魔物の脅威
「よいしょっと!」
地べたに置いてあった大きいリュックを背負う。朝早くに出かけてたときと比べて、ずしっとした重みが伝わってくる。
「う~ん、ちょっと色々と採集しすぎたかな~」
誰に言うでもなく、僕はそう呟きながら、山頂を目指しさらに歩いていく。今日はさらに高いところまで進んで、素材集めをする予定だ。
「何が見つかるかなあ~、ん?」
木々で生い茂っている山道を歩いていると、少し先の方に開けた場所が見えた。日の光が遮られることなく降り注いでいて、すごく明るい。薄暗い山中と雰囲気の違う場所。
何かあるかも。
歩調が速くなる。
「おっ! おおっ!!」
日の光が降り注ぐ開けた場所に到着した。そこには、青空の下一面にびっしり生えている治癒草。日の光を反射している若葉がすごくきれい。
うん、上物だ。それを取り放題って感じ。やったー!
治癒草の草原に勢いよく駆け寄って―、
カツンッ。
「いいっ!? わわわっ!?」
石ころに思いっきりつまずき、草むらにダイブした。
耳に飛び込んでくる、草が盛大に擦れる音。その後に、鼻を通り抜ける青葉の瑞々しい香り。そして口に広がる、優しい甘い味。
「んん、美味い」
こけた時に口に入ってしまった治癒草を食べる。うん! 旬の味だよなあ~。
「よっと」
うつ伏せの状態から体を起こした。こけて着地していた場所に座り込み、もう一度ぐるっと辺りを見渡す。
微風で揺れる、治癒草の草原。まるで大海原のようで、見ていてとても気持ちが良い。膝程の高さがある治癒草に、そっと触れた。葉がとても柔らかい。そして茎も。思わず顔がにやけてしまう。治癒草の先端、頭頂部の新芽を摘み取る。そして、口に運ぶ。
「うん、これなら食用にいけるな」
春に芽吹き、急成長するこの薬草は、腰ぐらいの高さまで成長する。普段食べたりはしない。生でなんてなおさらだ。成熟した物は筋張って固くなってしまう。それに苦みが強い。さらに市場で売られているものは乾燥させているので、苦みが増している。それを大量に粉末状にして、蒸留水に溶かし、ろ過の工程を終えると、回復薬が完成する。効き目は抜群。『苦い! でも、もう一杯!』ってフレーズで定番だ。でも―。
治癒草の新芽を次々口に運ぶ。
「う~ん! あ~、このほろ甘さはやめられないなあ。市場でも、治癒草の新芽を売ってくれたらいいのに」
まあ、成長途中のものは回復の効果が薄いから、薬の材料として売れないので仕方ないか。
「まあその分、この密集している場所でいっぱい採っとかないとな! 良い場所見つけたなあ~、ではさっそく♪」
背負っていた大きいリュックを下ろし、開く。周りに生えている治癒草を次々引っこ抜いては中に入れていった。
〇
ぐぅ~。
「ん?」
お腹がなって、ハッと気づいた。一旦、治癒草の収穫を止めて、空を見上げる。日がだいぶ高く昇っていた。こりゃあ1時間以上は取り続けていたなあ。
チラッと、リュックに目をやると、ぼってりと膨らんでいた。ちょっと収穫しすぎたかも。そう思うと、急に疲れも感じてきた。うん、お昼にしよう。
リュックから弁当を取り出した。山頂からの風景を見ながら、一口。
「う~ん! うま!」
景色を楽しみながら食べる弁当は最高だった。
「ここからだと、町も見えるなあ」
自分の住んでいる町の景観が見下ろせる。
僕の住んでいる、大好きな町。
頬をなでるそよ風が、治癒草の大海原を優しく擦らす。とても穏やかで心地よく、不思議な気分だった。
「魔物の凶暴化、って騒がれているのが嘘みたいだよな」
都市部では、大きな戦いにもなっていたりして大変とは聞くけど。でも僕の町ではそんな兆しが無くて。魔物と言っても、とても可愛らしいものだ。剣術や魔法が使えない僕でも追っ払ったりできる。
「でも……、いつか、凶暴な魔物が町に襲てくるかもしれない」
その時僕は、戦う事ができないんだろうな。そして、町の皆は、戦うんだろうな。力の無い者を守るために。命をかけて。
僕の父さんや母さんがしてきたみたいに。
胸が小さく痛く感じた。気持ちが急に落ち込み始める。あ~、だめだめ! せっかくこんな良い所みつけたのに!
「いつ凶暴な魔物がくるかなんてわからないんだし。うん! そうなる前に、いろんな素材集め楽しまなきゃ! それに集めた物が何かの役にたつかも!」
弁当の残りをかきこむ。
「ごちそうさまでした! よし! もうちょっと治癒草を採ってから、山の上まで進んでみるか!」
カサカサカサ!
「いっ!?」
騒がしい音に、思わず振り向いた。茂みの奥。
「……、き、気のせい?」
カサカサカサ!!
「なっ!? なにかこっちにきてる!?」
鼓動が早くなる。ま、まさか、ま、魔物!?
ガサッ!!
「うわっ!? へっ?」
森の茂みから飛び出してきたのは、可愛らしいデビラビットだった。戦闘力が低い、可愛らしい小動物の魔物だ。子供の僕でも追っ払える。
「なんだよ、もう~」
慌てて損した気分だった。
デビラビットが勢いよくこちらに向かってくる。弁当でもほしいのかな。
「ごめんな。もう全部食べちゃったんだよ」
そう言いながらデビラビットの方に空の弁当箱を向けた。
「ピィー!!」
「わわっ!?」
デビラビットの突然の威嚇に思わず道を開けた。そのまま真っ直ぐ全力で走り去っていく。
「いっ、一体、どうしたんだ?」
パキッ、パキッ!
枝が割れる甲高い音。思わずそちらに顔を向けた。茂みが大きく揺れされている。デビラビットではない、大型の動物が近づく気配。その気配は、茂みから堂々と現れた。
「グルルルルルッ……」
「えっ……」
初めて本物を見た。
この山にはいないはずの魔物。
「キ、キラーウルフ……!」
赤く鋭い眼が、僕に狙いを定めていた。