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今更の事実

 もう昼を回り、お腹も空いてきた一同はお茶と共に昼食を済ませることにした。テーブルにはパン屋で買って来た色んなサンドイッチが並ぶ。


「お疲れ、カミーユ。」


 朝から付きっきりだったカミーユをデルフィーヌが労った。カミーユは頭を横に振る。


「カミーユが居なかったらきっと大家さんも部屋まで入らなかったわよ?」

「ほんと、よかったわ。先生どうなってたか分かんなかったじゃない。」


 カミーユはセシルとウージェニーの言葉に「ああ…」と言い淀む。一同はカミーユの反応に変な顔をした。


「どうしたの?え、普通に遊びに来たんでしょ?」

「…。」

「違うのね。」


 デルフィーヌの目が鋭く光った。他の三人も意味ありげに目くばせをする。こうなれば、追及から逃れる術はカミーユに無い。協力を賜った手前、説明責任の放棄もカミーユにはし難かった。


「喧嘩してまして」と若干重たい口を開く。


「また?」


 直ぐに返ってきた反応にカミーユは「うっ」と胸を抑えた。


「いやまたなんだけど…今度はちょっと本気のやつ…。」


 喧嘩した、という言葉に「なあんだ」という顔を浮かべた同期たちだったが、今回のはちょっと毛色が違うらしいと察し、再び不思議そうな表情を浮かべる。


「話せば色々あるのだけど…。」


 どう話したものか、カミーユは頭を捻らせながら事の経緯を説明した。

 リジーからの牽制、彼女が知ると仄めかした『クロエの秘密』、それを裏付けるようなクロエの怪しい態度、そしてクロエへの恋心。

 段々と話は流暢に、気が付いたらカミーユは懸命に友人たちへ想いの丈を聞かせていた。

 我に返ったのは、同期達が皆目を丸くしていたのに気が付いたからである。熱く語り過ぎた、とカミーユの顔が赤くなった。


「…というわけで、その、話をしに、今日は…。」


 もごもごとカミーユが気まずさいっぱいで話を締めくくると、大人しく聞いていた同期達は顔を見合わせた。そして。


「カミーユの今更の恋心はさておき…。リジー様って殆どユリウス殿下の婚約者に決定じゃない!なのに!?いえ、だからこそ!?」

「え?」

「やっぱり気があったんじゃない。そうだと思ったのよね。それにしても…なんて分かりやすいマウントの取り方!」

「でもリジー様と先生って、あの舞踏会で会ったのが初めてでしょう?数回のレッスンでそんな親しくなることがあって?ましてやカミーユより?」

「そこが変なのよね…先生の様子からしても、何かを知られたのは間違いなさそうだし。もしかして、あんまりいい秘密じゃないのかもよ。どちらかと言えば、弱みとか?」

「あの…皆…どうして私の恋…。」

「リジー様が先生に拘るのも不思議だけど…先生の方も不思議。『自分の何を知っているのか』だなんて、言うことがあるかしら。ねえ、カミーユ。」


 アルトの可憐な目がカミーユに向く。カミーユは口元を引きつらせて頷いた。


 ―まさか…皆私が自覚するよりももっと早くから私の気持ちに気が付いて…?


 考えただけで顔から火が噴き出そうだった。同時にショックで青くもなる。どこで、何で、いつから、カミーユの頭の中をぐるぐると疑問が駆けまわる。


「聞いているの、カミーユ!」


 呆然としている当事者をセシルが叱りつけた。カミーユは半ばやけくそで「はいすみません!」と謝る。

 ウージェニーは肩をすくめてカミーユの方にずいと身を乗り出した。


「あなたの気持ちは?」

「私の気持ち?皆もう知っていたのでは…。」


 ウージェニーはフルフルと首を振った。アルトが想いを込めてカミーユの肩にギュッとしがみつく。


「私たち、確かにあなたが先生を好きなのは知っていたわ。でもあなた自身がそうじゃなかったから何も言わないでいた。だって、あなたには婚約者が居たし、結婚は家のためにするものと思っていたでしょう。」

「ええ、そうね。」

「だから、自覚したあなたに聞きたいの。」


 カミーユはウージェニーが聞こうとしていることを予想して唾を飲み込んだ。


「先生のことが好きなカミーユはどうする?これ以上踏み込んでどうしたい?今日は謝って、話して?それで、仮に先生のことを知れたら?それでおしまい?その後は?これからは?」


 カミーユはきつく絡まっていた自分の心があまりにもするりと解けるような感覚がして驚いた。


「わたし…。クロエさえ許してくれるなら、ずっと一緒にいたいわ。」

「ああ、カミーユ!」


 アルトが感極まってカミーユに抱き着く。華奢な体が震えていた。カミーユは困惑気味にアルトの背中を撫でる。

 その様子を見て、ウージェニーはホッとし、デルフィーヌは意味ありげに微笑む。セシルだけは、表情を固くした。


「それって、家のためにはまっっったくならないって分かっているのよね?ご両親が頷くとは思えないわ。」


 セシルが難しい顔をして窘める。セシル自身、個人としてはカミーユの恋の成就を応援したいが、由緒ある家の娘としての立場を心配せざるを得なかった。


「そこはカミーユの根性次第よ。私達もできるだけ協力するわ。駆け落ちだってなんだって。」

「デルフィーヌ!…一応心配するでしょう、そこは。でもカミーユ、私だって応援したくないわけじゃないのよ。家のための道具として結婚の駒になる時代も、いい加減もう変わっていったっていいはずだわ。」

「あたしたちはもう逃げられそうにないけれど…カミーユは幸か不幸かフリーだし。」


 同期達は揃ってカミーユに微笑んだ。

 カミーユの心に熱いものが宿る。クロエと向き合いたい、ひとりの人間として。いずれは結婚して独り立ちし、クロエからは離れなくてはならないものだと思っていた。その運命を前向きに受け入れるために、社交界で己を磨いた。

 それでもカミーユはクロエが恋しかった。理性と感情のせめぎ合いの縁に居たカミーユは今やっと踏ん切りが着けれられるような気がした。


「仲直り、できるといいわね。まずはそこからだもの。」


 デルフィーヌがいつになく優しい顔をした。


「…私、クロエを信じているわ。クロエも多分、言いたくてあんなこと言ったんじゃない。」


『何を知っているの』。カミーユは昨夜から幾度もクロエの言葉を反芻した。そして答えに行き着いた。あれはカミーユを突き放す言葉ではなく、きっと。


 ―クロエの、寂しさ。


「私の何を知っているのって、滅多に人に言うようなことではないでしょう?だから、ずっと違和感があったの。」

「確かに…。付き合いの浅い人に知った風な気安い口を聞かれたら言ってしまうかもだけど。アンタに言うのはちょっと不自然よね。」


 デルフィーヌは思案顔で頷いた。


「これは全然裏付けのない、私の勝手な想像だけど…。クロエって自分を貫く強さはあるけど、だからこそっていうか…いや逆かも。そうならざるを得なかったのかしら。」

「どういうこと?」

「…誰にも理解されないって、そう思ってしまっている節があったんじゃないのかなって。理解されなくてもいいやって。だからこそあそこまで明け透けでいられたっていうか。」


 カミーユの言葉を聞き、少し考えた後でセシルがぎこちなく口を開く。


「その…言いづらいことなんだけど、先生って、教師陣からは結構浮いていたみたいよ?最後の方は上手くやってたそうだけど…。」


 カミーユはたまらない思いだった。知っていたら。今だったら。あなたが誰よりも素晴らしいと大声で言えるのに。


「…昨日の先生の言葉は、『分かってほしい』気持ちの裏返しだったのかもしれないわね。どうでもいい人ならまだしも、他ならないカミーユに。」


 静かに言うウージェニーにカミーユは「私も、そう思った」と同意を示す。


「でも、言葉を尽くさずに『分かって』なんて結構難題じゃない?困るのよね、何も言わないけど『察してほしい』っていうのは。」


 デルフィーヌが思い切り顔をしかめると、セシルは珍しくクスリと笑った。カミーユは苦笑しながらその通りだと思った。


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