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知りたくて

 ―何がどうして。


 カミーユは事情も良く分からないまま、社交界の花形である二人から事あるごとに話しかけられるようになった。同じ蕾の園の出であり、舞踏会で多少なりとも面識を持ったリジーはともかく、デュランまで近づいてくるのは不思議でならなかった。

 例え舞踏会で挨拶を交わしたからと言って、以降交流が続くかどうかは保証されるものではない。

 オレガノ子爵夫妻は娘の「大功績」に大層驚き、また同じ位深く訝しんだ。


 リジーとはよく蕾の園の話をした。リジーが「癒しはおじい様先生だけだったわ」と嘆くと、カミーユは雲の上の人だと思っていたリジーがとても近くに感じられた。

 対してデュランは話題をコロコロと良く変えた。カミーユを試すように、あらゆる質問をぶつけ、回答を求めた。

 カミーユとしてはあまり面白くなかったが、デュランの求める答えもよく分からなかったので半ば投げやりな気持ちで素直に質問に答えた。


「やあ、カミーユ嬢」と混じりっ気のない笑顔を輝かせて、今日もデュランはカミーユのところにやって来た。

 カミーユは咄嗟に助けを求めるべく、辺りにリジーを探したが、残念ながら姿が見えない。


 ―保護者はどうしたというの。


 カミーユの意図を察したデュランは「残念、今日はリジーは一緒じゃない」と言ってからかうように笑った。


「いくら幼馴染だとは言っても、いつも一緒に居るわけじゃないよ。」

「ですよね…。」


 誰に対しても同じように、失礼のないようにと気を付けているカミーユだったが、このデュランには調子を崩されがちだった。デュランには取り繕うとか、切り替えるという素振りや境目がないのである。畏まる時も、気を抜くときもデュランはいつも自然だった。

 カミーユはこの人物が計り知れず、どう関わったらよいのかが分からなくなる。


「今日はね、彼女ユリウス殿下に拝謁する日だから。」


 カミーユは「ああ」と頷いた。噂に聞く、王子の婚約者選びというやつの一環だろう。ヴィオレット嬢はあれから寝込んでいると聞いているし、他の二人も目に見えて慎ましくなったと小耳に挟んだ。


「ねえ、君は殿下の婚約者選びについてどう思う?」


 ―また始まった。


 カミーユは内心ため息を吐いた。デュランの質問の意図はいつも分かりにくい。今日も同様である。毎回唐突に「どう思う?」と聞いてくるのだ。


「いえ、正直、あまり興味が…」と言いかけたところで、デュランの顔が明らかにつまらなさそうになるのを見て、カミーユは致し方なく真面目に答えることにした。


「私が参加したいかどうか、という意味では興味がありませんが、一国民としてどうかということでしたら勿論興味はあります。殿下は次の陛下ですから。あまり突飛な方はどうかと思いますが…貴族が気にしがちな生まれとか、身分だとか、そういうことだけに拘らずにきちんとした方を選んでいただきたいと思います。」


 カミーユの回答を聞き、パッとデュランの顔が明るくなる。「そうなんだよ!」と強く同意し、デュランは上機嫌でカミーユの髪をひと房取ってクルクルと指に巻いた。

 あまりの気安さにカミーユはたじろいだ。

 デュランの方は少しも気にしていないようで、意識を別にやりながら自身の主張を述べる。


「もう爵位なんて何の役にも立たなくなる時代が来る。貴族すらなくなるかも。国が必要とするのは優秀な人材、潤沢な富だ。自分達を特権としたいがための貴族の社会は崩壊するだろうね。今でさえ、何と滑稽かと思わないかい。」


 突然過激なことを言い出すデュランに、カミーユは肝を冷やした。


 ―公爵家という貴族の筆頭にいるような人が一体何を言い出すの!?


 カミーユは誰かに聞かれてはいないかと、慌てて周囲を見渡した。幸いにして近くに人はおらず、カミーユは胸を撫で下ろす。


「君も薄々気が付いているだろう。肩書だけあったって仕様がないということは。」


 カミーユはどうにかデュランを押さえなければと思う一方、彼の意見を真正面から否定することができなかった。

 権威としきたりだけを重んじる古参の貴族の傲慢さも、爵位を金で買ったことに満足している新興貴族の軽薄さも、悲しいことに目に付くようになったのだ。

 だが、そのような人間ばかりでないことも知っている。カミーユの同期であるセシル、デルフィーヌは古参の貴族で、アルトとウージェニーは新興の貴族だが、彼女たちは互いを尊敬し、自己研鑽を怠らない。自身が誇りある人間であろうとする姿勢は皆同じである。


 カミーユが渋い顔をしているのを見て、デュランは残念そうにため息をついた。


「…ごめんね。こんな話は楽しくないか。もっと、そうだね…流行りの芝居のことでも…。」


 肩を落とし、どこかショボンとするデュランにカミーユは咄嗟に「いえ」と否定した。デュランは目を瞬かせ、怪訝な顔になる。


「女の子は、もっと違う話が好きだよね?芝居、お菓子、ドレス、麗しい青年…。」


 目の前の麗しい青年は確かに淑女たちの話題によく挙げられているが、カミーユは首を横に振る。


「結構、皆面白いと思っていると思いますよ。先のようなお話。ただ、それを面白いと思うことを求められているかどうかと考えている節はあるかもしれません。不自由ですね。」

「へええ、女の子でも面白いと思うの?」

「…少なくとも、私の友人たちは好きだと思いますよ。」


 ―世間一般では真実どうなのかはよく知らないけれど。


 カミーユの少々自信の無くなった回答に、デュランはにっこりと笑った。


「そうか。僕の偏見だね。改めるよ。ありがとう。」


 礼を言われる筋合いはない。カミーユはひたすらに困惑した。その素直さにも、肩書に拘らない冷徹な考えにも。

 困った顔をして見つめてくるカミーユに優しい視線を送りながら、デュランは指に絡めているカミーユの髪に口づけた。

 親しい男女のするような行為にカミーユは更なる困惑を抱く。結局終始、カミーユはデュランの考えを読み取ることはできなかった。




 ユリウス王子を交えた晩餐会を終え、屋敷に戻ったリジーは自室で考えに暮れていた。聡明で麗しいユリウスを尊敬しないわけではない。しかし昔からリジーには納得のいかないことがある。

 それを決して表には出さず、勉学も社交術も努力によって極めて来た結果、今最も有力な婚約者候補と世間に謳われてはいるが、リジーの心の内の迷いは深まるばかりだった。

 王子のことは、尊敬はしているが恋ではない。


 リジーは封印してきた初恋がつい先日の舞踏会で自身の中に燃え上がったことを自覚した。


「似ているだけかも…いえそれでも…。」


 リジーはベッドの脇においてある小箱から紙きれを取り出した。


「クロエ・イヴェット様…。」


 酷く骨が折れたが、カミーユから聞きだしたクロエの情報。何歳か、どういう仕事をしているのか。それとなく他愛の無い世間話に交えて知り得たことを帰ってから書き留めたものだ。

 今現在、クロエは蕾の園に勤めているのではなく、個人の花嫁修業の家庭教師をしていると聞き、リジーの胸は高鳴った。

 以来毎晩どうしようかとメモを見ては悩んでいる。流石に住所までは聞き出せなかったが、名前とかつての所属さえあれば、何とか連絡をつけることも可能だろう。リジーの家にはその力がある。


「レッスンを、お願いしたい…!」


 リジーはどうしてももう一度クロエに会いたかった。そして自分の想いも、クロエという人も確かめたかった。


 ―初恋の人とは他人の空似で完全に人違いならば、この迷いも焦燥も立ち消える…。


 ついにリジーは決心し筆を執ると手紙をしたため、意を決して父親の所へ向かった。





「クロエ・イヴェット様へ。個人レッスンの依頼、リジー・ボワール。」


 蕾の園経由で転送されたリジーからの手紙にクロエはため息をついた。受けるべきか、受けざるべきか。ついでに一緒に送られてきた蕾の園からの次の任期の契約の催促も、クロエの頭を痛める手伝いをしている。

 ただの一般市民が公爵家の依頼を断ることができるだろうか。


 ―否。


 受けるという選択しか残されていないことは重々承知していたが、依頼者であるリジーにレッスンが必要なわけがない。


 ―明らかに別の目的があるのでしょうね。


 クロエの胸の内に嫌な予感が広がった。


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