買い物幽霊
妙子の提案で、『除霊拳葛城道場』の看板を掛けた。まだ、親戚から弟子を選ぶ所まではしていない。今のところ、妙子が朝の鍛練に付き合ってくれている。
走り込みや柔軟だけじゃなく、組手の相手もしてくれる。出来た嫁だな。タエちゃんは現役なので、なかなかに切れのある動きだ。他流派とはいえ、良い訓練になる。
俺は、塾講師の仕事は続けながら、伏見の炎小父さんと除霊の仕事へ復帰する相談を始めた。
炎小父さんの『狐火流霊獣作法』や、タエちゃんの仕事をサポートすることから馴らして行くのが良さそうだ。
タエちゃんは、昼間パートに出ている。除霊の仕事は夜だけだ。結婚当初は休んでいたが、最近復帰したそうだ。ちょうど、夜中にうろうろし始めた頃。全部仕事だったんだな。よかった。
「ケンちゃん、昼仕事一件頼めるか?」
「いいよ」
伏見の小父さんが、最初の手伝い仕事を持ってきた。塾は休みの日だ。当分は、除霊仕事が副業だな。
「このスーパーなんだけどよ」
小父さんが、スマホに資料写真を表示する。何やら黒い靄が、入口に淀んでいた。
「こいつか?」
「うん」
小父さんの説明を聞くと、悪霊で確定だな。タイムセールの時間になると、入ってくるお客さんが体調不良で帰ってしまう。倒れる程ではないが、買い物を続ける事が出来ない位には、具合が悪くなるんだと。
「スーパーに恨みがあんのかね」
「いやでも、タイムセールだけしか悪さしないんだよな」
「夜は出ないんだ」
「だから、昼仕事なんだって」
俺達は、指定の日に件のスーパーへと出向く。入口で店長さんと挨拶した。
「あー、いんな」
「あからさまに居る」
「はあ、やっぱり。よろしくお願いします」
「お任せ下さい」
黒い靄を纏った小太りの親爺が、スーパーの入口を睨んでいる。肩には、キャンバス地の地味なトートバッグを下げている。大きめのバッグだ。買い物用マイバッグだろう。
「親爺さん、何睨んでんだよ?」
俺は声をかけてみた。幽霊親爺は、此方を振り向く。
「兄ちゃん達、聞いてくれんのか?」
「おう、聞く、聞く」
伏見の小父さんも、頷く。
悪霊って言っても、話が通じる。まだ悪さする程度か。楽な案件かもな。
「実はさ、ここのタイムセールを楽しみに生きてたんだ」
「うん」
「去年心臓発作で死んじまって」
「ああ」
「もうタイムセールに来られないかと思ったらさ」
「うん」
「悔しくってよ」
「逆恨みだよな」
「まあ、そうなんだが」
「やめとけよ」
「けど、あいつら、平気でお得に暮らしてんだぜ?」
「生きてるからな」
「くそう、俺だって生きてりゃ」
黒い靄が膨れ上がる。
「おい」
幽霊親爺の表情が、凶悪になった。口から出るのは、最早言葉ではない。
なんだ、説得で成仏するかと思ったのに。仕方ねえな。
俺は、ズボンに手を突っ込んで、秘伝の紙屑を取り出した。伏見の小父さん曰く、『お札のようなもの』だ。
暴れるタイプじゃないから、心霊ちゃんに軽くお願いするだけでいい。紙屑を握りこんだ左手には大した力を込めず、控えめな拳を親爺さんに当てる。額にコツンとやる程度だ。
買い物親爺の幽霊には、それだけで充分だった。物凄く不満そうな顔で、俺達を睨み付けながら消えていった。
次回、ジョギング幽霊
よろしくお願い致します