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女姦女しい(とてもかしましい)時間

 駆け込んできた二人は、既に揃っているメンバーを見ると顔を綻ばせた。


「集まるなら呼んでよね」と冗談めかして薄く笑い、たっぷりとした茶色の髪を掻き上げながら言うのはデルフィーヌ・ミニエ。彼女の発言に肩を竦め、隣に立つセシル・サラザンはばつが悪そうにクロエに頭を下げた。

 デルフィーヌは侯爵家、セシルは伯爵家の娘である。ミニエもサラザンも古くからある貴族の家の名だ。

 他の同期の三人は立ち上がって二人を迎えた。卒業以来、集まるのは初めてのことだった。

 嬉しそうに抱き合う乙女たちにため息をつき、別室に簡素な椅子があったことを思い出したクロエは面倒くさそうに取りに向かう。


「あんたたち!ポットに紅茶がまだ入っているから自分で用意して!」


 姿の見えないクロエの声に、デルフィーヌとセシルは「はい」と素直に返事をした。


 カミーユとクロエは簡素な椅子に移り、全員でテーブルをぐるりと囲むと六人はちょっと豪華になったお茶会を始めた。デルフィーヌとセシルの持って来た話も他と同様、自身の婚約者にまつわることだった。


「固くて真面目で本当につまらない人でびっくりした」とデルフィーヌは深刻そうに語り、「いちいち突っかかって来て腹が立つ」とセシルは眉間に皺を寄せた。


 彼女たちの少女らしい愚痴に、クロエは黙って耳を傾ける。

 先のウージェニーもそうだが、彼女たちの話に対して具体的な解決法を提示する必要は無い、というのがクロエの見立てだ。どうするといい、というアドバイスを求めているのではないのだ。ただ、聞いてもらうだけで欲求の八割は解消されているのである。


 案の定、言いたいことを言い終わった彼女たちは「ありがとう、すっきりしたわ」と言って笑った。


「それにしても、ウージェニーの、ブラガ様?だっけ。たくさん食べて何が悪いっていうのよね。」


 デルフィーヌは首を傾げた。他の乙女たちも口々にそうだそうだと肯定する。

 自分の話は聞いてもらうだけでいいのだが、人の話には口を出したくなる性分であるらしい。ただ、こうして互いに聞かせ合い、人の事に口を出し合う内に自身の中で己の問題に対する解決の糸口を見つけてゆくようで、逞しいものだとクロエは感心する。


―ま、深刻な事態だったらもっとまじめに喋ってるから、今日は皆まだ話したいだけね。


 呆れたような視線を送るクロエに気が付いたカミーユは苦笑した。


「あんたたち、変わらないわね。」

「そうですね。卒業してひと月ですし。」

「初めはバラバラだったのに。よくここまで仲良くなったこと。代によっては同期同士でも全然疎遠の子たちもいるんでしょ?」


 カミーユはぐるりと同期たちを見渡した。皆ぱちくりと目を瞬かせている。カミーユは「確かに」と思った。


 

 花嫁修業を行う機関、通称『蕾の園』は王宮の一角にある。全寮制の学校で、一クラスは大体五人~十人。厳しい入試を通った者しか入ることを許されない。

 花嫁修業と総称されるその中身は、教養、学問、ダンス、マナー、語学、裁縫等全てを兼ね備えた淑女になるために必要な要素がこれでもかと詰め込まれている。

 世間では、もっと限られた教育を花嫁修業と呼び、専用の家庭教師やもっと広い門を開けている学校もあるのだが、『蕾の園』は厳しさは勿論、内容も群を抜いて濃い教育を施される。従って、『蕾の園』出身という経歴は世間において、信用と信頼の証とみなされている。


 その評価に見合うだけの指導を授けるために、蕾の園ではひとりひとりにコーチが付く。細部まで徹底的に指導を行うための制度である。皆で受ける授業の時間を除いては、嫌でもコーチがやってくる。生徒たちはコーチと二人三脚で厳しい日々を過ごすことを強いられる。

 ほぼ完全に囲い込まれた環境故に、自分の同期以外と関わることはほぼ皆無な上、自分のレッスンの事で頭がいっぱいになりがちな彼女たちは同期とさえ交流を持たないことも珍しくない。むしろ相手のことをライバル視して慣れあわないという生徒も時折居た。

 同期とどう関わるかは代によって傾向がガラリと変わる。カミーユ達第三十二期生は互いに手を取ることを選んだのだが、二代前は全く慣れあわない代で『高潔の三十期』と呼ばれている。



「古参の貴族の家の子と新興貴族の家の子ってどうしてもまだ隙間があるみたいですわね。個人的にはくだらないことだと思いますけど。」


 セシルはつんとして言った。


「セシルだって最初は凄ーくお高かったのに」とからかうようにデルフィーヌが言うと、ウージェニーとアルトは苦笑いをした。


「デルフィーヌも、誰にも興味ありませんって顔だったわよ!」

「あんたたちは同じ古参貴族なのにいつもバチバチじゃない。」


 クロエの的確な指摘にデルフィーヌは「私はそんなつもり無いんですけど」としれっと答え、セシルは呆れて深いため息をつくと、他の三人はくすくすと笑った。


「でも本当に、私達を仲間に入れてくれてありがたいなって心から思うんです。」

「そうそう!肩身の狭い思いをするって聞いていたから!」


 新興貴族出のアルトとウージェニーは「ね?」と互いに顔を見合わせた。


「そ、れは!」とセシルがウージェニーに向かって手を向ける。


「一番勉強ができたのはウージェニーだったし、一番字がきれいで刺繍が上手だったのはアルトだったのに、私たちが大きな顔していられる訳がないでしょ!恥ずかしい!」

「本当よ。それに私達…カミーユ以外はコーチにあんまり恵まれなかったし。皆で頑張るのが賢い選択だったのよ。」


 デルフィーヌの言葉にカミーユは居心地が悪く、ちらりとクロエを見た。


「あら、アタシだって相当厳しかったわよ?ねえカミーユ。」


 師弟は頷き合う。が、指導が厳しいのと、その指導が適格かどうかは別の話である。デルフィーヌが言っているのは厳しいかどうかという点ではないことは二人にもよく分かっていた。

 彼女たちのコーチは皆個人としては優秀だったかもしれないが、自尊心が高かったり、余計な思惑に囚われたりと、困る要素を持ち合わせていた。

 また自分の生徒を他の生徒達より優秀にしたいという思いで厳しくしすぎたり、逆に大事にし過ぎて厳しいことを言えなくなったりと、その指導の仕方に生徒側が振り回されることも多かったのである。

 コーチは学校が厳選しているはずなのだが、入学してくる生徒の優秀さ故の扱い辛さと自分に課せられた責任で本人も知らぬ間に迷宮に入り込むコーチも少なくないのが現状だった。不幸なことに、カミーユ以外の同期のコーチは全員迷宮に迷い込んでしまったのである。


 羨ましがられるカミーユだが、クロエと対面した時は相当驚いた。他の同期のコーチは皆女性であるのに、自分の前に現れたのは美貌の青年だったからだ。しかしそれ以上に驚愕したのはクロエのキャラクターである。

 クロエは自分のことを「アタシ」と言い、『美の化身』を自負しているらしく異様に麗しかった。どう見ても父親ともミシューとも違う様子のクロエに、カミーユは他の同期とは異なる点で混乱していた。

 カミーユがクロエとの接し方に戸惑っているのもお構いなく、クロエはビシビシとカミーユにきついダメ出しをした。


 クロエは厳しかった。流石に蕾の園のコーチに選ばれただけあって、淑女に求められるあらゆることに精通していた。

 カミーユは歩き方から始まり、話し方、身振りの仕方、全てを基礎から叩き直された。かわいいと思って選んだ服はバッサリと「似合わない」と切り捨てられ、化粧をしてみたら「下手くそ」と罵られて心が折れたのは数え切れない。

 しかし、クロエは駄目なところははっきりと指摘するが、褒めるところはきちんと褒めることも忘れなかった。クロエの重箱の隅を突きまくるような指導にカミーユがノイローゼを煩わなかったのはクロエが弁えていたからである。また、カミーユがクロエを信じ、必死に着いて行く根性を持ち合わせていたのは言うまでもない。

 カミーユもクロエも毎日精一杯だったが、他の同期達の目には羨ましく映っていたのである。


「他の先生の手前言いづらいけれど、カミーユに限らずアンタ達みんなかわいい教え子よ。」


 クロエは片目を瞑ってカミーユの頭を優しい手つきで撫でた。カミーユは「皆の前なのに」とこそばゆい気持ちになった。その姿を見て、同期の彼女たちはやっぱり「いいな」と思うのであった。


お読みいただきありがとうございます。

仲間紹介はここまで!

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