コーヒー幽霊(前編)
『ブラウニー』は、タエちゃんが、仕事帰りによく寄るカフェだ。仕事ってのは、昼間のパートだぜ。針と糸で結界を張るほうの仕事じゃない。
カフェ自体は、中々に歴史のある、洒落た作りの店だ。時間が合う日には、俺も一緒に入る。濃くて深みのある、旨いコーヒーが飲める。
「いらっしゃい」
「久しぶり」
「なんだい、浮かない顔して」
俺とタエちゃんが、のんびりコーヒーを楽しんでいると、マスターの友達が入ってきた。以前に、何度か見かけた事があるダンディ爺ちゃんだ。ブラウニーのマスターは、落ち着いて優しげな老紳士。
「実はさあ、最近出んのよ、うち」
「出る?何が?」
「幽霊」
「ええぇ?」
「そんな顔すんけどさ。ホントなんだって」
俺達夫婦は、耳だけ老人コンビに集中する。
あからさまに聞く素振りを見せては、きっと2人が口をつぐんでしまう。
「どんな幽霊?」
「それがさ、お客さんなんだよねえ」
「なんだ、コスプレか」
マスターが苦笑いをすると、お友達が疲れた顔で否定する。
「違うよ」
「幽霊が、コーヒー飲んでくの?」
「元お客さん」
「常連さん?」
「そうでもないんだけど。顔覚えるくらいは、良く来たよ」
自分が死んでるって気づいてないパターンかな?
「なんかトラブルでもあった?」
「別にないんだよねえ」
「コーヒー楽しみだったのかな」
「まあ、そうだろ。良く来たから」
「死んでまで通ってくれるなんて、マスター冥利につきるじゃないか」
「うーん、それはそうだけどね」
ただ居るだけの幽霊なら、そのうち飽きて成仏すんじゃねえかな。家族が死んだときに、呼びに来るパターンもあるし。
「ああ、いたいた」
ってな感じで連れて行くんだよな。
「お客さん達がさ、寒いって言うんだよ」
「へえ?もうすぐ夏なのにな」
「ついでに、ちょっと生臭い風が吹き込んでくるんだ」
「それは困るな」
「だけど、魚屋もないし、ゴミ集積所も遠い」
「窓閉めてる?」
「閉めてるよ」
典型的幽霊案件だよなあ。大人しくても、生臭いのは迷惑だな。寒いのはまだしも。
「マスター、除霊たのんだら?」
カウンターの常連さんが口を出す。
どっかで見たような顔だ。誰だっけ。
「いやあ、そうしたいのは山々なんだけど。いんちきも多いだろ?見分け方なんか解んないしさ」
「近所に凄腕がいるよ」
常連さんが、チラリと俺達夫婦を観る。目があった。
「本当に?」
「ああ。ずいぶん前に看板下ろしてたんだけど。最近また始めたみたいだ」
「へえ。なんて人?」
「葛城さんての」
俺だな。ご近所さんか。名前わかんねえけど、顔見知りかもな。どうりで見覚えある筈だ。もしかして、親父か祖父さんが、軽いお祓い引き受けた事があんのかもな。
次回、コーヒー幽霊(後編)
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