古びた看板
葛城流除霊拳の道場が壊滅したとき、俺はまだ15だった。親戚は、みんな一度に色の悪霊に殺られちまった。天涯孤独の身の上だ。
幸い、伏見の炎小父さんが、後見人になってくれたので、俺は家を失わずに済んだ。誰もいなくなっちまった道場だけど、掃除だけは、ずっとしてる。
大きな悪霊事件は、国の機関が処理するらしく、特に捜査のための閉鎖もされなかった。大量変死事件の筈なんだけど、学校でも全く話題にならず、むしろ不気味だった。
表向きは、俺の両親が、不運にも揃って心臓発作で死んだ、と言うことになった。その結果、道場も看板を下ろした、と言う筋書きだ。
それなりに大勢の人が集まって、死体も次々に運び出されたのに、近所で目撃者が居ない。精神操作系の流派が噛んでんだろうな。
「けんちゃん、これからどうするよ」
「どうって、予定通り受験して、高校出たら経営学勉強するよ」
「道場継ぐ気か?」
小父さんは、驚いたようだった。
「他に出来ることもねぇしな」
「うーん、やめときなよぅ」
心配そうな小父さんの気持ちは、解る。今日みたいな事がまた起こるような世界だ。人間相手じゃないし、世間で認められた職業でもない。
伏見小父さんだって、司法書士って言う、表の仕事を持ってるからな。親父は、探偵やってた。昼の除霊仕事も自由に時間を使える仕事が良いって。道場は、副業って扱いだ。
「けんちゃん、まだ15だろ?悪霊相手の恐ろしい世界なんか捨てちまいな。経営学勉強すんなら、一般就職して、普通の人生送んなよ」
「俺、恐ろしくはねえんだよな。みんな急に死んじまって悲しいけどさ」
そうなんだ。俺は1度も、悪霊を恐ろしいなんて思ったことがねえんだ。子供の頃は、変なの、位にしか思ってなかった。
道場のみんなが襲われてる最中は、ヤクザか強盗に押し入られた程度の感覚だ。人が傷つく怖さや悲しさは、ある。でも、霊そのものへの恐怖なんか、ちっとも感じられねえ。
「大神霊様呼び出し放題だもんなあ。確かに小父さんたちとは、感覚が違うのかもな」
「普通の人とは、もっと違う気がすんだよ」
「なんだい、青春かあ?」
「茶化すな」
「ま、大学出るまで、ゆっくり考えな」
結局、俺は塾講師になった。道場は、看板を下ろしたまんまだ。看板は、物置の奥に突っ込んである。今でも、道場の掃除はするけど、看板は拭いたことないな。カビてんじゃねえかな。
俺は、なんだか気になって、物置に向かう。
ん?妙子か。大掃除でもしてんのか?
て、おい。
何持ってんだよ。
それは、
まさか。
タエちゃんが振り向く。小花柄の三角巾で頭を包んでる。似合うな。無駄に妖艶な笑顔だけど、キュートな柄も似合うんだよな。嫁、最高。可愛い。
「ねえ、これ、何?ケンが彫ったの?凄いね」
中学生の工作位に思ってんだな。
そう言うことにしたい。けど、看板には、神霊との契約が付いてんだよなあ。嘘はつけない。
「えっ、いや、何か昔からあんだよ」
「へえー、ご両親、何してた人?」
「探偵って言ったよな?」
タエちゃんが、スッと眼を細める。
怖い。
「ねえ、本当の仕事が聞きたいんだけど」
「本当って言われてもな」
「時々来る、元後見人の炎小父さん、狐火流の霊獣遣いだよね」
「えっ」
何だ?知り合いなのか?何で教えてくんねぇんだよ、小父さん。
「おかしいとは思ってたんだ。そんだけ凄い神霊の気配漂わせてんのに、只の人だなんて」
「は?」
「妻に隠し事すんの?何?他にも隠してんの?」
おいおい、浮気の証拠を突きつけられてる雰囲気だぜ。
「待てよ、怒んなって」
仕方ねえな。話すか。妙子も同業者だったしな。
「て、わけだ」
「ふうん。じゃ、看板上げようよ。道場もメンテばっちりなんだし」
「いや、元々親族道場で、他所から弟子なんか取ってなかったしよ。今さら看板たってなあ」
「アタシの親戚から、筋が良さそうなのスカウトしなよ」
タエちゃんがノリノリだ。
「表の仕事も、家で出来るのにしたら?」
「つってもなー」
塾だって、個人経営する程の実力ねえしな。
「お札の通販とか?」
「それ系はやんねえ」
詐欺臭がすんのは、嫌だ。
「じゃ、ケンも探偵やんなよ。アタシ、助手」
強引に決定される。
ま、それもいいかな。夫婦同業ってのも、乙なもんだ。
次回、買い物幽霊
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