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お菓子選びは優秀

 カミーユとクロエは、部屋を訪れた人物を見て仰天した。来客は二人の顔を見ると、気が緩んだのだろうか、べそをかくように顔をくしゃりとさせた。


「アルト!?どうしてここに?」

「最初はカミーユのお家に行ったんだけど…ここに来てるって聞いて…。」


 べそべそと助けを求めるように寄ってくるアルトをカミーユは抱き留めた。白い肌にハチミツ色のふわふわとした髪、神秘的な薄緑色の目をした妖精のような彼女は、アルト・フルニエ。フルニエ男爵の娘で、カミーユとは学校の同期である。

 ミシューの家同様、豪商から男爵に成り上った新興貴族の家であるが、彼女本人はそのことが引け目らしく、在学中は周りの古参の貴族たちに気を遣ってはよく小さくなっていた。


 カミーユの同期はカミーユを含めて五人。最初はバラバラの五人だったが、在学中に固い友情を築き、「皆で頑張ろう」精神で卒業まで団結してきた。卒業後も何かあれば皆で協力しようと誓い合った仲である。

 こうして、アルトがカミーユを頼ってきたということは、何かがあったということである。


「あの、これ…」とアルトがおずおず差し出したのは、入手困難な大人気の高級サブレだった。アルトはクロエに機嫌よく迎え入れられた。

 

 淹れ直された温かい紅茶が湯気を立てている。どことなく張り詰めた空気の中、カミーユはアルトにどうしたのかと尋ねた。アルトはしょんぼりしてカミーユとクロエを見比べる。


「あの…昨日はカミーユとってもかっこよかった。皆、言ってた。凄いって。私その、力になれなくてごめんね。」

「ありがとう。アルト、いいのよ自分の話をして?」


 カミーユはアルトの気遣いに苦笑した。アルトは申し訳なさそうに頷く。


「私、昨日は婚約者の方と一緒に居て…。殆ど初めてだったんです、お会いするの。そうしたらびっくりしてしまって、というかショックを受けてしまって…。」

「どういうこと!?」


 心底困った様にアルトの眉毛が下がった。そしてチラリとクロエに意味深な一瞥をくれる。


「私、十三歳で学校に入る前まで男の方をキチンと見て来なかったんだと反省しました。お店にたくさん来ていたはずなのに。学校に入ってからは…クロエ先生とお会いするくらいのものでしたから、男の方のイメージって先生しかなくて…。」


 カミーユはついさっき自分が吐いたセリフと似たようなことを言い出すアルトに「まさか」と息を飲んだ。もしかして、彼女もひどい目に遭わされたのではないだろうか、と嫌な予感が過ぎった。クロエも同様で、心配そうに身を乗り出している。


「アルト、辛かったら…。」

「いいえ、言うわ…!その、私の婚約者の方、見た目がものすごく男性的というか、熊のようというか、顔もそうですけど、私見てしまって、腕とか指とか、ふわっと、いえ、もさっと…!」

「あら。」

「…?」


 アルトのふんわりとした説明に納得した様子のクロエに対して、カミーユは一人混乱していた。


―何がどういうこと?くま?


 固まって絶賛大迷走をしているカミーユに、クロエは吹き出しそうになった。


「アルト、顔を赤くして必死に説明してくれているところ悪いけど、カミーユが分かっていないわ。」

「ええ!?でも私これ以上はとても…!」


 真っ赤な顔で狼狽えるアルトをクロエは片手を挙げて「大丈夫」と合図した。選手交代である。


「カミーユ、毛よ。」


 クロエのこの上なく端的な説明に、アルトは羞恥に耐え切れずパッと顔を覆った。


「は?」

「だから、毛よ。」

「毛?」

「そう、毛。でしょう、アルト。」


 アルトは顔を覆ったまま激しく頷いた。


「毛?毛ってアルト…。」

「だってだって先生はお髭も全然生えてないし!うちはパパもお兄様もきれいになさってるんですもの!」

「アタシはもともと薄いから。」


 クロエは美しいすべすべとした指を見せつけるように動かした。カミーユはガクッと脱力する。


―な、なんだ…。


 剃れば解決。見慣れれば解決。カミーユは重たい荷物を急に下ろしたかのような落差を覚えた。


「アルトはあんたとは違うのよ。この可憐なお嬢さんが、毛むくじゃらの男を見て怖がらない訳がないでしょう。」


 アルトは「怖かったんです」とか細い声で訴えた。本当に怖かったのだろう。これから婚約者とどう付き合っていったらいいのかと絶望している。

 クロエにアルトと比べられて弱冠面白くない気持ちがしないでもなかったが、カミーユはブンと頭を振り、直ぐに心を入れ替えた。


―自分と比べてはいけない。人の辛さはそれぞれだもの。


 もしもアルトのこれが「怖かった」だけに及ばず「生理的に無理」だとしたら、今後の彼女の辛さといったら想像を絶する事態だ。そうなる前に、対処しておかなくては。

 クロエも同じことを考えたようで、真剣な面持ちでアルトの可憐な瞳を覗きこむ。


「アルト、いいこと?毛を憎んでも、人を憎んではいけないわ。」


 カミーユはクロエの言葉に力強く頷いた。ここは全面的に同意を示さなければと思った。


「きちんと言いなさい。理由も告げずに怖がっていては相手にも失礼よ。」


 「言えるだろうか」と言いたげな不安そうな表情をしたアルトに、カミーユは「言える」と断言した。アルトには勢いが大事だ。クロエも「言える」と復唱する。

 頼りなげなアルトと目を合わせたまま我慢比べをした結果、アルトは「言える」と小さく頷いた。カミーユとクロエはどっと息をついた。考えれば見た目で嫌われる婚約者の方も気の毒なのである。


 ―それにしても。


カミーユはジロリとクロエを見た。


 箱庭に居た自分たちにとって、関わる男性はほぼひとり―一人アルトとは別種の妖精のようなお爺ちゃん先生が居たがノーカウントとする―。クロエという人物は知らぬ間に自分たちに多大な影響を与えていたのだ。生物的に男性ではあるが、限りなく世間の女性に近い仕草、話し方、趣味。そもそもカミーユは彼からレッスンを受けていた身だ。

 世の中の男性がクロエと似通っているとは思っていなかったが、実物の男性とクロエとを比較して受けるカルチャーショックはきっと少なくない。アルトなんて指に生えた毛だけでこの有様だ。カミーユは口には出さなかったものの、心の底から今後が不安になった。


 一方アルトは励まされて幾分かホッとしたようで、ようやく紅茶とお菓子に手を付けた。気を取り直して三人がお茶を楽しんでいると、またもや部屋のドアがノックされた。今度は少し強めだった。一同はもしかして、と視線を交わし合う。



「先生~!失礼します!カミーユの家に伺ったらこちらだと!アルトも来ているかもって聞いて!」


 どしん、と足音を立ててやってきたのは案の定、カミーユとアルトの同期、新興の子爵家に名を連ねるウージェニー・モンラッシュだった。在学中から良好だった彼女の栄養状態は今日も絶好調の様子だ。


「ダメなの!ストレスで食べちゃう!」


 否、不調である。


 ウージェニーが突き出した土産は彼女の家が一番利益を上げている菓子事業の内、最も有名で最も大人気のクリームたっぷりのシュークリームだった。クロエは箱を受け取り、「くっ、入りなさい」と悔しそうにウージェニーの入室を許可した。


「で、あんたは何?」とポットで湯を沸かしながらクロエが尋ねる。何かがあったのは間違いない。


「実は…私の婚約者が!」

「ほぼ初対面の婚約者がどうしたって?」


 ここまでの流れで想像はついた。イメージと違う男性で幻滅したのだろう、とウージェニー以外の三人は思った。

 来たばかりのウージェニーは「ええ!?」と驚きの声を上げる。


「やだ先生何で分かるんですか!そう!初対面の婚約者が、私より断然細いんです!それに全然食べない人で!会食でもお茶会でも私ばっかりバクバク食べて!驚き顔で『たくさん召し上がるんですね』って言われたの!どうしたらいいの!?」


 カミーユとクロエはガクッと脱力した。アルトは深刻そうにハッと息を飲み、優しさを込めてウージェニーの肩に手を置いた。

 カミーユとクロエが何と答えようかと思案していると、部屋の外が途端にやかましくなった。クロエは「まさか」と起きることを予感し、「うちそんなに椅子無いんだから!カミーユあんた立つか床よ!」と厳しい言葉を吐きながら立ち上がり、ノックされるよりも先にアパルトマンのドアを開けた。


「だから!こんな大勢で来たらご迷惑じゃないかしらって言ってるのよ!」

「ここまで来ておいて今更だけど気にするなら帰れば?」


 部屋の前で言い争っていた彼女たちは、開いたドアの先に立つクロエを見て、揃って「あ」と声を上げた。


「人の部屋の前で騒がないで頂戴!近所迷惑!早く入って!」


 黒色と茶色の髪の乙女は身を低くしてそそくさとクロエの部屋へお邪魔した。


「く、全員お菓子のチョイスだけはいいんだから…!」


 新たに手渡された菓子箱を見て、クロエは苦々しく呟いた。


お読みいただきありがとうございます!

続きは明日の11時頃出します。またよろしくお願いします。

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