虫取幽霊(前編)
塾の教室に行くと、生徒達が騒いでいた。
「何だお前ら。なんかあったのか」
「先生、知らないの~?」
「有名だよ」
聞けば、男の子の幽霊が塾の近くにある雑居ビルに出るという。以前から噂があったそうなのだが、ここ1週間程は殊更多くの目撃証言が報告されているのだという。
「麦わら帽子にダサい半パン履いて、白いノースリーブ着ててさ」
「先生、こいつ見たんだって」
ノースリーブ。恐らくはそんなシャレオツな服装ではねえな。タンクトップですらなかろう。もっとこう、昭和初期に子供やオジさんが着ていた下着っぽい白の「ランニングシャツ」に違ぇねえ。
「竹のポシェットみたいなの斜めがけにして、捕虫網背負ってた」
竹のポシェットは昔の虫籠だな。今時無いよなあ。虫取網を捕虫網なんてかたっくるしい言葉で呼ぶんだな、近頃の中学生は。虫取したことねえのかもな。身近になければ通称なんて知らんだろ。
「ビーチサンダルみたいなのを履いて、階段を駆け上がって行ったんだよ」
「通路を走ってるとこ見た人もいるんだって」
「お店でぶつかりそうになったっていうのも聞いた」
ゴムゾーリって言ってた世代か。ホントに随分昔の幽霊だな。あそこの雑居ビルって、そんなに古くはないはずだけど。なんでそんなとこを駆け回ってんだろうな。
雑居ビルと言うだけあって、店舗だけじゃなくていろんな会社の事務所もある。郵便局の分室みたいなのもあったな。
5階建てのそこそこ大きな建物で、1階から3階に幾つかの店舗が入っていた。都市銀行のATMと駐車場が地下にあった筈だ。
俺も妙子も地下はあんまり利用しねえから、うろ覚えだけど。
上の2階分が事務所だ。下にある店舗の事務所もあるし、全く別の会社もある。
幽霊とは言え子供の面白がるような場所はあったかな?
店舗だって、虫取りが好きな子供の興味を引くような商品を扱うとこあるかなあ。
せいぜい本屋くらいか。図鑑や絵本を売ってるよな。虫取網や虫籠を扱うような、おもちゃ屋だの子供向け文房具屋とか雑貨店も記憶に無い。
それにしても、最近急に活発になったのはなんでだろうな。今は冬だし、虫なんかたいしていない。珍しい蝶でもビルに迷い混んだのだろうか。
「ほんと怖ぇよなあ」
「ただ走ってるだけなんだけど、不気味なんだよ」
「真っ青な顔してノースリーブだもんなあ」
「無表情だったぜ」
悪霊化し始めてんだな。今日帰りに様子見に行くかぁ。
「そろそろ授業始めんぞ」
「はぁい」
「えーっ」
「だりぃ」
「ほら、ノート開け」
あのビル建つ前は何があったっけな。
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次回、虫取幽霊(後編)
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