陰ながら
都会の住宅街は、案外暗い。町内会で費用を出しあって、街灯を増設する町もあるらしいが。ここいらは、そんな気の聞いた行動をする奴ぁ居ねぇ。
ちょんちょんと灯る街灯を頼りに、神霊ちゃんの後を追う。街灯の間隔、空きすぎなんじゃねぇの。そろそろ陽も短くなって、塾帰りのガキ共が、ちょっと心配だぜ。
ジョギングおやじとすれ違う。高級そうな装備で、軽快に走り去る。すれ違いざまに、ちらりと侮蔑の視線を投げて寄越しぁがったな。昼間はまともな格好してるっつの。
おー、いたいた。タエちゃん、頑張ってんな。可愛いねえ。
神坊、ちょいと隠してくれや。なんつーかその、タエちやんも仕事だしな。大っぴらに手伝えねぇだろ。
うん。やっぱ、切られに行ってんな。黒い奴。とりあえずは、数減らすか。
俺は、秘伝の紙屑をポケットから取り出す。まあ、伏見小父さんに言わせりゃ、『お札のようなもの』だ。こいつは、ちょいと位の高い神霊を呼び出す媒体ってやつ。
タエちやんは、独特の模様が入った針に通した白い糸で、結界を張ってる。糸には、霊力が込められた和蝋燭を塗ってたな。なかなかに強力なんだが。あの悪霊には、全く効いてねぇ。
複雑に張り巡らされた糸に触れた霊は、触れた場所が切れる。そこを針で突っついて消滅させる技みてぇだな。結界が派手な割りには、地味なとどめだねぇ。
だけど、目の前の奴は、細かく千切れた後で、総ての欠片が元の大きさにまで膨らむんだよ。切った意味ねえ。
タエちやんは、地道にチクチクやってんだが、悪霊の増殖速度に、チクチクがちっとも追い付かねぇ。
けっこう広く張った糸の結界内が、どんどん黒く染まってく。
おりゃっ
俺は、靴底と拳に仕込んだ秘伝の紙屑で神霊を呼び出す。と、同時に、黒く渦巻く悪霊の顔面に、蹴りと拳を叩き混む。悪霊は、断末魔すらあげずに消し飛んだ。
俺が継いだ、一子相伝の秘術、『徐霊拳』だ。もっとも、秘術は奥義だけで、『葛城流徐霊拳』は、一門を成してたんだがな。子供の頃には、親父が率いる流派で、道場もあった。『徐霊拳葛城道場』って言ってな。
いまじゃずいぶん長いこと使ってなかったが、まだまだ動けんな。俺も捨てたもんじゃねぇ。
「おのれぇ」
悪霊が、しゃべった。
「成仏なさいっ悪霊たいさーん」
何やら無駄に色っぽい声だが、これ、地声な。声質に過ぎない。本人に全く悪気はねぇ。初めて会った頃には、思わず笑っちまったね。声と言葉遣いや話の内容が、全然あってねぇんだぜ。
「ようやく分身が出きるようになったと言うのに、チクチクと陰険な奴め」
何だ?分身?千切れてるだけじゃね?それ、自力じゃねぇよな?
「幼い頃から、分身の術を習得したい一心で、足腰を鍛え、死してなお励み、42年の年月を経て、いま、念願かなったと言う、この時にっ」
短かっ。
生きてる人間ならいざ知らず。死んでる奴らにゃ、42年なんて、まだ成り立てだろうがよ。
それに、分身の術ねぇ。どっかの流派にあったかな。あんま覚えてねぇな。他流派は、伏見小父さんとこの『狐火流霊獣作法』くらいしか、詳しくねぇんだよな。俺、15ん時に、家の道場壊滅して、それっきり徐霊師やめちまってよ。
ま、消えとけ。
俺は、適当に分身とやらの数を減らす。
「ふーっ、なんとかなった」
ださいパジャマの妖艶美女が、糸を回収している。再利用すんのかよ、それ。なんか気持ち悪ぃな、おい。
俺の紙屑か?煙になっちまったよ。再利用はしねぇ。悪霊触った奴、汚くね?焼いちまうのが一番だ。ま、その火も、神霊に貰うんだがな。お焚きあげみてぇなもんだ。
タエちやんは、せっせと回収した糸と針を、ポケットに入れる。そのまま、何食わぬ顔で歩き出した。家に帰るんだな。俺も帰って寝よ。
次回、葛城道場の悪夢