフラウの隣にやってきた。彼女の手を取り立ち上がらせると、食堂を出るように促す。

「お茶は……」

「後でいい」

 もしかしたら、お茶を飲みたかったのではなく、ゼスをここから遠ざけたかったのだろうか。

 眉をひそめながらも、アストールに手を引かれるままフラウは歩き出す。


 向かったのは書斎で、中に入って扉を閉めるとアストールは椅子にフラウを座らせ、自身は彼女の前に膝をついた。

「宮廷魔術師が……カイが来る前に、いくつか言っておくことがある」

「? 何でしょう?」

「一番は、さっき言ったように、あいつに近づくなということだ。カイに限らず、宮廷魔術師は人間としてちょっとおかしいところがある奴が多い。基本的には魔力が低い者には興味を持たないが、他人の魔力を奪うというお前の特性には興味を持つかもしれない。そうなれば、都に連れていって調べようとするだろう」

「そうでしょうか」

 いぶかしむフラウに、アストールの眉間にしわが寄る。

「どういうことになるか判らないから知られるなと言っているんだ。特にカイの奴は、ゼスが言うように小さい頃から魔術のことしか頭にない。魔力魔術絡みのことなら、なんであれ、興味を持つ可能性がある。あいつがいる間は、決して指輪を外すなよ」

 アストールの眼差しは怖いくらいに真剣だったけれども、それだけ、フラウのことを案じているということだ。

「ですが、こんな、人に迷惑をかけるだけのものに、調べる価値があるとは思えませんが」

 自分のことを卑下する気持ちから出た言葉ではない。けれど、アストールにはそう聞こえたに違いない。

 アストールは眉間のしわを深くして、フラウの頬を両手で包み込んだ。彼女が幼い頃から、何か言い聞かせる時に彼がしていた仕草だ。いつの頃からかされることがなくなっていたけれど、大きな手の温もりに、キュッとフラウの胸が詰まる。

 動けなくしてフラウの目を、アストールが真っ直ぐに見つめてきた。


「迷惑なものではない。僕はお前に助けられた。お前がこの塔に来なければ、僕は今も自分の力を制御できていなかったかもしれない」

「そんなことはないです」

 それこそ、声を大にして言いたい。

 アストールは優れた人だ。

 フラウがここに来ようが来るまいが。いずれは今の彼になっていたに違いない。

 だが、アストールはかぶりを振る。

「いいや、あるよ。未熟な僕の力をお前が吸収してくれたから、制御できるようになったんだ。お前がいたから、制御しようという意思を強く持つことができたんだ」

「アストールさま」

 束の間アストールの表情が和らぎ眼差しに慈しみが溢れたが、またすぐに、彼はクッと唇を引き結ぶ。


「それに、僕の――治癒の力だ。あれも、絶対に知られたくない」

「良いこと、ですのに?」

「ああ。前にも言っただろう? 治癒の力は珍しいからな。僕がその力を使えると判ったら、色々調べようとするだろう。都には魔術についての研鑽を積むための塔があってな、治癒の魔術を使えるとなれば、そこに閉じ込められて実験材料にされてしまうかもしれない」


 アストールが塔に閉じ込められる――会えなくなってしまう。

 そんな事態、想像するだけでフラウはキュッと胸が縮まる思いがした。


「判りました。絶対に知られないようにします」

 フラウが深く頷くと、アストールの顔が和らいだ。彼は膝に置いていたフラウの手を取る。

「僕は、お前とここにいられればそれでいいんだ」

 そう言って、アストールはフラウの手を額に押し付けた。

「僕からお前を奪うことは誰にも許さない。誰にも、だ。もしも何者かがそうすれば、僕は何を引き換えにしても取り戻しに行く」

 フラウの手を握る彼の手に、グッと力がこもった。

「だから、お前も僕から離れるな」

 うつむいたアストールが、絞り出すようにそう告げた。

 いつも堂々としていてフラウを包み込んでくれる大きな身体が、今は小さく見える。


(どうしてこんなに不安そうにされるのだろう)

 フラウがアストールから離れるなんてありえないのに。

 彼が何をそんなに案じているのかが、フラウには解からない。それが解からないことが、とてももどかしい。


「アストールさま」

 一度呼んでも、彼は面を上げようとはしなかった。

「アストールさま」

 二度目で、ゆっくりとフラウと目を合わせてきた。彼の漆黒の瞳を覗き込み、フラウは告げる。

「もう何度も申し上げていますが、この先もずっと、わたしはアストールさまのお傍にいます」

 不安だというのなら、彼が安心できるようになるまで、何度も繰り返し訴えるだけだ。

 確かな声での宣言に、ほんの一瞬、アストールの眼が揺らいだ。

「フラウ」

 呼ばれて、フラウの胸がキュッと苦しくなった。


 彼の声で囁かれる自分の名前は、どうしてこんなにも尊いものに聞こえるのだろう。もう何度も耳にしているのに、そのたび、貴重な宝物をもらえたような気持ちになる。


「アストールさま」

 囁き返すと、アストールが手を上げ、フラウの頬を包み込んだ。フラウは大きなその手に自分の手を重ねて目を閉じる。

 この手のひらから、どれほど強く彼のことを想っているかが伝わればいいのにと願いながら。


 その想いが、彼の全ての憂いを吹き飛ばしてくれたらいいのにと、願いながら。


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