虫取幽霊(完結編・上)
完結編は上下同時投稿です
「虫取網持った男の子の幽霊が来るんですって?」
おいおい、妙子。いきなりかよ。
「そんな事は特に聞かなかったですね」
ほらみろ。警戒された。店員は、さっさと店の奥へ戻ってく。
「んー。なんだろうね?男の子。何してんのかな」
「さあなあ」
コーヒーを飲み干した俺たちは、店員の冷たい眼差しに送られて店を出る。
この店は、道路からもビル内からも入れる造りになっている。そっちの扉を出ると、通路の奥に階段が見えた。生徒達に噂されていた階段だろうな。
俺たちは階段に向かう。そこそこ昇り降りしている人と行き違う。エレベーターもエスカレーターもあるのだが。せっかちな人や、健康のために階段を使う人なのだろう。
俺たちは当然、違う目的だ。虫取少年の幽霊を探している。
妙子が急に俺の腕に抱きついてきた。なんだ。害虫でも這っていたのか?
「ケン!あれじゃない?」
違った。少年の幽霊を見つけたのだ。
俺達は2階に差し掛かる所だったが、折り返して3階へと続く階段をかけ上る背中が見えたのだ。
白いランニングシャツ、レトロな虫籠、持ち手が細竹の虫取り網。間違いないようだ。
「かなりクッキリしてんな」
「不味いわね。急ごう」
タエちゃんも昼のパート帰りだから、商売道具の針と糸は持ってきて無いだろう。緊急の実務が発生したら、避難させるか。
ん?
「何だよ?」
俺が常備している秘伝の紙屑を取り出すと、妙子がじっと見てくるんだ。そういや、タエちゃん、俺の現場に来たことねぇか。
「観たい?」
「うん」
「管理会社に許可取ってくれる?」
「オッケー」
妙子は雑談が得意だ。女性特有の交渉術だな。さっきのカフェじゃダメダメだったが。
ん?電話してる妙子に神霊の気配がすんな。妙子の結界術に使う道具とは全く違う系統の気配だ。どっちかつうと、俺んちの神霊っぽい。
電話を切ってから、何かを待ってる。
「来た」
妙子の突き出す画面を見れば、電子契約書が。
妙子よ。洗脳はダメだ。あくまで控えめな契約内容であってもな。それより、いつの間に葛城の神霊と契約したんだ?まあ、妻だから妙子も葛城なんだし?使える権利はあんだがよ。納得いかねえな。
無事契約が成り立ったので、目の前を走る少年幽霊との距離を一気に詰める。
「こらっ、走ったら危ないだろ」
「なんだよ、オジサン」
「別に。坊主、何でこんなとこ走ってんだよ」
俺が聞くと、青白くいかにも幽霊的な顔を泣きそうに歪めた少年が叫ぶ。
「あったはずなんだっ」
「何が?」
「靴屋だよ」
「靴屋ぁ?」
「ああ、クツのサワ!安かったのにね」
「オバサン、知ってるの」
「うん。買ったことある」
「お店、何処にいっちゃったの?」
「もう無いのよ」




