表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

ごめんなさい

 朝は結界を張るところから始まる。

 人間が包帯を交換する際、憑物(つきもの)の威力は周りへ悪影響を撒き散らす。それを防ぐために、わざわざ手を出してやる必要がある。


「ありがとう、できたよ」


 人間が包帯で両眼を(おお)えば、厄災(やくさい)は放出を巻き戻すように収束し、目の中へと収まった。


「はあ」


 ため息と共に結界を解き、包帯のまじないを強化する。


「ごめんね、朝から色々と。何かお返しできることはあるかな?」

「何もするな。それが我の(えき)になる」

「そっか、それじゃあ少しの間、のんびりさせてもらうよ」


 勝手にすればいい。人間が害をなさないかだけ気にしながら、我は瞑想(めいそう)を始めた。

 木々の育ち、それらを食物とする虫のさざめき、それらを(ついば)む動物たち、またその上、食物連鎖のつながりを、一つ一つ確認する。

 今季も木の実が十二分に実ってしまっているな。とりあえず、多すぎる分は我がまた食べれば良いだろう。

 少しだけ、よだれが垂れた。


「じゃあ、木の実を取ってくるよ」


 そんな我を見透かすかの様に、人間は何気なく伝えてくる。


「なぜだ」

「だって食べなきゃ死んじゃうし」

「……」


 そうだった。今まで森の生物しか計算していなかったために、一人増えた「お荷物」に関して全く考えが及んでいなかった。


「ひょっとしなくても、今ひどいことを考えてるよね?」


 人間は我に対して指をさしてくる。


「お前が食べるものはある。勝手に探せ」

「わざわざ言われなくてもそのつもりだよ」


 首を傾げながら、人間は腕を下ろす。

 ……それにしても、食べられる果物(くだもの)の数が減るのか。まあよい。我はその程度のことで一喜一憂(いっきいちゆう)するような存在ではない。


「もしかして、余分になってた木の実を私が少し食べちゃうから悲しい?」

「そんなわけあるか!」


 意表を突かれたために、語気が強くなる。一迅(いちじん)の風が、木々と人間のフードを()いだ。


「そっか。それじゃあ、残った分を料理して、もらう分のお返しにするよ」

「料理?」

「火を通したり、切ったり、色々と加工をすることで、もっとおいしく食べる方法だよ」

「毒を盛ったら承知せんぞ」

「そんなことしないよ! 失礼だなぁ」


 (ほほ)(ふくら)らませて憤慨(ふんがい)する人間から目を外し、水の中へと潜っていく。


「では、できたら呼べ」

「謝らないとあげないからね!」


 素知らぬふりをして、眠りに入った。


───*───*───


「おい」

「何?」

「料理とはどこだ?」

「知らない」


 眠りから覚め、人間を問い詰めてみたが、全く聞く耳を持たん。


「元はお前が料理すると言い出したのだぞ。そうでなければただの略奪(りゃくだつ)だ」

「まだ余りはあるでしょ。それに、私だってちゃんと渡す準備はあるんだから」

「ならば」

「謝って」

「なぬ?」

「謝ったら、許して渡してあげる」

「……」

「謝りたくない?」

「……いや」

「じゃあ何かわからないんだね」

「……謝るとは、どうやればいいのだ」

「相手に向かってお辞儀をしながら、自分が悪かったと思ってることを、自分がどう思っているか言って、最後にごめんなさいって言うの」

「それでいいのか?」

「相手が絶対許してくれるとは限らないけどね」

「何だと?」

「今回は別だよ。そうじゃなくて、自分が大切にしていたものを(ないがし)ろにされた時は、許せないこともあるってことだよ」

「ふむ」


 言葉を選んで、……こんな人間に我が頭を下げると言うのもおかしな話だが。


「毒を盛る、などと疑ってすまな……ぅぅん、ごめんなさい」

「いいよ。許してあげる。はい、これがお待ちかねの料理だよ」


 人間が後ろ手に隠していたものを前に出す。魔導で作られたであろう陶器(とうき)の皿の上に、とろとろになった果実と堅そうな茶色い土の様なものが見える。


「この土の様なものも食べられるのか?」

「これはクッキー生地だよ。タルトにしてみたの。全部食べられるし美味しいよ」

「ふむではいただこう」


 念力でタルトなる料理を浮かび上がらせ、口に放り込む。


「こ、これは!」


 大きさは我からしてみれば草葉につく朝露ほどの小ささながら、普段以上の甘みを感じる。クッキー生地とやらも歯応えがあるがサクサクと崩れて面白い。


「ふむ、美味だ」

「よかったよ。お気に召した様で」

「また作れるか?」

「周りで採って持ってきてた材料をかなり使っちゃったから、しばらくは無理かな」

「そうか」

「そんな気を落とさないで。木の実だけでも、色々と料理はできるから」

「では、次も期待するとしよう」

「君、ほんとはいい竜なのかな?」


 その言葉に、気が触れる。


「馴れ馴れしいぞ、人間。我は邪竜だぞ」

「あ、うん。じゃあ怖がるね」

「じゃあじゃなく、普通に怖がればよいのだ!」

「わかったよ。次からそうする」


 その次とやらは、それ以後まったく来ていない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ