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怪しい招待状

 あれから二週間して。カミーユの手元に一通の招待状が届けられた。やたら豪華な封筒に書かれた送り主の名を見て、カミーユの眉間に皺が寄る。


「レスコー公爵……。」


 息子となら社交界でよく話すが、公爵自身からカミーユに招待状が届くとは。見間違えではないかと、カミーユは何度も封筒を見返したが、やはり名前の文字が変わることは無かった。

 オレガノ夫人はこの招待に飛び上がるほど驚き、眩暈がするほど喜んだ。


「あなた、カミーユもお誘いいただいたわ!」


 オレガノ子爵は夫人とは対照的に、渋い顔になる。子爵にも勿論招待状が届いていた。レスコー公爵とはこれまで招待し合う仲ではない。明らかに、娘のカミーユがデュランと懇意にしたからだろう。

 そして、子爵はどうしてもデュランがカミーユとの結婚を持ち掛けてきたことを思わずにはいられなかった。





「ご機嫌よう、ユリウス様。」

「ああ、リジー。」


 王宮の素晴らしい庭の一角で、ユリウスは物思いに耽っていると、誰かに招待されたのであろう、婚約者のリジーがやってきた。

 リジーはいつになく機嫌が良さそうで、にこにこと笑っている。


「いいことでもあったかい。」

「はい、ユリウス様。デュランの結婚が決まりそうですの。」


 嬉しそうに答えるリジーに、ユリウスはデュラン・レスコーの顔を思い浮かべた。この二人は、幼馴染で大変仲がいいと評判だった。

 ユリウスは「そうか」と微笑し、思い出したように「ああ」と声を上げた。


「そういえば、レスコー家から招待状が来ていたな。もしかして、そのお披露目か。」


 リジーは肯定も否定もせず、にこにこと微笑みを湛えた。その様子をユリウスは「肯定」と判断した。


「私は君の同伴で呼ばれたのかな。他にもたくさん呼んでいるのだろう。」

「同伴などと…。でも、たくさん招待なさるみたいです。」


 ユリウスはいつもより柔らかいリジーの態度に、一抹の違和感を覚えながらも、ただ「楽しみだ」と相槌を打った。




『ねえ、招待来た?』


 デルフィーヌからの手紙は至ってシンプルだった。何が、とも書かれていないが、手紙を受け取った友人たちは容易にその意図を理解した。

 全員、レスコー家からの招待を受け、驚いていたからである。


『こんなことある?』

『まさか家にも招待が来るなんて…。』


 とりわけ戸惑っているのはこれまで関りの無かったアルトのフルニエ家とウージェニーのモンラッシュ家だった。

 当主だけならまだしも、家族までもが招待を受けた。


『まるで、王宮の舞踏会みたい。』


 全員が顔を合わせることになりそうな予感に、主催者の力の大きさを思い知る。


「デュラン・レスコーって言ったら、リジーの幼馴染よね…。」


 デルフィーヌは嫌な予感が拭えなかった。何かを企んでいる。それがリジーと手を組んでいたら?


「…まさか!」


 デルフィーヌは閃いた可能性に顔を青ざめさせた。




「ねえ、お父様。お友達も皆呼ばれているそうです。」


 カミーユは友人たちとの手紙のやり取りの束を持って、オレガノ子爵に報告した。子爵は「ううん」と唸りながら額に手を置く。


「やっぱり、今回はどうも様子が…。」


 カミーユが訝しむと、子爵は数度頷き、カミーユに腰かけるよう合図した。いよいよ自分の予感が当たっていそうな気がして、カミーユに話さないではいられなくなった。


「…驚くかもしれないが。実は、以前デュラン卿からお前に縁談の話をいただいたことがある。」

「…え!?」


 カミーユは目を丸くし、ポカンと口を開けた。


 ―デュラン様が!?お父様に!?打診!!???


 カミーユの最も驚いた時の表情を見て、オレガノ子爵はやっぱりカミーユにそんな気は少しもなかったのだと悟る。


「で、で!?何とお返事を!?」

「…お前の意思を尊重する、と答えた。」

「は!??」


 思わず飛び出る淑女らしからぬ反応を、子爵はもっともだと受け止め、口を結んで頷いた。


 ―お、お父様!?そんな…家にとって僥倖な話を、流したってこと!??


 カミーユは今度こそ開いた口が塞がらなかった。いくら結婚に自分の意思を考慮してくれると言っても、限度があるものと思っていた。

 こんな大きな魚、誰もがいかにして近づきになるかを画策している大貴族からの申し出には、普通一も二も無く了承するものだろう。


「ど、どうして…。」


 カミーユは震える声で父親に尋ねた。

 子爵は困ったように笑う。


「お前が、お前の人生を決めるにふさわしいと、信じているからだよ。」




 カミーユは呆然としていた。まさか、父親がそんなことを考えていたとは。ありがたさや、申し訳なさが押し寄せ、何と言ったらいいか分からない。


 ―待って。じゃあ、前回の打診が空振ったってことは…もしかして、今回の招待って…。


「あの…では…まさか、今度の大規模な舞踏会の目的って…。」


 オレガノ子爵は、神妙に頷いた。


「私も、まさかとは思うが…断れない状況を固めてきたような気がしてならない。」


 やはり。カミーユは息を飲む。王宮の舞踏会並みの招待客。その全員を前にして、国随一の公爵の嫡男が由緒はあるがそれなりの子爵家の娘に結婚の申し出をする。どうして娘は『お断り』することができるだろう。断れば、デュランに恥をかかせ、更にはレスコー公爵に泥を塗るも同じだ。


 流石のカミーユも青ざめた。もしもそんなことをすれば、オレガノ家がどれ程の顰蹙を買うか分からない。


「お、お父様…。もしもそんなことがあったら、私…。」

「カミーユ…。済まない…私はここでお前に断っていいとは…。」

「言えるね!!」


 扉の影から勢いよく出て来たのは弟のオージェだった。どうやら立ち聞きしていたらしい。オージェは胸を反らせ、憤慨したように言った。


「やり方が汚いよ!それにみっともない!一体何重の保険を掛けているんだ!」

「オージェ、声が高い。」


 オレガノ子爵は熱くなっている息子を諫めるように厳しい目を向けた。しかしオージェは怯まない。


「強制的に結婚させようなんて、紳士の風上にも置けないよ!そんなところに姉さんはやれない。大体、そんな手を使ってくる相手に恥をかかせたからって、家が責められるのは納得いかないね。」

「オージェ、言いたいことは分かるが、そういうもので…。」


「父様!」とオージェは強気に父親を見据えた。カミーユはいつになく勢いのあるオージェに驚いてただただ耳を傾けることしかできない。


「もしも姉さんがレスコー家と結婚したとして、その縁の恩恵をこの家で一番授かるのは誰?」

「…それは勿論…。」

「僕さ!!!!!」


 カミーユとオレガノ子爵は目を点にさせて、揃って口をあんぐりと開けた。


「将来この家を背負って立つ、この僕だよ!」


 オージェは止まらなかった。父と娘は謎に勢いのあるオージェの演説力にどうしてか気圧され、その雄姿を唖然として見つめた。


「その僕が、そんな恩恵要らないって言ってるんだ!」


 ―ああ、オージェ。あなた。


 カミーユは弟が言わんとしていることを察し、胸が熱くなった。


「だから、姉さんは、きっぱりと断ってやればいい!!!」


 あとは僕がなんとかするから。オージェの強く優しい気持ちは真っ直ぐにカミーユに届いた。オージェの目を見れば、弟が決してこの場の勢いで言っているのではなく、覚悟を決めて言っているのだと分かった。


 子爵は、まさかオージェがそんなことを言い出すとは思いもよらず、動揺していた。まだ学生で、子供だと思っていたオージェが当主である父親を差し置き、自身の意思をぶつけてきたのだ。それだけでも相当な驚きだった。

 けれど、その内容はあまりに幼く、無鉄砲過ぎた。


「オージェ、気持ちは分かった。しかしな、理想と現実は…。」

「お父様。」


 オレガノ子爵を遮ったのは、黙っていたカミーユだった。

 カミーユの凛とした声に、オレガノ子爵はドキリとした。そして、その顔を見てギョッとする。

 カミーユはキリリと凛々しい顔をしていた。その頬に、熱い涙を流しながら。


「私。デュラン様にそのようなことは言わせません。ただの舞踏会にしてみせます。」

「な…。」


 ―本気だ。


 子爵は背筋がゾクリとした。いや、まさか。どうやって。


「姉さん!」


 オージェは感激してカミーユの手を取り、姉弟は固く手を握りあっている。


 オレガノ子爵は決意を固めたらしい娘の迫力に、何も言うことができなかった。


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