僕の好きな人は下世話で口数が多い
01
時は数日前に遡る。
いつも、羽月伽耶さんが喋るとだいたいこんな感じ。
「1-Aの斎藤君と2-Dの山橋女子が逢引してたって!」
「男女バスケ部同士ってお似合いだけど高身長カップルって大変そうよねぇ。色んな意味で♡」
「愛妻弁当? 料理で胃袋キャッチなのね、さっすが神谷ちゃん!」
「おにぎりってさあ…… 間接キスにカウント出来そうじゃない?」
「だって手のひらだってお肌よ? 直よ? ラップ使わなかったら間接的Bって言っても良いでしょコレ♡」
「あそ~そ、お陰様で間に合ったのん。今日の購買部はギリだったぁ」
「このタマゴサンドは昨日より旨いわー」
「絶対、美味度が高いわ♡」
「ちょっと暑くなってくるとアイスクリーム食べたくならない?」
「炭酸系の飲み物の夏適性は神よね」
「青木先生の情報ならいくらで買う!? いやまだゲットしてないけど」
「調理実習で作ったクッキー、予想外に儲かったわぁ」
「いやいやいやぁ、寄付だよお、キ♡フ♡」
「正しい使い方なんて、誰が決めるの? わたししかいないっしょ!」
「だからこそ初穂ちゃんの靴なら舐められる!」
「ところでぇ、大幡くぅん、バストいくつ?」
「身体検査で覗けそうなスポット教えてくれたら、こちらも相応の情報を漏洩させちゃう用意があるわ!」
以上、ここまで昼休みの会話(羽月さんパートのみ)でした。
しかし先程の話題が呼び水となってか、現れた人物が。
「はいそこまで」
「きゃうん」
「騒ぎ過ぎ」
ポコン、とコミカルな音を立てて、頭を叩かれた羽月さん。
英語の教科書で叩いたのは、副担任の青木先生。
羽月さんの襟首を掴んで連行していく。
コレも風物詩になった。
クラスの男子から笑い声が上がる。
また午後の授業前までお説教だろう。
先生…… 羽月さんを見張ってたのかもな。
二人が立ち去った後。
女子からは多様な声。
「またあの娘 五月蝿すぎ……」
「端に寄ってればいいのに……」
訂正。
悪意のみでした。
女子人気のある内藤や鈴原君にも気兼ねなく話しかけたりしている所為、らしいけど…… 怖いね。
クラスの女子生徒ほとんどから距離を置かれている現状だが、彼女が気にする様子はなかった。
まぁそれは僕らもだ。
仲間の輪から羽月さんが抜けて、3人となっても多数派を気にはしない。
クラス内で彼女だけが距離を置かれているわけじゃないから。
「懲りないよなぁ」
「ブレないよね、ホント」
僕の友人、笠木伸と、羽月さんの友人、平初穂さん。
この二人は幼馴染みだ。
ただ「もげろ」と言われる筋合いはないらしい。
……まあ、色々あるのが思春期ですよ。
例えば僕、大幡桂馬。
中学時代に柔道をしてたけれど、試合中にカッとなってしまってヤラカシ、それから暫く、他人と話す事ができなかった。
伸も自分の趣味(天文学)について熱く語りダダスベるヤラカシがあって、席が前隣の僕が唯一の話し相手になっていた。
……星かぁ。
分からない事は分かってるけどなぁ。
伸の幼馴染みの平さんは、あまり話せていないのもあり、一緒に居ても人物像が掴めていない。
ただ、羽月さんや僕達と一緒に居るのが当たり前である様で、口数の少ない聞き上手という事は分かった。
「伽耶ちゃんまたジュース飲みそこねてる」
静かで、人当たりもいいのに、何でだろう。
長い前髪に隠れがちなその目が、羽月さんを追いかけ光っていた気がする。
……見間違いかな。
とにかく。
羽月さんと少しの時間を共有出来てから。
僕は彼女が気になっている。
きっかけは、入学早々話し掛けてくれた事。
僕はまだヤラカシを引きずっていたので返事も出来なかったけど、その活力に満ちた姿に目を奪われた。
それから色々な顔を、見てた。
春はオリエンテーション、部活動紹介、勧誘週間。
今でも続いているこのグループはラッキーだった。
誰彼かまわず話し掛け、そして追い返されていた。
どうやらノリが軽すぎて怒られていたようだが、次々に飛び回る姿は実に楽しそうで。
新入生歓迎会では既に彼女を勧誘する部活は無くなっていた。
唯一声をかけてきた新聞部は、彼女自身が「リロセーゼンと文章を書くってキャラじゃないし?」と断っていた。
……皆が頷いていたのは、ナイショだ。
そして、施設オリエンテーションキャンプ。
学区内の提携キャンプ場での宿泊体験。
人一倍はしゃいで、人一倍騒いで、人一倍動き回っていた。
お陰か、夜は静かだった。
賑やかな彼女の居る日常は、僕にとって掛替えの無いモノになった。
そして……。
好きになっていた。
僕の好きな人は下世話で口数が多い。
羽月さんは、細身の美少女だ。
少し吊眼で、仔猫の様な瞳。
普段は勝ち気な表情でも、喋りながらくるくると変わる。
左目の泪黒子は髪型で隠しているけど…… 気にしているのかな。
華奢な体で、男勝りな喋り方。
癖ッ毛な茶髪をいつもポニーテールに纏めている。
そして、細い首筋、肩のライン。
いつもの下世話で賑やかな振る舞いも、周りに楽しんでいて欲しいからなのだと、会話が増えてから気付いた。
そして、よく聞いていたから分かった。
彼女は「悪口」を言わない。
下世話、イロモノや批評と入り交じるが、誰かを悪く言ったりしない。
羽月さんは、僕にとっての素敵を殆ど揃えていた。
考えてみれば…… 好きにならない理由がなかった。
「ケーマ、今日は何する?」
「いや、考えてない。平さんは?」
「伽耶ちゃんが、ブンブンに行きたいって言ってたよ」
ブンブンとは『文房具店の分部』の通称で、僕らの溜り場。
駄菓子屋も兼ねてるし、馴染みになって居心地は良い。
店長さんは物静かなお爺さんで、長々居座っていても言い咎められる事はなかった。
「決まりだね。今日も買い食いだ」
☆
放課後。
少し煤けた店先に並んだ文具(少々)と、棚に並んだ駄菓子(多数)。
奥にはゲーム筐体が3つ、小さな机が2つ、椅子5つ。
レトロと言うかクラシックと言うか……。
和むなぁ。
「わたしはコレとコレとコレとコレッ」
「じゃあ私もソレ~」
羽月さんと平さんはお菓子選びが楽しそうだ。
僕は既に選んで会計済み。
最近は笛ラムネでちゃんと曲を奏でてみたりが楽しい。
一方。
「ぐぬぬ……」
悩みまくる伸がいた。
今月は買いたい本が多くてピンチらしい。
なんか分厚くて高い本を先日買ってたな。
「……また本買うのか」
「仕方無いんだよ、世紀の大発見『ブラックホールの構成が判明!? 新説による事象の地平線の否定!』があったんだから!!」
「おぉ、そうかい」
この話題の時だけ勢いを増す伸を避けて、店を出る。
と、珍しい人物がいた。
「内藤」
だいたいは取り巻きの3人、通称「3崎」と一緒にいる、クラスカーストのトップグループ(羽月さん調べ)。
そして今日はその取り巻きが、居ない。
内藤は電車通学勢だから、帰り道ではほぼ見ないし遭わない。
委員長たちと一緒の時は駅方向のファストフード店か、図書館の縄張りに行くらしいし(羽月さん調べ)。
「やあオオバタ」
同じ中学から来た彼は苦手だ。
色々知られているからな……。
「羽月さんは一緒かい?」
「……中に居るよ」
何だろう、嫌な感じだ。
彼と羽月さんに接点はあまりなかったと思うのだが。
それ以上会話はなく、内藤はブンブンに入って…… 直ぐ立ち止まる。
「探したんだよ」
僕の息も止まる。
すれ違って出てこようとしていた羽月さんの、腕を掴んで引き留めていた。
「羽月さん、この間の事、考えてくれた?」
「やっ、ちょ、何いきなり」
「答えが早く聞きたくて。うっかり連絡先教えてくれなかっただろ?」
真剣な顔をして、羽月さんに詰め寄る内藤。
まてまて何の答えだ、おいおい連絡先とか、マジかよ何なんだ。
頭がパニクる、やめてくれ。
「……とりあえず離してよ」
「いや、またはぐらかされると困る」
「何が困るの」
「俺が…… 分かるよね?」
なん…… なんだ。
とりあえずその手を早く放せ内藤……っ。
「伽耶ちゃん?」
「……とにかくお店から出ましょ?」
心配そうな声を上げた平さんの存在に、内藤は腕を掴んだまま羽月さんと一緒に店を出てきた。
……息をホントに止めてたわ、やっと呼吸が出来る。
はーっ、空気うまい。
内藤は店先のベンチに座り、羽月さんにも座るように促すが、彼女は断りながら硬い表情でこちらを見ていた。
普段に無い、自信の無さそうな。
……珍しいな。
内心で笑ってしまう。
緊迫した雰囲気の中だけど、何だか力みが抜けてきた。
そして、決めた。
手助けしよう。
『内藤からの告白』だったとしても。
望んでいる展開ではなさそうだしな。
もしかしたら、別の何かに巻き込まれたのかも知れない。
まぁどっちでもいいや。
だって、羽月さんだからどちらもあり得る。
「さぁ、答えて」
内藤が俺達の視線を集めながらもう一度問いかけた。
彼女が、内藤に言った言葉は。
「わたし……
大幡くんと結婚を前提にお付き合いしているので!!
ゴメンナサイ」
そして、時が凍った。
……………… 嘘にしても、もうちょっと考えよっか?
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