除霊幽霊(下)
黒くない方の幽霊は、擦り切れた着物にいわゆる浪人髷だ。だが目つきは鋭く落ち着いている。幽霊になっても離さない霊刀もまた、霊刀の幽霊になっている。
ややこしいが、そうなんだから仕方ない。
あの刀は実体じゃない。霊刀に宿っていた神仏っぽいやつが、刀身を失っても刀の姿をとっているんだ。
「あっち!」
操が眼を輝かせて走り寄る。霊刀が気に入ったみたいだな。
「危ない!下がれ」
浪人風の幽霊がこちらを見もせずに操に向かって叫ぶ。俺も操を体ごと止める。
「こら」
「あーっ」
ジタバタする操を押さえ込む。霊刀使いの幽霊は黒い奴に鮮やかな一太刀を浴びせた。黒い奴は消えてゆく。操は喜んで手を叩く。
霊刀使い幽霊が刀を納める。それから静かにこちらを向いて、丁寧にお辞儀してきた。知り合いではねえな。昔の人みたいだし。
「将来有望なお子様ですな」
幽霊が喋った。実直そうな人物だ。
「えへー」
「はあ」
操は褒められたと悟って満面の笑みだ。
「私も相棒も身体を失い申しましてな、お恥ずかしい」
「はあ」
「ふーん?」
操は幽霊と幽霊刀のコンビが気に入ったらしく、熱心に話を聞いている。
「申し遅れました。拙者、村雨道忠と申します。つまらない浪人者にて候」
「これはどうもご丁寧に」
俺が頭を下げると操も腰を軽く曲げてぴょこんとお辞儀する。頭だけ下げるのはまだ難しい。
「みーちゃん!」
操が元気に自己紹介をした。
「ほう。みーちゃんか。みーちゃんはとっても良い霊気を持っておりますよ」
幽霊は膝を折って操と目線を合わせてくれた。腰の刀がカチャリと鍔鳴りする。
「みーちゃんと我が友と話をさせてもよろしかろうか」
「霊刀さんかあ」
俺は少し警戒する。浪人の幽霊も霊刀の幽霊も、どちらも無害なようではある。だが、そこはやはり幽霊だ。この世の道理では動かないだろう。
「れーとっ?れーとっ!みーちゃん、おあーし」
「お話したいかあ」
「みーちゃん!みーちゃん!する!」
仕方ねえな。
まあ、大丈夫だろ。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「かたじけない」
浪人幽霊は再び立ち上がって数歩下がると、腰の霊刀を抜き放つ。そんな動作がなくても本当は良いはず。霊刀の幽体が、鞘だのなんだの形を作っているだけなんだよな。でも、まあ、生きてる時、霊刀も実体があった時の名残りなんだろ。
「れーとさん、みーちゃん、です!」
「みーちゃんか。よろしくな。ほれ、わしも加護やろ」
「えっ、ちょっと!」
遅かった。
「うん、よしよし」
よしよしじゃねえよ?
「拳神と剣神、あとは賢神にもらうとよいぞ」
「いやもう充分」
「けーしっ?けーしみっつ?」
「そうだよ?3人のえらあい神様と、ずうっと一緒だ」
「わーい!」
「こら、みー!知らない神様になんか貰うんじゃありません!」
「もあった!あっと、じゃいましゅ」
やべ。
どっかから湧いて出た賢そうな羽衣美人と、いつのまにか出てきた爺さんが、操になんだかもやもやした神霊の力らしきものを与えている。
爺さんは、俺のとこにちょくちょく命をタカりに来るやつだな。
「だめだみー」
「うむ、お前さんと、そうだ、特別にご内儀殿にも、大盤振る舞いだ」
「ほほ、ほんとうは遠いところにいる人に加護はやらぬぞえ?」
「感謝せえよ?」
「い、や、」
いらねえと断る間もなく、俺たち家族は加護を受けちまった。
呆然としてるうちに3名のケンシンは消えちまったぜ。身勝手なもんだな。神様なんてやつらは。
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