コーヒー幽霊(後編)
「こっち来てよ、葛城さん」
常連さんに手招きされて、仕方なく立ち上がる。
俺も塾の仕事帰りで、まともなスーツ姿だ。今日の授業は、夕方に終わったんで、妙子とデートしてたんだがな。仕事かよ。
「どうも」
「見積りみたいの、出来ます?」
「とりあえず現場見ないと、なんとも」
「それ、お金かかりますか」
「観るだけなら、うちは無料ですよ」
「じゃあ、是非」
無料と聞いて、マスターの友達はパッと顔を輝かせた。もしかして、幽霊の生臭い風で、売上が落ちたんじゃねえか?
「いつが良いですか?」
「今からでも?」
「いいですよ」
今日はもう、用事ないからな。俺が気軽に引き受けると、友達さんは会計を済ませた。
「タエちゃんは、ゆっくりしてきなよ」
「うん、そうする」
俺はコーヒーの残りをぐっと飲み干して、取りあえずの会計を済ませる。
「追加頼むなら幾らか置いてこうか?」
「いいよ。持ってるから」
「そう?」
タエちゃんと軽く手を振りあって、俺とマスターの友達は、店を後にする。
ニコニコと掌を揺らす妻に和みながら、マスターのお友達の状況を聞く。
妻が同業者でよかった。除霊師なんて職業は、一般的ではない。普通は、理解されにくい仕事だろう。
喫茶店で夫婦デートしていたら、いきなり幽霊と対決してきます、なんて、頭がおかしくなったと思われるよ。
駅前の喫茶店ブラウニーから、徒歩で着いて行く。お友達の店は、駅と葛城道場の真ん中くらいにあった。
優しげな紳士が営む瀟洒なブラウニーとは違って、スッキリと現代的なカフェだ。
メニューも、コーヒーの種類で勝負するブラウニーに対して、こちらはフレーバーや軽食が豊富だった。
店の名前は、『雨垂れ』というようだ。
店名は、なんとなく逆みたいなイメージだな。
窓際の席に、幽霊がいた。熱心にメニューを見ている。隅から隅まで、嘗めるように読み尽くしている。最後まで見終わると、また最初から読む。
「何かを探してるみたいな様子ですね」
俺は、単純な感想を述べる。
雨垂れのマスターは、何やらモヤモヤが晴れた顔をした。
「思い当たる節でも?」
「ええ。あの方、そういえば、好きなフレーバーカフェがありましたよ」
「なるほど」
それをお供えしたら、成仏するかもな。
だが、ここから先は有料だ。こっちもボランティアじゃない。
俺は、料金を呈示して、決断を促す。
「どうします?」
「安いね。お願いします」
「そしたら、取り敢えず、話してみましょう」
「話す?幽霊と?」
次回、コーヒー幽霊(完結編)