Black Moon+Gold Sun
『夢を見た。』
たった一言、彼女は泣き出しそうな顔で言った。
彼女はボクの友達だ。
数少ない友達の一人。
ちなみにボクは“ボク”と言っているが、男じゃない。
だから、“彼女”と言っても別に恋愛関係で繋がっているわけじゃないし、変に意識しているわけでもない。
大体にしてボクにはそういった興味もない。
ただ、近くにいる人間の言動に純粋に興味があるだけだ。
彼女は興味深い存在だった。
ボクと同じ様に他の“世界”を意識しない稀有な存在、自分の“世界”と“存在”を大切にし、しっかりと確立させている。
今回はそんな彼女、冬月のちょっとした日常を観察したい。
冬月はとにかく浮いていた。
ボクも人の事を言えたものじゃないけど、クラスに馴染もうとせず、机でボーっとしていることが多い。
たまに窓から雲を見上げては溜息を吐く。
彼女とは実は小学校からの付き合いだ。
お互いに腐れ縁と称した間柄。
だからと言って他の女子軍のようにグループに別れて群れを成す様な事はしない。
必要な時は近付き“世界”を繋げるが、そうでない時は放置する。
アンバランスだが丁度良い距離があるから、ボクと崩壊しない友達関係を築けている。
もちろんそういった“浮いた人間”というのはいつでも他の群れの良いターゲットになる。
例外なくボクも冬月も良いターゲットだった。
いわれもない噂話や、不条理な言い掛かり。
すでに痛くも感じなくなるくらいの攻撃で、心の皮膚は象の皮だ。
ともかく、そんな象の皮のように堅い触感の心を持つ冬月が、泣きそうな顔をした。
雪どころか星が落ちてきそうなほど珍しい。
珍しいというより、見た事が無い。
いつもは昼寝しながら食べる昼食を、今日は二人で食べながら話した。
机に向かいあって食べる。
まるで青春だなぁ……なんて、本来なら青春をしている頃の自分が思うのは少しばかり不思議なもんだ。
周りに人なんか近付いて来ないから、話の内容を聞かれることもない。
冬月は弁当の中の卵焼きを勢い良くフォークで刺して、話始めた。
「夢を見たの。彼氏が出来る夢。」
「そりゃ赤飯でも炊いてお祝いすべきかねぇ。」
「初潮はとっくの昔に終わったわ。」
「じゃあ、披露宴の為の芸でも考えるか。」
「結婚する予定なんてたてていません。」
そう言って冬月は今度は竹輪にフォークを突き刺し、ボクに突き付けた。
ちなみに言うが、これは“おかずを一つわけてあげよう”と言う優しさではない。
竹輪に入っている胡瓜が嫌いなだけだ。
ボクの弁当はコンビニおむすびという寂しさを誇っているが、彼女はそんなに慈愛に満ちた性格ではない。
ボクも同情を望むような女々しさはない。
「まぁ、なんでもいいじゃん。彼氏が出来たんっしょ?」
「夢だけどね。」
「そういう願望があるぐらい女の子だってことじゃん。」
ボクは見た事がない。
彼氏が出来た夢なんて。
さらにそんな願望もあまりないし、そんな未来を想像出来ない。
「そこがなんとも複雑だわ。」
冬香は溜息を落とす。
実際、冬月は美人だ。
喋らなければ、ってことはない。
むしろ、喋らないからそう見えない。
いつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せていれば、せっかくの美人も台無しだ。
少しは愛想よくすればモテるだろう。
残念ながら、彼女には興味が無いようだが。
「んで、調べたわけよ。夢でそういうものを見た場合どんな理由があるのか。」
「夢占いってやつね。」
「そ。」
「で?結果は?」
「フリーの時に彼氏が出来る夢っていうのは願望らしいわ。」
「やっぱり欲しいわけだ。」
驚くべき事だ。
他人に興味がない、ということは、他人の“世界”に干渉するつもりがないということだ。
人のことを気にせず、自分の思うままに生きる。
そんな人物が干渉すべき“世界”を求めている。
この変化は大きい。
良い観察対象である。
「ちなみに、相手は自分の理想だそうよ。」
「ほぅほぅ。」
冬月はボクをうさん臭そうな表情でみた。
普通ならどんな人が好きなのか、そう聞くのが女の子の会話。
だが彼女は知っているのだ。
ボクが知りたいのは、冬月が興味を持つ相手の事を知りたがっているという事を。
普通の感覚とは微妙にニュアンスが違う。
「細くて・・・白い肌。・・・・・なんだか知らないけど、やたらイチャついてたわ。思い出すと腹が立つぐらい。」
「例えば?」
「・・・・・・・・」
冬月の顔が苦くなる。
窓の外を睨む。
別にそこに怨みを持った人物がいるわけでもない。
言うか言わざるか迷っている顔だ。
そうしてよそ見をしながら胡瓜を刺し、口に運んだもんだから、余計に苦い顔になる。
味わわないように数回咀嚼した後、ゴクリと飲み込み意を決したように口を開いた。
「ひざ・・・・」
「膝?」
「膝の上に乗せられた。」
クラスで、皆の前で。
そりゃあ・・・・
「すごい、欲望ですね。冬月サン・・・・」
「ちょっと、聞いといて引かないでよっ!・・・移動するなっ!」
「いやぁ・・・・」
だってそれは、邪魔しちゃ駄目じゃないか。
危うく今すぐに離れそうになったよ。
いや、想像の中でだが。
そんな想像が現実化したらもう何も思い残すことはない。
さっさと遠目で観察出来る位置に下がろう。
その方が楽しい。
手っ取り早くその欲望を現実にしようと思えば、もう少し笑顔を振りまけば良い。
もちろん、彼女がそんなことを本気で望んでいないのはよくわかっている。
「で、そんなメデタイ夢を見て何であんなに落ち込んでたわけサ。」
「・・・・・・・」
「ハッピールンルンな感じじゃなかったよね?」
「それ、死語だから・・・・」
「おや、失敬。」
朝の調子からはそんな感じは受けなかった。
むしろ、落ち込んで一人では這い上がってころさそうだった。
もちろん、夢の中とは言え彼氏とイチャつくなんて妄想をしてしまったショック、というのも考えられる。
「相手が・・・悪かったのよ。白くて細くて、押しに弱いくせに芯は強くて頑固。」
「やけにはっきりしてるね。」
「膝に座れってきかなかったのよ。」
「で、座ったんだねぇ。」
「そしたら急にイスが動き出したのよ。」
「は?」
「ジェットコースターみたいに動いて、しがみつくしかなかったのっ」
そこで目覚まし。
なんともハードな夢だ、現実ではお目にかかりたくない。
というか、お目にかかれない。
ベルトもレーンもない学習机用のイスでジェットコースター。
そんなアトラクション、学校どころか遊園地にもいらない。
「仲良き事は美しきかなぁ。」
「そう、ね。本当にそうならいいのに。」
冬月は頬杖をついて窓の外に視線を動かす。
食事中のマナーとしては悪い。
何回も言うが、愛想さえよければきっとモテるのだ。
憂鬱そうに目を伏せたその姿は絵になる、きゅうり入りの竹輪がなければ。
白い肌にはえるストレートパーマの髪、頬にかかる長い睫毛。
だが、冬月はそうしない。
他人には興味がない。
もっと正確に言えば、他人への興味をもうもたない。
二度と、とは言えないが当分はもたないつもりなのだ。
「相手が悪いのよ。夢にしたって質が悪い。妄想だとしたら病気としか思えないわ。」
「警察に行くべき?病院に行くべき?」
「真面目に聞いてくれない?」
「大真面目さ!」
本題は此処からだ。
今までは前座。
問題はその前座が長過ぎた。
昼休みはあと五分しかない。
朝の落ち込み様はこの本題に繋がるのだろうけれど、引き伸ばし過ぎだ。
「相手が悪い・・・・夢だからこその相手だけど、だからこそ見たくなかった。」
「芸能人か?それとも二次元とかいう寂しい感じのネタ?」
「・・・・ある意味、手が届かないって意味では一緒。」
「冬月、すまんがボクにわかる言葉で言っておくれ。」
「ノリが解るのはノリ語だけでしょ。」
非常に今更だが、ボクは自分の事を“ボク”と呼ぶが、周りはボクの事を“ノリ”と呼ぶ。
友人もだが、クラスメートとか結構浅い関係の人もだ。
みんながボクの事を“ボク”と呼ぶと訳が分からなくなるのだ。
「白くて細くて、押しに弱いくせに芯は強くて頑固。叩けば折れそうなのに、打たれ強くって私よりもしっかり者。」
「・・・・冬月?」
「守ってあげなくちゃって思うのに、守られてる。全く、夢でまで一緒。」
「冬月。」
心辺りなら、ある。
というか、そんな人物は一人しか知らない。
一人知っていれば十分だ。
今、此処にいる何人が知っているかは知らない。
その人が夢の中の想像ではなく、現実に居たということを。
あの時、ボク達はまだ小学生で、此処は高校の教室。
高校なんて、たくさんの学校の集まりだ。
同じ小学校出身の子の方が少ない。
だから、知っている人の方が圧倒的に少ない。
「冬月。」
もう一度呼んだ時に、予鈴が鳴り響いた。
ボクは今までお邪魔していた席を立ち、冬月の頭をクチャリと混ぜた。
動物は、気を許した相手には甘い。
一番触られたくない頭も触らせる辺り、冬月はボクに気を許してくれているらしい。
「夢でも逢えたなら、よかったな。」
夢でしか逢えない。
ある意味、芸能人よりも漫画の住人よりも稀少な人。
「・・・・・うん。」
ざわめく教室に声はかき消える。
ボクは自分の席に戻った。
冬月とは真逆の、廊下側一番後ろの席に。
そう、それは。
もう何年も前から始まっていた観察だった。
以降、週一を目指しています。
ナメクジ歩きですがよろしくお願いします。