入学生配属会議
アインベルム魔導学院魔導自衛学部教諭棟第一会議室——
会議室では魔導自衛学部の学部長や教授などの重役が今年入学する学生の配属について会議をしている。
会議をしている重役以外の教諭達は重役達の午前中から始めて現在遊惰球で延長している会議が終わるのを待っている。
ルイス・センドロールも重役たちの会議が終わるのを待っていた。
白い肌に腰まで伸びる亜麻色の髪を肩付近で二つに緩く結っている整った鼻梁に糸目というアンバランスさがどこかミステリアスな雰囲気を感じさせる。女性らしい体のシルエットが魔導自衛学部教諭共通の赤と黒を基調とした軍服の上からでもはっきり分かる。
ルイスは延長している会議が終わらない事にいてもたってもいられず魔導自衛学部の廊下を往復していた。
「少しは落ち着いたらどうだ。センドロール」
廊下の奥で椅子に腰かけているルイスと同じ軍服を着ている赤髪の男が往復して歩いていたルイスに声をかける人物がいた。
「お疲れ様です。フリット教諭!」
ルイスは声をかけたゴードン・フリットへ綺麗なお辞儀をした。
「同じ学院の先輩後輩だったんだ。そんなに畏まらなくていいよセンドロール」
「分かりました。ゴードン先輩」
ルイスはゴードンの言葉に甘えて肩の力を抜いて言葉にも少し脱力した雰囲気でゴードンに返事した。
「史上最年少の十八歳でアインベルム魔導学院の教諭になった天才でも受け持つ学生の振り分け会議の時間は落ち着かないみたいだな?」
「からかわないで下さい。僕だって普通の人間なんですから」
「また一人称が僕になってる。俺だからいいけど教授陣には使うなよ」
「すみません。まだ直しきれなくて……」
ルイスはゴードンの指摘に口を押えて謝罪する。
「これから注意すればいいさ。それにこれから毎年新入生が入るごとにそんな神経使ってら体が持たないぞ」
「先輩から聞いていましたがこんなに緊張するとは思いませんでした。これが毎年一回あると思うと気が重くなります」
「これに関しては慣れるしかない。数年もすれば勝手に慣れるさ」
「そんなものですか?」
「そんなもんさ。ほい」
ルイスを少しでも安心させるためゴードンは手に持っている何かを優しくルイスへ投げた。
ルイスはゴードンが投げた物を左手で受け取るとルイスの左てには梱包されたクッキーがあった。
「先輩、これは?」
「ハーブティーが練り込まれたクッキーだ。それ食って少しは落ち着け」
ルイスはゴードンから渡されたクッキーが梱包された袋を開けて中のクッキーをかじった。
ゴードンの言う通りハーブティーが練り込まれていているクッキーを咀嚼するごとにクッキー本来のほのかな甘さに加えてハーブティーの優しい香りが鼻腔を通る。
「そのクッキーに練り込まれているハーブティーには心を落ち着かせる効果がある。センドロールも立ってないで座ったらどうだ?」
「そうですね。言葉に甘えて失礼します」
ルイスはゴードンの座っている椅子の近くにある椅子へ腰を掛けた。
「まあ俺も初めて学生を受け持つ時にはセンドロールと同じくらい落ち着かなかったもんだ。しかもセンドロールの場合は史上最年少の学院の教諭だからそのプレッシャーも相まって余計不安だろ?」
「先輩にはお見通しのようですね。初めて学生を受け持つというのはとても不安です。自分が学生を導くことができるのか、学生を導くだけの実力が自分にあるのかとても不安です」
椅子に座っているルイスは愚痴話しているおかげで少しは落ち着いた表情を見せるようになる。
「そんなのは誰でも最初は抱くものだ。しかもその不安は年月が経っても絶対に消えない不安だ。これは俺が最近思った事なんだがな、その不安があるからこそ受け持つ学生を導くことができると思うんだ」
「深いですね。流石先輩です」
「個人の感想だからあまり参考にならないだろうが、心配事があれば相談に乗ってやるからため込まずに話せよ」
「ありがとうございます」
ルイスはゴードンにお礼を言うと学部長を先頭に教授陣が会議室から出てきた。
会議室から出てきた音を聞いたルイスとゴードンはすかさず椅子から立ち上がり自分達の教諭室に戻った。
「話を聞いていただいて方向にありがとうございます」
「いいって。それよりセンドロールも自分の部屋に早く戻れよ」
「分かりました」
廊下を速足で進む二人はそれぞれの部屋の分岐点でルイスがゴードンにお辞儀をしてそれぞれ分かれて自分の部屋に戻った。
そして数分後、ルイスの部屋の扉にノックをする音が聞こえた。
「はい。どうぞ入って下さい」
ルイスが部屋への入室を許可する声をかけると部屋の扉が開く。
「失礼します」
扉を開けたのは魔導自衛学部の事務員だった。
事務員の手元には一つのファイルを持っている。
「センドロール教諭に今年新しく担当してもらう学生のリストです。どうぞ」
「ありがとうございます」
目の前の事務員は手元のファイルをルイスに渡した。
ルイスは落ち着いた雰囲気で事務員と接する。
「それでは私は失礼します」
「お疲れ様です」
事務員はルイスに学生のリストを渡すと部屋を出る挨拶をしてルイスの部屋を出た。
「はぁ、ドキドキする」
事務員が出た瞬間、事務員と接していた時の落ち着いた雰囲気が跡形もなくなくなりそわそわしている。
ルイスは事務員から渡されたファイルを開いた。
「これが僕の初めて担当する学生か」
ルイスは初めて受け持つ学生にワクワクする気持ちとそれと同じくらい不安な気持ちが胸中で渦巻く。
ルイスは開いたファイルに載っている学生の情報に目を通した。
基本新入生は教諭一人に対して五名担当する事になる。そして学生が卒業するまでの五年間新入生を毎年担当する事になるので最大二十五名を担当する事になる。ゴードンも学院の教諭になって四年が経ち受け持つ学生も今年の新入生含めて二十名もいる。
ルイスにも担当する学生は五名だ。
「一人は魔導師協会の諸事情で一ヶ月遅れで配属ね」
ルイスに渡されたリストの学生の一人には魔導師協会の諸事情で遅れて入学する詳細な事情が書かれていた。
「早く入学式が来ないかな?」
一通り学生のリストに目を通したルイスは来週の入学式後に会う事ができる学生に期待と不安が渦巻く何とも言えない気持ちでいっぱいだった。