靴下幽霊
除霊拳葛城道場の看板を再び掲げて一年が経った。空手道場と勘違いして尋ねてくる親子や、冷やかしのオカルティストたちを適当に追い払いながら、鍛錬を続ける。
体力が上がるにつれて、ご先祖様が契約したっていう神霊の爺さんが頻繁に接触してくるようになった。呼び出してないのにだぜ。
ちょいちょい体力を持ってきやがる。
「なに、前払いだよ。いざって時に大技一つで倒れてたんじゃ、話にならない」
一理はあるけどな。
まして、いま妙子のお腹には新しい命が宿っている。もうすっかり母親の顔だ。可愛さと強さと、なんかこう、包み込む余裕まで出てきたな。
毎回じゃねえが、検診には俺もついてゆく。
そんなある日。
「拳、あれ」
ベビー用品の下見をして楽しんでいた俺たちは、デパートの洋服売り場で幽霊を見た。
どう見ても高校生の少女幽霊だ。不満そうに赤ちゃんソックスを眺めている。
そのブランドには、少女幽霊以外にお客さんは見えない。
「営業妨害してんな」
悪霊化はしてないが、見えない連中にもなんとなく嫌な感じを振りまいてるんだ。客足を遠のかせてしまう。
「なあ、なんで赤ちゃんの靴下睨んでんだ」
とりあえず話しかけてみる。
「睨んでない」
「じゃ、なんだよ」
「赤ちゃんですら、こんなに可愛い靴下履けるのに」
少女幽霊は、ブレザータイプの制服をきちんと着て、真っ白い学生ソックスを履いている。地味で真面目なタイプに見えるが。
「うちの学校、ワンポイントもダメ」
「それわかってて入ったんだろ?」
「場所とか成績とか、ここしか無理だったから」
仕方なく入ったのか。まあ、そういうこともあるだろう。
「服なんか、私服で楽しめばいいだろ」
「先生が巡回してて、私服も厳しい」
「私服も白靴下ってこたあねぇだろ?」
「でも、可愛いやつは見つかったら怒られる」
「ええー。行き過ぎじゃねえ?」
「ねえ、なんでここに来たの?」
妙子が話を遮った。
そう言えばそうだよな。なんで赤ちゃんソックスの売り場にいたんだろ。
「町で赤ちゃんが可愛い服着てるの見て、靴下もすごく可愛かったから、気になって見に来た」
「ふうん」
「赤ちゃんの靴下がこんなに色々あるって知らなかった」
「そうなんだ」
たいした理由はなかったらしい。
しかし、見ているうちに恨みの方が強くなっちまったのか。幽霊にゃありがちの展開だよ。
「あたし、靴下好きなんだよね」
「そうか」
「靴下デザイナーになりたいんだ」
ん?
なりたい?
なりたかった、ではなくて?
「なあ、あんた死んでるって知ってる?」
「え?」
「残念ながら、死んでるのよ」
「は?」
やばいな。
死んだと気づく瞬間も、悪霊化のきっかけになるんだよなあ。
「違うしっ」
「成仏しとけって」
「次はデザイナーになれるかもよ?」
「死んでないっ」
辺りに黒い靄が広がった。元々不満そうにしていたのだ。悪霊化し始めたら早い。
「ちいっ、しょうがねえなあ」
俺は秘伝の紙屑、いわゆる「お札のようなもの」をしっかり握った拳を突き出す。それから神霊ちゃんの力を借りて少女幽霊の頭をコツンと小突く。
「なにすんの」
少女幽霊は、最後まで不満そうにしながら消えていった。
お読みくださりありがとうございました。
次回は除霊幽霊。
更新日は未定です。




