ごめんなさい
朝は結界を張るところから始まる。
人間が包帯を交換する際、憑物の威力は周りへ悪影響を撒き散らす。それを防ぐために、わざわざ手を出してやる必要がある。
「ありがとう、できたよ」
人間が包帯で両眼を覆えば、厄災は放出を巻き戻すように収束し、目の中へと収まった。
「はあ」
ため息と共に結界を解き、包帯のまじないを強化する。
「ごめんね、朝から色々と。何かお返しできることはあるかな?」
「何もするな。それが我の益になる」
「そっか、それじゃあ少しの間、のんびりさせてもらうよ」
勝手にすればいい。人間が害をなさないかだけ気にしながら、我は瞑想を始めた。
木々の育ち、それらを食物とする虫のさざめき、それらを啄む動物たち、またその上、食物連鎖のつながりを、一つ一つ確認する。
今季も木の実が十二分に実ってしまっているな。とりあえず、多すぎる分は我がまた食べれば良いだろう。
少しだけ、よだれが垂れた。
「じゃあ、木の実を取ってくるよ」
そんな我を見透かすかの様に、人間は何気なく伝えてくる。
「なぜだ」
「だって食べなきゃ死んじゃうし」
「……」
そうだった。今まで森の生物しか計算していなかったために、一人増えた「お荷物」に関して全く考えが及んでいなかった。
「ひょっとしなくても、今ひどいことを考えてるよね?」
人間は我に対して指をさしてくる。
「お前が食べるものはある。勝手に探せ」
「わざわざ言われなくてもそのつもりだよ」
首を傾げながら、人間は腕を下ろす。
……それにしても、食べられる果物の数が減るのか。まあよい。我はその程度のことで一喜一憂するような存在ではない。
「もしかして、余分になってた木の実を私が少し食べちゃうから悲しい?」
「そんなわけあるか!」
意表を突かれたために、語気が強くなる。一迅の風が、木々と人間のフードを薙いだ。
「そっか。それじゃあ、残った分を料理して、もらう分のお返しにするよ」
「料理?」
「火を通したり、切ったり、色々と加工をすることで、もっとおいしく食べる方法だよ」
「毒を盛ったら承知せんぞ」
「そんなことしないよ! 失礼だなぁ」
頬を膨らませて憤慨する人間から目を外し、水の中へと潜っていく。
「では、できたら呼べ」
「謝らないとあげないからね!」
素知らぬふりをして、眠りに入った。
───*───*───
「おい」
「何?」
「料理とはどこだ?」
「知らない」
眠りから覚め、人間を問い詰めてみたが、全く聞く耳を持たん。
「元はお前が料理すると言い出したのだぞ。そうでなければただの略奪だ」
「まだ余りはあるでしょ。それに、私だってちゃんと渡す準備はあるんだから」
「ならば」
「謝って」
「なぬ?」
「謝ったら、許して渡してあげる」
「……」
「謝りたくない?」
「……いや」
「じゃあ何かわからないんだね」
「……謝るとは、どうやればいいのだ」
「相手に向かってお辞儀をしながら、自分が悪かったと思ってることを、自分がどう思っているか言って、最後にごめんなさいって言うの」
「それでいいのか?」
「相手が絶対許してくれるとは限らないけどね」
「何だと?」
「今回は別だよ。そうじゃなくて、自分が大切にしていたものを蔑ろにされた時は、許せないこともあるってことだよ」
「ふむ」
言葉を選んで、……こんな人間に我が頭を下げると言うのもおかしな話だが。
「毒を盛る、などと疑ってすまな……ぅぅん、ごめんなさい」
「いいよ。許してあげる。はい、これがお待ちかねの料理だよ」
人間が後ろ手に隠していたものを前に出す。魔導で作られたであろう陶器の皿の上に、とろとろになった果実と堅そうな茶色い土の様なものが見える。
「この土の様なものも食べられるのか?」
「これはクッキー生地だよ。タルトにしてみたの。全部食べられるし美味しいよ」
「ふむではいただこう」
念力でタルトなる料理を浮かび上がらせ、口に放り込む。
「こ、これは!」
大きさは我からしてみれば草葉につく朝露ほどの小ささながら、普段以上の甘みを感じる。クッキー生地とやらも歯応えがあるがサクサクと崩れて面白い。
「ふむ、美味だ」
「よかったよ。お気に召した様で」
「また作れるか?」
「周りで採って持ってきてた材料をかなり使っちゃったから、しばらくは無理かな」
「そうか」
「そんな気を落とさないで。木の実だけでも、色々と料理はできるから」
「では、次も期待するとしよう」
「君、ほんとはいい竜なのかな?」
その言葉に、気が触れる。
「馴れ馴れしいぞ、人間。我は邪竜だぞ」
「あ、うん。じゃあ怖がるね」
「じゃあじゃなく、普通に怖がればよいのだ!」
「わかったよ。次からそうする」
その次とやらは、それ以後まったく来ていない。