人を超えた何か
しばらく歩くと茅屋はなくなり、石造りの家屋が立ち並ぶ。
地面も石畳、舗装され、明らかに文明レベルが上がっている。
明確な格差。それは強さに比例するものでもあった。
だが。
「我が双蛇流、流るる龍を喰らえぃ!」
両手に鞭を持った男が気勢を発しつつ、両の手を振る。
流派名と同様に、蛇のようにうねっている鞭を前に、アキラは無表情を保つ。
彼の後ろではヒューイが怯えながら動向を見守っている。
周囲には人だかり。
最強達が集まっている。
速度は音速を超え、パンパンと虚空を叩く。
その衝撃で周囲が削られる。
圧倒的な速度。
眼前に起こっている神業に、ヒューイは体を震わせ、アキラは嘆息した。
「ジャアアアアッ!」
屈強な男の叫びと共に、鞭なる蛇がアキラを襲った。
尋常ではないほどの速度。
躱せるはずはない。
音が止まった。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げたのは男の方だった。
アキラは無感情に男を見つめる。
アキラの両手には鞭が握られていた。
目にもとまらぬ速度の鞭を、指で掴んだのだ。
ありえない。
あり得るはずがない。
鞭の最大速度は音速。
もちろん常時ではないため、速度は落ちる。
それでも人が掴めるような速度ではない。
それなのにアキラは一呼吸にも満たない瞬間を見極め、鞭を掴んだのだ。
当然、見えているだけではだめだ。
人外じみた反射神経、思い通りに身体を動かす正確さが必要だ。
それをアキラは平然とこなした。
人間業ではない。
アキラと対峙していた男は、鞭を強引に奪い取ろうとしたが、それは叶わない。
アキラの膂力に対抗できるはずもなかった。
男は焦燥感のままに、鞭をアキラに向かって投げる。
簡単に避けたアキラは、すぐに男に向き直った。
男は地を蹴り、跳躍すると、アキラに向かって足を伸ばす。
「キエェッ! ひぶぅっ!」
簡単に避けたアキラは、すれ違いざまに男の喉を腕で振り払った。
ラリアットである。本気でやると死ぬので素人はやってはいけない。
ぐるんと後方に何度も回転した男はそのまま正面に吹き飛び、地面に落ちた。
動かなくなった男を見て、アキラは嘆息する。
「弱い」
呆れながら先へ進むアキラ。
「いざいざぁ! 拙者は、五刀一心流、男鹿新之助と申すもの!
尋常に勝負!」
なぜか着物を着た日本人らしき男が刀を抜きつつ、アキラの行く手を阻む。
「……えらい、時代がかった奴が出てきやがったな」
「あ、あの、全世界中の最強の存在が集まるので……それぞれ時代背景も違ったり」
「なるほどね」
アキラの世界ではアキラが最強だったが、別の世界では別の存在が最強だ。
その世界の文明や時代は、地球とは違う。
ならば、江戸か戦国かよくわからないが、それくらいの時代の日本人らしき人間が最強ということもあるだろう。
刀。
日本古来の武器。
あるいはそれの近い何か。
日本刀の切れ味は非常に高く、また頑強さも類を見ない。
だが扱いが難しく、独特。
それ故、深みがある。
アキラは油断なく構える。
対して男鹿は流れるように正眼に構える。
隙はない。構え自体に独自性はない。
真っ当な剣術。
「シィィィィエェェッッイィ!」
男鹿の裂ぱくの気合い。
同時に、男鹿は地を蹴る。
瞬時にアキラの眼前に移動した男鹿は真っ直ぐ刀を突きだした。
文字通り真っ直ぐ。アキラの視点に向かい直線を維持したまま突きを繰り出した。
遠近感というものは線や規模で把握する。
故に、点が拡大することで距離を測ることもできるが、直線状のものが真っ直ぐ近づいてくれば遠近感は狂う。
必然、剣の軌道を読みにくくなる。
だがそれは常人相手の場合。
アキラは首を傾けて、突きを軽く避ける。
「シェィッ!」
男鹿の猛攻は続く。
絶え間なく、油断なく、流れるように放たれる突き。
その一つ一つ、綺麗な直線を描き、アキラの顔面に向かう。
しかしアキラは簡単にその攻撃を回避し続ける。
「……ならば!」
男鹿は刀を突きだしたまま、アキラに迫る。
微妙な速度のため、回避することが難しい。
反面、対処は簡単になる。
アキラは拳を引く。男鹿を撃退する構え。
刀を突きだした状態から、男鹿はそのままアキラに突っ込む。
アキラは寸前で刀を避け、懐に潜り込む。
そのままアッパーを繰り出す。
が、その挙動は途中で止まる。
アキラはその場で回転し、奇妙な動きのままに、男鹿の横を素通りしたのだ。
そのまま、再び男鹿に向き直る。
男鹿の構えは変わっていた。
刀身を後方へ投げ出し、柄を突き上げるような構えをしていた。
突きは距離が近い相手には無効化される。
しかし男鹿は、あえてその状況を作り、相手が懐に入るように促した。
そして入ってきたと同時に柄で相手の顔面を打つ。
後方へ引いた瞬間、大上段からの打ち下ろしで寸断。
男鹿の算段はこんなところだろう。
だがその目論見は、アキラには通じなかった。
振り返った男鹿は、不敵に笑う。
そして言った。
「見事、なり……ッ!」
男鹿の口腔から一筋の血が溢れ、地面に滴る。
と、男鹿はその場に倒れた。
すれ違いざまに、わき腹に一撃を加えていた。
それだけで屈強な男は昏倒したのだ。
死んではいない。
殺さなければ勝てないような相手ではないからだ。
「つ、強すぎる……」
ヒューイが感嘆と共に息をのんだ。
アキラの背後には何か得体のしれないものが浮かんでいるように見えた。
彼は人ではない。
人を超えた、何か。
怖い。恐ろしい。
しかし、ヒューイはアキラの背を追った。
誰しもがアキラとの力量を差を実感している中、この中で最弱のヒューイだけが。
アキラの後を追った。
もしかしたらアキラならば。
彼ならばレジュラを倒せるのではないか。
そんな期待を胸にして。