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大事にする

「……」


 また来たか。()りない奴らめ。

 毛嫌いしていた気配が森へ侵入したのを感じて泉から顔を出す。


「どうしたの?」

「黙って隠れていろ」


 我の言葉から何かに感づいたのか、人間の表情が固くなる。


「他の人間が来たの?」

「だったらどうした」

「なら、私に任せて」


 なぜ我が、お前に任せる必要がある。


「これだけ言って遠ざけているのに来るやつだ。不届き者に決まっている」

「まだ道理が分かってない子供かも」

「子供が外を出歩くか?」

「親とはぐれたのかも」

「お前の話は仮定が多すぎる。見に行けばわかることだ」

「じゃあ私も連れて行って」

「どうするつもりだ」

「害がなさそうなら、私が話をつける」

「我が追い払うのが早い」

「傷つくのが怖いの?」

「何?」


 聞きづてならないことを、こいつは口走った。我が傷つくことを恐れている? まず人間ごときに我が傷つけられるはずがないのに?


「あなたは、突き放されるのが嫌なんでしょ?」

「何を言うかと思えば」

「だって、子供でさえ追い払うなんて、大人のすることじゃないよ」


 ……。


「それに今、あなたの周りはピリピリしてる。怒ってるというより、何かを恐れてる」

「うるさい」

「それに、何で『食べる』って言わないの?」


 人間の言葉を無視して、湖から飛び上がった。


───*───*───


 気配の元へはすぐに着いた。

 (おび)えた目で我を見上げるのは短髪の女児。足をガタガタとと震わせて、後ずさる。


「お前らのような下等生物、食べたら我の肉が腐る。サレ!」


 去れ、もうお前らなど見たくもない。

 しかし女児は動こうとしない。


「去れという言葉が聞こえないのか」

「聞こえてても、あなたが怖すぎて動けないんだよ」


 人間が湖の方から追いついてきた。女児に駆け寄って手を差し伸べる。


「大丈夫? 立てる?」

「うん……あの、あなた。その目……」

「あんまり近づかないほうがいいよ。悪いものだってことはあなたもわかるでしょ?」


 調子の落ちた声で人間は言った。


「さ、森の出口はあっち。もうここには近づいてはいけないよ? この竜さんも驚いて怖がらせにきちゃったんだ。驚かせなきゃいい人だから、ね?」

「はい、ごめんなさい。じゃあ、さよなら」

「うん、さよなら」


 女児はそのまま不安げにとぼとぼと森の出口へと走っていった。


「おい、人間」


 顔を近づけると、人間は笑いかけてきた。


「あ、やっと食べる気になってくれた?」


 包帯で見えない目は、笑って弧を描いているように感じる。


「さっきの言葉が聞こえなかったのか」

「下等生物に語りかけるなんて、あなたは優しいんだね」


 我の鼻先に顔を近づけながら、人間は語る。


「私にしたように、殺すつもりで魔法を打てばよかったのに」

「死にたがりのお前と一緒にするな」

「ほら、あなたは人間を気遣ってる」

「うるさいぞ」

「あなたは大事にしたいのに、大事にされ……」

「黙れ!」


 一迅の風が吹く。木々が倒れそうなほどに(なび)いて、次第に戻る。

 人間が我の鼻に触れる。


「私は、あなたを大事にするよ」


 たった一言。いつもの人間の戯言だ。舌の根も乾かぬうちに言葉を反故(ほご)にするに決まっている。

 ゆえに「こいつならば」などと考える我はいない。(ほだ)される我ではない。

 我は……。


「……ねえ、泣いてるの?」


 人間の言葉と、眼球に人間が近づいていた事実に我を取り戻し、すぐさま湖へと戻り飛び込んだ。

 勢いよく上がった水しぶきは雨となり、辺りに雨をもたらしたという。また、雨上がりの湖のかさが、少しだけ増えたようだが、決して我の知るところではない。


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