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人域序列一位、レジュラ

 ゴミ箱。

 それが彼の最初の名前だった。

 どこの誰とも知らない女から生まれた彼は、ゴミ箱に捨てられた。

 ゴミと共に数日生きた赤子は、悪運が強かった。

 そのため死ぬことはなく、ホームレスに助けられることになる。

 そこから数年、彼はホームレスに育てられた。

 残飯という栄養不足の食糧事情、不摂生な環境にも関わらず、子はすくすくと育った。

 悪運だけでなく、彼は恵まれた健康な身体を持っていたのだ。

 黒人であった男は、白人の男に育てられた。

 しかしその間に差別も区別もなかった。


 スラム街では常に危険が伴う。

 そのため、ホームレスは寝床を転々とすることもあった。

 幸いにも、そのホームレスは比較的善人で世話好きだった。

 ゴミ箱と呼ばれた子供は最低限の世話をして貰っていた。

 だが、それは彼にとって唯一の幸福な時間だった。

 五歳になった時、ホームレスの男は街のチンピラに殺されたのだ。

 理由はただの暇つぶし。

 それだけでサンドバックとなったホームレスは殺されたのだ。

 たった五歳の少年は、天涯孤独の身となった。

 だがそれまで弱肉強食の中を生きていた少年は、奪われることを許さなかった。


 五歳。

 その子供はすでに生物として必要なものを持っていた。

 飢え。

 圧倒的な飢え。

 常に求め、常に奪う。

 その考えが彼にはあった。

 ホームレスの男が彼の世話をしていたことで、その飢餓はほんの少しだけ癒えていた。

 だがその歯止めがなくなったことで、少年の枷はなくなった。

 少年は十代後半から二十代前半のチンピラどもを殺した。

 力がないので、真っ向から戦えば負ける。

 当然、寝こみを襲った。

 そんな単純で残忍な方法を五歳の子供が成し遂げてしまった。

 この時を最後に、誰かのために行動したことはない。

 少年は常に飢えていた。

 まず食事に飢えた。

 もっと食べたい。もっとうまいものを食べたい。

 その思いから窃盗、強盗をおこなうことを思いつく。

 それが六歳の時。

 彼一人の犯行でありながら、官憲の類に捕まらなかったのは、異常なほどの警戒心と、嗅覚があったからだ。

 飢えが満たされると、今度は強さを求めた。

 逃げて戦うことにストレスを感じ始めていた少年は、己を鍛え始めた。

 七歳という年齢で、常に己を痛めつける苦行を始めた。

 それは現在でも続いている。

 鍛え、喧嘩をし、命がけの戦いを経て、彼は成長する。

 十三歳の時には、地区最大規模のギャングのリーダーになっていた。

 その時まで、彼には名前がなかった。

 だがその時、初めて彼は自身の名称に興味を持った。


 レジュラ。


 それは王の名前。

 彼の世界で最も有名で最も残忍で、最も栄華を誇った国を統治した王の名前。

 その日から、彼はレジュラと名乗った。

 彼には恵まれた体格があった。

 頭もそれなりによく、直感力にも優れていた。

 彼は一度も負けたことがなかった。

 飢えていた。

 常に飢えていた。

 食べ物に飢え、強さに飢え、地位に飢え、女に飢え、何かにつけて飢える。

 欲する。欲して奪って手に入れて、また何かを欲する。

 その繰り返しの中、彼は鍛錬を続け、強さを求め続けた。

 飢餓の中で、決して満たされることを知りつつも、それでも求め続ける。

 求め続け、奪い続ける。

 そんな彼に迎合する人間が増える。

 二十一歳の時。

 彼はその世界の王となった。

 圧倒的な強さを誇る彼を支持する人間は少なくなかった。

 腐っていた世界を統治することになったのは必然だった。


 だが。

 彼は。

 再び飢えた。

 より渇きを感じた。

 得たことで飢えが顕著になる。

 そんな中、彼は異世界へ転移する。

 すべてを手に入れた男は、すべてを捨てて、再び渇きを満たそうとした。

 それが。

 人域最強の男、レジュラだった。


   ●○●○


 謁見の間。

 そこはただの虚構の部屋。

 部屋に敷き詰められた財宝と食料と本と女。

 その中で、レジュラは豪奢な絨毯の上に座っている。

 黒い肌、鍛え抜かれた体躯。身長二メートル十二センチ。

 ゴメスよりは細いが、人類の中では確実に上位層に入るほどに恵まれた体躯。

 そして脂肪一つなく、彼の身体は研ぎ澄まされている。

 彼の顔には自信に満ちており、彼がその場にいるだけで空気が変わる。

 尋常ならざらぬカリスマ性。

 それが彼にはあった。

 薄布を着ているだけのため、身体の線が浮かんでいる。

 それは女達も同じだった。


「レジュラ様ぁ、次は私とぉ」

「ああん、私ですわ」


 どこぞの最強だった女ども。

 屈強で筋肉質だった女達は、戦士から雌に変わっている。

 情けなくも、レジュラ以外の男は、彼女達に雄と認識されていなかった。

 己よりも弱い雄を魅力的に感じることはなかったらしい。

 だが、この世界では強さこそ正義。

 最強であるレジュラに迎合することは、当然と言えば当然だった。

 多種多少な人種の女達がレジュラに寄り添う。

 多くの生物を殺し、その頂点に立った女達が一人の男に媚びている。

 肌に触れ、愛でてほしいという欲求を隠しもしない。

 レジュラは酒を飲みほし、おもむろに立ち上がる。

 そのまま入り口付近に移動すると、片手を上げた。


「客だ」


 その一言で、女達は部屋の隅に移動した。

 先程までのだらしない所作はなく、訓練されたメイドのように整列した。

 閑寂な空気の中、正面の扉が開かれた。

 光が射す中、相手の姿が見えると、レジュラはじっと見つめる。

 謁見の間に入ってきた男は、アキラだった。

 彼の後ろからヒューイが続く。

 明らかに怯えているが、それでも逃げるつもりはないらしい。

 が。

 部屋に入った瞬間、ヒューイの身体に異変が起こる。

 ぶわっと汗を掻き、足がガクガクと震える。


「あ、あ、ああ、あ、あ」


 瞳孔が開いている。

 数瞬の間、それだけでヒューイは平静を乱す。

 そんな中、アキラはレジュラに近づき、数メートルの距離を保ち、歩みを止めた。


「あんたが最強か?」


 気おくれもなく、自然体のままにアキラは言った。

 その豪胆さたるや、ヒューイには理解できない領域だった。

 なぜならヒューイはレジュラを前に、失禁を耐えることで精一杯だったからだ。

 おかしい。

 あれは、おかしい。

 あの空気、態度、存在が。

 あれは人間ではない。

 化け物の類だ。

 人の形をした何か。

 そう思わせる何かがあった。

 ヒューイは部屋の隅に這いずりながら移動した。

 立っていられず、地面に倒れ込んでしまった。

 勝てない。

 あんなのに勝てるはずがない。

 逃げて、アキラさん。

 そう思うのに声にならなかった。

 何とか息を保ちつつ、ヒューイは動向を見守ることしかできない。

 時間は流れる。

 無言のまま、レジュラはアキラを見据えた。

 感情の波はどこにもない。

 レジュラは動揺する様子もなかった。


「そうだ。俺が最強。人域最強の存在。レジュラだ」

「そうかい。俺はアキラだ」


 レジュラはアキラの足元から頭の先まで眺める。


「見ない顔だな。新人か?」

「数日前に来たばかりなんでな」

「……数日、それでここまで来るとは、腕に覚えがあるらしいな」

「最強に飢えるくらいにはな」


 アキラが言うと、レジュラは僅かに動いた。

 同時に。

 衝撃が走った。

 重低音と共に情景に変化が生まれる。

 アキラが空中に飛び上がった。

 頭上に昇ったアキラの姿を、その場にいた全員が見つめる。

 キュッと小気味いい音が聞こえる。

 レジュラが横に回転し、蹴りを繰り出す。

 踵が振り下ろそうとしていたアキラの顔面に蹴りが埋まる。

 横方向に吹き飛んだアキラは、そのまま壁に叩きつけられると、地面に落ちた。

 沈黙。

 誰も喋らず、音はなく。

 その中で、ヒューイの喉が鳴った。

 いったい何が起こったのか。

 見てわかる程度には動体視力はある。

 だが現実に脳が追いつかない。

 あんな芸当を普通の人間ができるとは思えなかったのだ。

 だが実際に起きている。

 女達は日常的な光景だと言いたげなほどに冷静だった。

 目を僅かに伏せ、レジュラの行動を見もせず、彼の勝利を疑っていない。

 レジュラは姿勢を正して、アキラに向き直る。

 レジュラという男はやはり全世界人類上最強の人間なのだ。

 もはや疑いようもない。

 ヒューイは、今までのアキラの強さも忘れ、ただただ恐れた。

 そして理解する。

 この男には誰も勝てない、と。

 ほぼ無傷でここまで来たアキラを一瞬で倒したのだ。

 と。


「起きたらどうだ?」


 レジュラが言った。

 数秒の間隔を経て、アキラはスッと立ち上がる。

 服についた埃を払い、首をコキコキと鳴らす。

 部屋の奥の方で僅かな喧騒が生まれる。

 女達が動揺している様子だった。


「そんな、レジュラ様の攻撃を受けて、まだ無事だなんて」

「あの男、何者……?」


 彼女達の反応を見て、ヒューイはようやく冷静さを取り戻す。

 ヒューイはアキラの同行者。つまりアキラ側の人間だ。

 そのアキラが弱ければ、彼自身が殺される可能性もあった。

 つまり単純に怖かった。

 だが、アキラがレジュラに対抗できるのではないかという希望を持った。

 故に、彼は動揺を抑えることができた。

 ヒューイは震える足で立ち上がると、アキラの動向を見守る。


「悪くねぇな」


 端的に感想を言ったアキラに対し、女達が憤る。


「何様よ、あいつ。レジュラ様に対して」

「どうせ今だけよ。口だけの連中なんてごまんといるんだから」


 数メートルを保ったまま、アキラとレジュラが構えた。

 攻撃範囲までは程遠い。 

 共に素手。道具はない。

 手も足も届くはずもない。

 だが、その距離を保ったまま、互いに動かなかった。

 ヒューイは理由もわからず緊張する。

 まだその時ではないと思いつつも、まるですぐに決着がつくかのように思えた。

 瞬きをする。

 目を開けると。

 二人は一瞬にして距離を詰め、顔面を殴り合っていた。

 クロスカウンターのような状況。

 地が空気が震える。

 その衝撃で、ヒューイの髪がなびく。

 ドンという重低音と共に押し負けたのは。

 アキラだった。


「ぬんっ!」


 レジュラの勢いはとまらない。

 のけ反るアキラに追い打ちをかける。

 腕を伸ばしたまま一歩踏み出し、肘を突き出す。

 連続した攻撃にアキラは回避ができない。

 腹部に直撃し、アキラは身体を折った。

 追随した膝はアキラの顔面を穿つ。

 レジュラは回避を許さない。

 猛攻の中、アキラは防御に徹することしかできない。

 顔、胸、腹、足、防御の穴を縫い、華麗な攻撃が刺さる。


「リィシィィッ!」


 お手本のような右ストレートがアキラの顔を襲った。

 硬い音と共に、アキラは後方へ一回転する。

 衝撃のまま、再び壁に激突した。


「あ、あ、う、うそっ……」


 あのアキラが。

 ここまで最強達を簡単に下していたアキラが。

 レジュラには手も足も出ない。

 勘違いしていた。

 もしかしたらこの人ならば、レジュラにさえ勝てるのではないかと。

 そんな淡い期待は一瞬にして消える。

 レジュラは別格なのだ。

 二位の人間は、すでにヒューイの記憶の中で薄れるほどの強さしかなかった。

 もちろん彼にとっては強敵ではあるが、アキラにとってはそうではなかったのだ。

 しかし、レジュラは別だ。

 序列二位と一位では大きな差があったのだ。


 結果。

 アキラはなす術なく倒されてしまった。

 彼の巨躯から生まれる突き。

 その威力は尋常ではない。

 アキラの後方、石造りの壁には亀裂が走っている。 

 それだけの威力があったのだ。

 強すぎる。

 勝てるはずがない。

 再び震えが起きる。

 何をしていたのだ。

 自分は何を期待してここにきたのだ。

 最強であるレジュラに勝てる存在が現れたと。

 そんな彼の生き様を見たいなんて考えて。

 弟子になりたいなどと言い、ただ後ろに続いた。

 なぜこんな場所にいるのだ。

 動かなくなったアキラを見て、レジュラは嘆息する。

 そしてヒューイに視線を移した。


「……ゴミか」


 その一言で、ヒューイは自分の存在全てを否定されているかのような錯覚を覚えた。

 レジュラの言うとおり、自分は何の価値もない。

 ただここにいるだけの存在。

 弱いから人に迎合し、命令を聞き、あんなことをしてまで生きながらえた。

 そうして。

 生きているだけの存在になった。

 それでも、強くなりたいと。 

 生きたいと思った。

 ただ生きているだけではない、自分で勝ち取りたいと。

 だからここにいる。

 そう。

 そうだ。

 逃げるためにここにいるんじゃない。

 戦うためにここにいる。

 ヒューイは立ち上がり、レジュラに対峙する。


「雑魚が。俺に戦いを挑むか。理解できんな。

 貴様のような脆弱な人間は強者の下で生きていればいい。

 なのにわざわざ死ぬような道を選ぶとは」

「ぼ、僕はよ、弱い……何もできないし、あ、あなたには勝てない」

「わかっているならば、なぜ?」

「も、もう逃げるのは嫌だ……戦うって、強くなるって……き、決めたから」

「……愚かな。貴様の力は俺どころか他の人間よりも下だ」

「む、無謀だってわかってる! でも、こ、ここで引けば、ぼ、僕は、だ、ダメになる。

 ま、また同じように、言い訳を並べて、逃げる。逃げてしまう。

 だ、だから、僕は逃げない……そ、そう決めたんだ」


 アキラと出会い、強くなるとそう思った。

 ここで彼をおいて逃げればまた同じ。

 また虐げられるだけの日々に戻る。

 アキラに縋るつもりはない。

 彼の力を頼りにするつもりもない。

 そういう風に約束したのだ。

 だから。

 戦う。

 死ぬとわかっていても。

 ヒューイは腰に携えた短剣を抜いた。

 が。

 相棒は虚空に飛び上がる。

 次の瞬間、いつの間にか眼前にいたレジュラの拳が視界を埋める。

 死んだ。


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