Little Never Land③
A4の紙に赤のマジックで鳥居を書く。
その下に五十音を書き、さらに下に漢数字で一から九、そして零を書く。
最後に“はい”と“いいえ”、これで準備は出来た。
机を五人で囲む。
さっきのA4の紙を机の真ん中に置く。
鳥居の上に置いた10円玉に人差し指が五本集まる。
これから始まるのは儀式。
「こっくりさま、こっくりさま、お越し下さい。」
「あの世から狭間をくぐってお越し下さい。」
「この世へと鳥居を通ってお越し下さい。」
「私たちの元にお越し下さい。」
「私たちに教えて下さい。」
耳鳴りがするほど静かな教室の中で女子が五人、一つの机を囲んでいる。
これがお昼休みなら楽しいランチタイムだが、今は放課後。
笑うでも無く、喧嘩でも無いその光景は異様なものでしかなかった。
五本の指に群がられた10円玉は一拍置いた後にゆっくりと動き出す。
瞬間、部屋の気温がグンと下がった。
ビクリと震える肩がある。
上井寺杏はギュッと目をつぶった。
本当はこんな事したくはない。
いけない事だと知っていた。
親にも絶対にしないように、と言われていた。
その昔、母親もこんな場面に遭遇したと聞いていた。
10円玉に指を置く実行犯ではなかったらしいが、後ろで見ていただけで肩が重くなり意識が遠のいたと。
これは遊び半分に行う事ではない、決して手を出してはいけない行為。
だが、断れなかった。
臆病者と言われ、クラスで孤立する事の方が怖い気がしたのだ。
仲間外れにされ、指を指して笑われ、無視されるーーそんな毎日がくるのが怖かった。
けれど、今は断る勇気さえ持てなかった事に後悔した。
友達の寅田リリ(とらだりり)は、遊びだからと言っていた。
実際に“こっくりさま”なんて来る筈が無い、と。
五人の無意識が10円玉を動かすのだと本で読んだから、科学で解明できないものなんてないんだから、と。
確かに科学ではそうなのかもしれない。
けれど、今目の前では科学では証明出来ない事が起きている。
10円玉は紙の上を動いている。
赤いマジックで書かれた鳥居の上から滑る。
その10円玉は五本の指が指している…………筈だった。
真上から伸びる、真っ直ぐの白くて細い指。
目を開いた時、それは消えていたから、見間違えかと安心したのだ。
なのに。
視界の端に見えてしまったソレに、杏は目を開けてしまった事を後悔した。
机を真ん中に、五人で作った円。
隣りに座ったリリの肩を持つ白い腕。
此処には五人しか居ない筈なのに、片手は10円玉へと伸びているのに。
両手でしっかりと持たれたリリの肩。
見てはいけない。
頭が、心が拒否する。
見るな、見るな、見るな…
なのに身体は動く。
10円玉がゆっくりと滑る様に。
首が、眼球が隣りへと。
見たくない、見ては駄目だ。
だが、その意思すら受け入れては貰えない。
他の皆は指を、ゆっくり動く10円玉を見ている。
気付いていない。
ただ、杏だけが気付いてしまった。
女はこの部屋に六人いる事を。
――――っ!!!??
白く透き通る肌、それは揶揄でも何でもない。
本当に向こうにある窓は透き通っているし、腕も指も景色を半透明に映している。
皆は気付かない。
その半透明の指がリリの腕を動かし、10円玉を“はい”へと動かしている事を。
「質問は頭から時計回りに一つずつ。いいわね。」
チラリと一人の女子生徒が視線をあげる。
他の三人がうなづくのを見て杏は慌て首を動かした。
否定をしたかった。
なのに、うなづいてしまった。
頭というのは座っている位置である。
北を枕に頭とし、そこから時計回りに儀式は進む。
杏は頭に対して右側に座っている。
つまりは最後の質問者となる。
質問の内容は大概が次のテスト内容とか、実力テストで順番が上がるか、とか。
そんな事が続いて、リリの番となる。
チラリとリリを見て杏は凍り付いた。
半透明だった腕から先、胴が、髪が、頭が、足が。
今迄見えていなかった物が同じように浮き上がってそこにあった。
長い髪が風もないのに漂い、輪郭を露にする。
細く白い顎のラインにそうように笑みの形をした口が頬を大きく裂き、目の下あたりまで広がっている。
――――っ!!??
声を出そうにも音にならない。
それ以前に、杏は声が出ない程驚いていた。
見た事なんて無いモノがそこに存在していた。
怪談やそれ系の特番で聞いた事はある。
所謂、口裂け女。
その口は頬を見事に裂いているのに、杏には笑っている事がわかった。
楽しそうに歪めた顔を、見るからに歪んだその唇という存在を彼女は動かす。
そしてそれは、リリの口の動きに直結した。
口裂け女は何かを言おうとする。リリの口で、声で。
もちろん、きっと良くない事を。
――――駄目、止めてっ
叫びたくても声は出ない。
肺も声帯も凍ってしまったかのようだ。
振り払いたくても10円玉に張り付いた指はビクともしない。
絶望的な状況下、杏の耳には聞えた。
口裂け女の、黒板を削る爪のような声を。
『皆を巻込んで宜しいか?』
何に、なんて恐ろしい事、考えたくなかった。
もう何も見たくない。
全て終わって欲しい。
しかし、そんな事は初めから許されていなかった。
この儀式を始めた時から。
「皆を、」
リリの口が動き、音が漏れる。
「巻込んで宜しいか?」
普段のリリとは全く違う口調。
それに対する解答は解りきっている。
だって、10円玉を動かしているのは、今の質問をした張本人だ。
何に巻込まれるのか、自分は。
どうしてこんな事になっているのか。
いつもの様に家に帰って塾に行って、ご飯を食べて寝て。
また明日、同じサイクルの日常が始まる筈だったのに。
あぁ、今日のご飯はなんだろう。
早く帰りたい。
誰か、
――――誰か、助けてっ
10円玉が“はい”に近付く。
隣りの口裂け女はさらに笑みを深くした。
この指が動ききったら、自分達は終わってしまう気がした。
理屈ではなくて、そう思った。
――――誰かっ
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。」
コックリさんはしちゃダメです。