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安心できる場所

「なあ、聞いたか? あの森にいた竜、最近じゃ誰が入っても攻撃してこないらしいぜ」

「まじかよ。だったらさ、あそこの木を切ってくればいいんじゃね? いい感じに魔力も乗ってて高く売れんだろ」

「名案だな、誰かに先を越される前に、さっさとやっちまおうぜ」


───*───*───


 あれから不意の訪問者に対しては意識を向けないようにしてきた。人間がよしなに対処するからだ。しかし、今日は森が騒がしい。訪問者は三人……と、突然痛みが走った。奴ら、木を切り始めたのだ。

 森から意識を離し、水面へと浮上する。いつもならそこに人間がいる。だから「今回ばかりは我が追い払う」と言っておきたかったが、彼奴(きゃつ)はそこにいなかった。

 気配を探れば、まっすぐに、速足で三人の方へと向かっていた。


 ……いや、待て待て待て待て! 相手は木を切り倒すための道具を持っているのだ! それに我の森への狼藉(ろうぜき)がどうなるか知らないわけではないとすると、それ以上の武器を持っている可能性もある。ただの人間が太刀打ちできるわけがないだろう!


 水を(まと)ったまま湖を飛び出し、現場へと急ぐ。

 到着すると三人のうち二人は両側から押し引きするノコギリを持ち、もう一人がこちらを捕捉していた。こちらを向いている男は他のひょろっこい二人とは違い、体格も上々、我を見ても退かぬ。(やと)われの兵といったところか。周りを囲む木々とは対照的に広場のように開けた場所を選んでいるのも、戦闘を考えてのことかも知れん。


「お、おい。やっぱりきたぞ! いくら材木が足りないからって……」

「大丈夫だ、俺たちには歴戦の戦士がついてる!」


 二人は何かを(わめ)きながら、なおも作業を中断しようとはしない。こちらに向いている男が、背負っていた大剣を大袈裟に振り回しながら構えた。身長ほどもある鉄塊を悠々と操る膂力(りょりょく)を示したい、だけではないだろう。

 剣の軌跡にほのかに残る残光。あれは何らかの祝福を受けた武器であり、神格を有する我のような存在にも届くだろう。かすり傷程度だろうと、人間に「竜を殺せる可能性がある」などと思わせるの得策ではない。どうにか退けたいが、さてどうするか。


「この森の主と見受ける。その首、この『神秘殺し』アンバー・クレイドルがもらい受ける」

「ふん、お前などに我を傷つけることはできない」

「ならば、今ここで試してみようではないか」


 虚言にも動じず、男が腰を落として足に力を溜めている。魔力をこめた跳躍で我の元まで詰めてくる気だ。殺したくはないが、また凍らせるか。……どうして、こんなことをする。お前たちは、力で奪い取るしか考えられなくなったのか。


「試させない」


 男の意表をついて、我の下方から声がする。人間が、彼らの前に姿を現したのだ。


「人間か? 人は殺したくない。疾く去れ」

「去るのはあなたたちの方でしょ? 他人の森に勝手に立ち入って、勝手に木を切ろうとしてるんだから」


 ……勝手に立ち入る部分に関してはお前も同じだろうに。


 と、人間は自らの両眼を(おお)う包帯に手をかけた。……おい、まさか!


「彼は静かに暮らしたいだけなんだよ。だからさ、どこかに行ってくれないかな?」


 そのまさかだった。人間は包帯を緩めたのだ。封印術によって閉じ込めていた瘴気(しょうき)が微量に漏れ出し、並大抵の人間なら怖気が走るであろうほどの圧を発した。木を切っていた二人は失神。用心棒の男も無意識に足を震わせ、手に持った剣の奇跡は立ち消えた。

 必要なことは済ませたと言わんばかりに人間はまた包帯を締め直し、再度、男に尋ねる。


「ねえ、どこかに行ってくれないかな?」


 人間の様子を少しの間観察してから、「やはり、我々には過ぎたことだったのかもしれない」と、男は剣を納め、ほか二人を担いで森を出て行った。


───*───*───


「なぜあのようなことをした! お前は命が惜しくないのか!」

「そこについて疑念を抱かれたくないな。私は最初から命を落とすためにここにきたんだから」

「だとしても、お前が我に構う必要がどこにある」

「安心できる場所を壊されたくないって、思っただけだよ」

「……」


 湖の縁から足を伸ばしながら、悲しげに水面を見つめる人間に、返す言葉を探し出せなかった。


「それに、人のものを勝手に盗んでいくのは泥棒だから、当然やっちゃいけないことだしね!」


 悲壮感を打ち消すように笑う人間に、「当たり前だ」とだけ返した。

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