庭園幽霊(完結編)
着物幽霊は、妙子とお喋りしながらも、ゆるゆるとツルバラのトンネルに近付く。
俺は油断せず、少し離れて着いて行く。うろうろ徘徊してる幽霊の中で、特定の場所で悪霊の本性を現す奴もいるからな。
離れてるのは、なんだ。まあ、他人のふりって程じゃねえけどさ。白熱着物トークに着いてけないんでね。
ほんと、楽しそう。
「ツルバラのアーチやトンネルは、色々な庭園にあるけど、ここのが一番素晴らしいわ」
話はいつの間にか、薔薇の話に変わっていたらしい。あれこれと薔薇で有名な庭園の名前や、見処の話題が聞こえてきた。
俺は何気なく検索してみる。例えば、個人宅が公共の庭園として公開されたと言う話は、どうやら150年くらい前の出来事のようだ。
その頃はまだ、生きていたんだろうな。
「咲かない時期の手入れも、ここの庭師さんは素晴らしいのよ」
幽霊は、自分のことのように自慢する。
咲いてない時期の薔薇園なんて、温室くらいしか見処無いかと思ってたぜ。マニアは違うんだね。
「代替わりしても、ダメになるどころか、良くなってるの」
まるで孫自慢だな。まあ、150年近く見守ってるんじゃ、そんな気にもなんだろ。
特に人や思い出への執着心は無さそうだな。
ただ単にバラが好きなのか。その想いだけが残っちまってる。
「トンネル抜けたら、終わりにしませんか」
俺が声をかけると、着物幽霊婦人はぎょっとする。やや攻撃的な眼で俺を見てきた。
「終りだなんて。あなた、何をおっしゃるのかしら」
いつまでもバラを観ていたいので、ご婦人は成仏を嫌がる。でも、そんな訳にもいかねえよ。
「薔薇園だって、閉園時間があるでしょう。何時までもいるお客は迷惑ってもんです」
俺は説得を試みる。
「そんなこと」
ご婦人の体から、黒っぽい靄が立ち上がる。良くない兆候だ。
「このトンネルが花時を終えたら、逝きますよ」
つん、と幽霊は冷たい声を出す。
本当に成仏する気があんのかよ。子供か。
「だいたい、いつからここに居るんです?」
俺は、呆れて聞いてみる。
幽霊は、不審そうな目付きをしながらも、死んだ日を告げた。
「えっ」
150年どころではなかった。もうちょっと、もう少し、と引き伸ばすうちに、もう300年の月日が経っていた。
なんと、着物も流行を取り入れて、替えるのだとか。妙子によると、レトロ風着物も今流行っている物のひとつだと言う。
「幽霊って便利よぉ」
話し方も、時代に合わせて進化している。流石、人の集まる場所で過ごす幽霊だな。
この薔薇園には、開園当時から通っていたのだ。そのときは、まだ子供だったと言う。その頃ここは舶来趣味で園芸狂いな殿様が住むお屋敷で、外から見える庭園があったのだと言う。
それからずっと、通い続けた。商人と出会って遠方にお嫁入りしてからは、遠い想い出の中で通い続けた。この薔薇園を忘れたことは無いという。
死んだ日、成仏前にもう1度観たくてやってきた。
そのまま居着いてしまったようだ。庭園が公立の薔薇園になってから、規模は縮小されたそうだ。
妙ちゃんと話していた別の庭園へは、驚いたことに死んでから出張していたらしい。
執着心はこの薔薇園に対するものではなく、薔薇園一般に対するものだった。
「だって、幽霊は、帰らなくていいのよ?眠る必要もないし。一日中、バラをみていられるんですもの。言うこと無いわ」
気が向けば他の薔薇園にも、時間を気にせず移動する。
「休園日とかも、全く関係ないのよ」
いつの間にか、黒い靄は消えていた。冷たかった眼差しも、話す内にむしろ自慢げに変わった。
いや、自慢されてもな。俺、羨ましくねえし。
執着心というより、だらだらずるずるしていただけか。しょうがねえ幽霊だな。
けどまあ、さっきみたいに何かの切っ掛けで悪霊に成られても困るしな。トンネル抜けたらお引き取り願おう。
俺は、最近持ち歩いてる秘伝の紙屑をポケットに探る。今日は、薔薇園デートだからボロズボンじゃねえぞ。ちゃんとアイロンかけた綿パンだ。
白いツルバラだけがみっちりと絡み合って作るトンネルは、不思議な白い空間だった。香りはあまりしない。そういう品種なんだと。その代わりに沢山花がつくとか。
幽霊は、楽しそうに話しながら、トンネルを抜ける。俺はトンネルの終点で、炎小父さんのいわゆる『お札のようなもの』を摘まんだまま肩を叩く。
「さよなら」
妙子が手を振ると、幽霊は不服そうに消えて行った。
次回、虫取幽霊
よろしくお願い致します
追記
今回、エピローグを分けようかとだいぶ悩んだのですが、何時もより字数多くても完結編で終わることにしました。
何かアドバイスがあれば、ご教示願います。




