有能な弁護士
うちの会社が訴えられた。
SNSで炎上してしまったから、うちみたいな小っちゃい会社の事件なのに、ニュースで大きく取り扱われる。
きっと、他に話題になるようなニュースが無かったからだ。
会社の出入り口付近に、テレビカメラとレポーターが集まっている。
社長は出張ですからお引き取り下さいと言っても、責任者を出せと譲らない。
庶務兼広報兼秘書の私は、急いで顧問弁護士に電話する。
この弁護士はメディア応対に長けていて有能だというのがウリだ。
「この状況、どうやって対応したらいいか相談したいんですけどっ。」
『わかりました。来週金曜日が空いていますので、午前中にお伺いいたします。』
「何言ってんの!そんなに待てるわけないでしょ。
色んな所から電話がかかってきてるんですよ。」
うちにある電話は2台。今、私が弁護士に電話してて1台は埋まってる。
もう1台は社長の息子が応対中。汗をかきながら「申し訳ありません」を繰り返している。
私は焦るが弁護士の回答はこうだ。
『今立て込んでいまして、すぐにはお伺いできないんです。』
「いやいやいや。ぜ~ったい、こっちのが立て込んでいますって。
とりあえず、すぐ来てくれませんか。あなた専門家でしょう!」
『申し訳ありませんが…』
なんだこの弁護士!
周りからは有能だ有能だと聞いているが、こんなのが本当に有能なのか。
「高い顧問料払ってるんですから、こういう時こそ仕事してくださいよ。」
思わず、社長が普段から愚痴っている言葉が出てしまった。
いや、私もずっとそう思ってた。
『ファックスを送りますので、それを参考にして対応いただければ問題ありません。』
ファックス!
今すぐ来いと言ってるのに?
「あなた、逃げる気ですか?」
私は大きな声を出してしまう。
社長の息子がビクッとする。
『とにかく、ファックスを見てください。よろしくお願いいたします。』
と言って電話は切れた。本当になんなんだこいつ!
もう、取引先の言う「有能」は信じない。
受話器を置くと、すぐに電話がかかってくる。
社長に連絡しなくちゃいけないのに。弁護士の文句を言ってやりたいのに!
『週刊ズバットの記者の…』
「申し訳ありません、今社長が不在です。」
『毎日テレビの報道21世紀という番組の…』
「申し訳ありません、今社長が不在です。」
『お前の会社を爆…』
「申し訳ありません、今社長が不在です。」
切るたびに電話がかかってくる。イライラは最高潮だ。
今度はファックスが動き始めた。
弁護士事務所からだった。弁護士との電話が終わって、まだ10分もたっていない。
いつになく仕事が早いなと、ちょっと感心した。
しかし、届いた紙はたったA4が1枚。
しかも4行。
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以下のようにお答えください。
裁判前『まだ訴状を確認していないため、コメントできません。』
裁判中『係争中の案件のため、コメントは差し控えさせていただきます。』
裁判後『裁判の結果を受け止めて厳粛に対応していく。』
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「なるほどね。完璧だわ。」
社長の息子にファックスを見せる。
彼は早速、次の電話の応対に「コメントできません。」を使う。だいぶ楽に答えられるようになったみたいだ。
さすが有能な弁護士。
必要なことを必要なだけ、きちんとまとめてある。わかりやすい。
かかってくる電話を無視して、私は自分の携帯で社長に電話をかける。
「もしもし社長。あの弁護士、とても有能です。だから、もう要らないです。」
この紙1枚あれば、もう十分だ。