始まりの始まり
「センセー。まだですかー」
「あぁ。機械馬に溜まった熱を逃がすのも含めれば早くて三時間はかかるな」
「げっ」
平原を走る鈍色の荷馬車の中から少女の呻き声が聞こえた。荷馬車にいる少女は仰向けに寝転んでいた。そんな少女の質問に鈍色の馬型自動人形を操縦している壮年の男が答えた。
鈍色の機械馬と機械馬二機で運ばれる鈍色の荷馬車が平原の一本道をひたすら進んでいく。しかし一本道は進めども進めども続いている。
終わりどころのない一本道を進んでいる鈍色の荷馬車が徐々に速度を落としていく。速度が落ちて一本道の側に荷馬車が止まった。
機械馬が道の側に止まると草が青々と生えている地面に座り込む。自動人形の中からファンの回る音が静かに鳴りボディに溜まった熱を逃げていく。
「機械馬の冷却に入るからここでしばらく休憩だ」
機械馬を操縦していた壮年の男は荷馬車の中の少女に話しかけた。
「休憩するなら機械馬の冷却が済むまで稽古つけてよ」
壮年の男から休憩の話を聞き、荷馬車の中の少女が壮年の男に頼んだ。
「俺は長い時間機械馬で荷馬車を運転したんだ。シロハみたいにただ荷馬車でゴロゴロしていたわけじゃない。少しは休ませろ」
壮年の男は荷馬車の中の少女——シロハに疲労交じりの溜息を吐いた。
「だったら少し休憩してから稽古つけるのはどう?エインセンセー」
壮年の男——エインにシロハは休憩してから稽古する譲歩案を挙げる。
「分かった。ただ稽古は一本勝負だけだからな」
エインは渋い顔をしたがシロハが挙げた案を承諾した。
「よし!あたしは先に準備してるから、センセーが準備できたら教えて」
シロハは荷馬車の中で握り拳を作る。そしてシロハは荷馬車の奥ににしまっている棒状の道具を二本手にして荷馬車の外に出た。
荷馬車の外に出たシロハの第一印象は真冬の雪国だった。活発な印象を受ける服装から見える細くしなやかな四肢と新雪のように白い肌。あどけなさが残る目鼻立ちが整った顔立ち。ルビーのような輝きを放つ赤く美しい瞳。全身に生えている体毛は全て白銀だった。亜人でも珍しい狐人種独特のふさふさした耳と尻尾。さらにシロハは狐人種でも希少な尻尾が複数生えている。
全部で九本。
その全てが美しい白銀で、シロハが立っている一ヵ所だけが真冬の季節に迷い込んでいるようだ。
シロハが荷馬車から持ち出した二本の棒状の道具——木刀を手に持ち、荷馬車から距離を取った。
荷馬車から距離を取ったシロハは木刀を一本地面に置き、もう一本を持ち正眼に構える。
正眼に構えたシロハは握っている木刀を素振りする。一振り一振り空を切る度に心地の良い音が鳴る。シロハが木刀を振る一連の所作は洗練されていて長年剣を磨いている事がわかる。
素振りを繰り返した後、シロハは再び木刀を正眼に構えた。構えたシロハは踏み込みを加えて木刀を振った。木刀を振っただけより勢いと鋭さが増し、空を切る音も強くなる。
踏み込んだ勢いをそのまま、シロハは摺足で進み目の前にいる見えない相手に斬りかかるように木刀を振り切る。振り切った後すぐ構え直し踏み込んで木刀を振る。その一連の動きをを繰り返した。
シロハが毎日自主的に繰り返している練習の一つだ。
練習をしていると平原の草を踏む音ががシロハの元へ歩み寄る。
「待たせたな。シロハ」
エインは少し眠そうにあくびをしながら歩み寄るとシロハは地面に置いていた木刀を手に持った。
「休憩はできたセンセー?」
手に持った木刀をエインに渡してシロハは眠そうにしているエインに調子を聞いた。
「あぁ。全快ってわけにはいかなかったがシロハと一本稽古つけるくらいは大丈夫だ」
渡された木刀を手に持つとエインは数回素振りをした。
「じゃあ始めるか」
エインが稽古開始の一言を言うと二人はお互い距離を取り手に持っている木刀を左手に持ち一礼する。
一礼するとお互い左手に持つ木刀を両手に持ち正眼に構える。
シロハが構えている木刀の切っ先は一切動く事なくエインに向いている。一方エインが構える木刀の切っ先は細かく揺れていた。
エインは切っ先を揺らし次の動作により早く繋げるためにわざと揺らしている。この手を知らない相手にはエインが相手に臆していると錯覚させる心理的隙を与える意味もある。
その手を知っているシロハはエインが先に行動する前に動いた。
エインに摺足で近付き木刀をエインに向かって振りかぶる。
エインはシロハが降りかぶった木刀を手に持つ木刀で受け止める動作をして待ち構える。シロハが振りかぶった木刀がエインの木刀に当たる瞬間、エインが木刀を握る力を少し緩めて手首を柔軟にしてシロハの一撃を受け止めるのではなく受け流した。
一撃を受け流した後エインはシロハとの距離をすぐ取り隙ができたシロハへ確実に攻撃を当てるため高速の一撃を振りかぶる。
エインの高速の一撃はシロハの一撃を受け流した後、距離を取った一瞬の流れでシロハに襲い掛かる。しかしシロハはこの手を読んでいた。いつもエインと一本勝負をする時のお決まりの手だ。
シロハは受け流された木刀の一撃から瞬時に体勢を変えてエインの高速の一撃を木刀で受け止める。
受け止めたシロハは両足に全力を入れて地面を蹴るように踏ん張りエインの木刀を押し返そうとする。
体格の上では細い手足のシロハよりエインの方が有利だが、体格の差を上回る亜人族の身体能力でエインの木刀を押し返していく。
押し返していくとシロハはエインと鍔迫り合いの体勢にまで持ち込んだ。鍔迫り合いになり二人は互いに木刀に体重を乗せて押し切ろうとする。シロハの身体能力の高さとエインの体躯の良さが拮抗し鍔迫り合いが続く。
鍔迫り合いが続く中、エインは右肘の関節を柔軟にして鍔迫り合いの状態からシロハの木刀を流す。シロハは全力の鍔迫り合いで木刀を押していたためエインに流された瞬間、前に体が進んで体勢を崩してしまった。
エインは大きく体勢を崩す隙を狙い再び高速の一撃を振るう。
シロハはエインがこの隙に一本取る気なのは分かっていた。シロハは前に倒れそうな勢いを利用し地面を蹴り大きく距離を取った。
エインの一撃は空を切る。空を切った頃にはシロハは十分な距離を取っていた。
シロハは地面を蹴り一気にエインの間合いに踏み込もうとする。そして間合いに踏み込んだ。
エインは一直線に間合いを詰めるシロハにタイミングを合わせて木刀の突きの体勢を取る。シロハが間合いに入った瞬間、木刀で鋭い突きを喰らわす。
シロハはエインが木刀を突くと同時に瞬時に足捌きを変えて突きを躱しながらエインの後ろに回り込んだ。亜人族の身体能力の高さがなせる業だ。
後ろに回り込んだシロハは木刀を上から下に振り切る。シロハの木刀がエインの背中に当たる寸前、シロハの一振りが止められた。
エインはいつの間にか前に突き出した木刀を背中に回しシロハの一振りを受け止めた。
受け止めたエインは足捌きでシロハの木刀を流してシロハに振りかぶる。シロハは再び体重を乗せた一振りをエインに喰らわす。
互いの木刀がぶつかり合い木材同士がぶつかる甲高い音が響き渡り再び鍔迫り合いになる。
鍔迫り合いになりシロハは先程のように鍔迫り合いの中で流される事も意識して足腰に集中して木刀を流す動作をしたと同時に回り込んで一撃を与える準備をする。
エインは鍔迫り合いの状態でシロハに踏み込んで近付いた。そして次の瞬間シロハの足元を蹴りはらいシロハを転倒させる。
転倒したシロハは体勢を治そうと起き上がろうとする。その時シロハの目の前に木刀の切っ先が突き出された。
「俺の勝ちでいいよな?」
シロハは息を吐くと言葉を発した。
「……参りました」