虫取幽霊(完結編・下)
完結編は上下同時投稿です
この雑居ビルに入っていた靴屋が潰れた。
少年の頃には無かったカッコイイ靴、安くても履きやすい靴。子供の靴は様々だ。少年は、それを眺めに来ていたんだ。
ある日無くなってしまった靴屋を探して、ビルじゅうを駆け回り始めたんだな。
そんで、見つからないから悪霊化し始めた。トドメに妙子からの閉店情報。青白さが、顔から首、首から手足、そして全身へと広がって行く。幽霊だからなのか、服や道具までが青白く変色していった。
「ちっ仕方ねぇな。悪霊退散!」
長年居座って居ただけあって、少し力の強い神霊君の協力が必要だった。神霊赤ちゃん、神坊、神霊ちゃん達の次位だから、まあ、たいしたこたぁねえ。でも、ちょい疲れる位は生命力持ってかれんな。
「ぎゃっ」
伏見の炎小父さんが『お札のようなもの』と呼ぶ葛城流秘伝の紙屑を握り混み、神霊君の力を借りた拳を坊主に叩き込む。少年とはいえ、悪霊だ。色も不気味に変化して黒い靄が姿を隠す程に取り巻いていた。殴り付ける事に躊躇はない。
消える前、まともな姿に戻った少年は、自分語りを残して逝った。
「実はさ、老衰で死んだんだよ」
「へえー、なんでまた子供の姿に?」
「虫取大好きでさ。小さい頃、近所の原っぱに良く行ったんだ」
「ふうん」
「楽しかったなあ」
老衰した幽霊爺さんは、成仏する前に懐かしいはらっぱで虫取がしたかったそうだ。
「けどな、原っぱ無くなっててさ」
「だんだん街になったんだな」
「時代は変わるさ」
「解ってんじゃねえか」
来てみたら既に原っぱはなく、まだビルではないが商店街はあったんだと。
「でも、虫はいたよ」
「まあ、ゼロじゃねえわな」
商店街の時から、蝶やバッタが時々いて少年幽霊は楽しんでいたみてえだな。ビルが建ち、やがて意図せぬビオトープを作り上げた店舗が登場する。
「木や花の多い雑貨店あるだろ?」
「あるな」
「出来たとき、鉢植え一個だったんだ」
「へえー、だんだん増えたのか」
「うん。蝶やバッタが沢山来るようになった」
少年に戻った幽霊はさぞ嬉しかったろう。時々幽霊の網で、虫の幽霊を捕まえては、虫籠で成仏するまで飼っていたんだと。
「虫の幽霊が消えるの見たことある?」
「ねえな」
あるかも知れないけど、特に思い出せねえ。幼稚園の頃は虫取くらいしたんだが、そっから先は修行馬鹿だったしな。虫に興味はねえ。
少年姿の虫取幽霊爺さんが言うには、成仏する虫は、フワッと暖かな花の香りのする風を起こして消えるんだと。
「すごく優しい香りだよ」
少年姿の幽霊は、それもまた楽しみにしていたんだな。
「幽霊になってよかったよ」
いや、さっさと成仏してくれよ。そのほうが良いぜ。まあでも、だいぶ薄くなったな。
「へえー、いいなあ、虫の幽霊。私も探そ」
妙子は呑気に笑って、消えて行く虫取少年に手を振った。
お読み下さりありがとうございました
次回、靴下幽霊
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