激戦の先に
合図もなく、アキラは集団に向けて疾走した。
無理無茶無謀。
明らかに死ににいくようなものだ。
しかしアキラに迷いはなかった。
アキラの行動に先頭の男達は虚を突かれた。
だがそこは最強達。
すぐに気を取り直し、受けの体勢になる。
多勢に無勢。
勝てる要素はほぼない。
はずが、アキラは速度を緩めない。
そのまま。
跳躍して突っ込んだ。
「何してんのおぉぉぉーーーっ!!!?」
端っこに移動し身を隠していたヒューイが思わず絶叫する。
「馬鹿がっッッ!」
共に男達の怒号が走る。
アキラは先頭の男の頭を掴み、膝で顎を砕く。
あまりに迷いない行動に、隙を作ってしまった男は、憐れにも一撃で地面に伏した。
が、アキラはそれを許さない。
倒れそうになる男の頭を掴み、そのまま前方へ回転。
かかとを落として、男の後方にいた別の男を攻撃。
半ば死角になっている方向からの攻撃に、男は対処できない。
鎖骨を折られた男は苦悶の表情を浮かべるが、痛みを無視して頭突きを放つ。
戦いに慣れている者ばかりの中、簡単にはやられてくれない。
アキラは右手で男の顔面を軽く叩く、触れると同時に力を込める。
脇の下の筋肉が隆起する。
グルンと男の首がねじられる。
そのままアキラは空中で回転。
周囲の人間に向かい、横蹴りを流す。
顔の高さで回転しながら投げ出された足は、的確に男達の顎を揺らした。
着地。
隙が生まれる。
四方八方に敵がいるというのに。
「キィィイィィッ!」
悲鳴にも似た奇声と共に、杖が真っ直ぐアキラに向かう。
杖術使いがいたらしいが、それくらいの攻撃ではアキラに届かない。
最低限の動きで棒の軌道を避け、そのまま背中を反る。
後方宙返りして、背後にいた男の肩に乗ったアキラは、両太腿で男の顔を挟んだ。
そのまま後方へ回り、足の力だけで男を投げる。
両手で地面を掴むと、片方の肩へ体重を乗せ、ウインドミルのような動きをする。
そのまま、周囲の男達を蹴り飛ばした。
「くっ、こいつっ!」
姿勢を低くしているアキラに向かい、男達が獲物を振り下ろす。
剣や槍、近辺にあった椅子や棒や鉄。
それらが一斉にアキラに降り注ぐ。
だが、それは意味をなさない。
アキラは腕の力だけで『数十センチ跳躍した』。
逆立ちしていたアキラの顔面付近に向かっていた凶器は何にも当たらず土を掘る。
腰をひねって再び立ち上がったアキラは、流れるように男達の間を素通りする。
通りつつ、回転しつつ、回避しつつの攻撃。
全身が武器だ。
指先で、急所を狙うだけでも人は無力になる。
それを体現しているのがアキラだった。
勢いは止まらない。
動きは止まらない。
アキラはひたすらに集団の間を動き回り、回転しつつ攻撃を繰り出す。
すでに半数近くが戦闘不能状態。
こんな状況になったのは、アキラが強いという理由以外にもある。
それは彼等は個々の能力が高すぎるが故に、集団戦闘に慣れていないからだ。
自分一人で多勢を相手にすることはあっても、自軍が多勢の場合は少ない。
そうでなければ最強になどなれないからだ。
故に不得手。
アキラに翻弄されている。
しかしその勢いも終わりが来る。
アキラに向かい、何かが飛んできた。
当然、アキラは回避するが完全に流れは変わる。
多勢相手の状況で最もしてはならないこと。
それは足を止めることだ。
膂力ではさすがに勝てない。
だから動き続け、翻弄し続ける必要がある。
しかし、アキラは強引に回避を迫られ、滑らかな動きはできなくなった。
対応を迫られ、結局、集団から距離をとることしかできない。
これはそうさせられたということ。
距離を取り、飛んできたものを確認すると、それは人間だった。
地面に倒れている人数は百近く。
一人一人急所を狙ったためまず起きない。
だというのに死人はゼロ。
それはそれだけの力量差があるということでもあった。
「どけぇ、俺が、やるぅんだからなぁ」
のしのしと歩き出てきた男は、大柄という言葉では足りないほどに巨大。
巨人とも言えるその男の身長は、三メートル。
アキラの身長は恵まれている方ではあるが、相手の体格はそんな程度の才能ではない。
もはや人外。
腕などアキラの腰並。
どれほどの膂力を持っているのか、見て取れる。
圧倒的な生物としての優位性を誇っている。
「ゴメスだ!」
「序列一万位のゴメスだ!」
「ゴメスが出てきたぞ!」
一万。
この都市に来る前の、アキラの序列は十五万程度。
ならばゴメスの実力は上位の方なのだろう。
だが十五万中一万とは微妙なランクだ、とアキラは思った。
まあ、いい。
どうせ戦えばわかることなのだから。
「おまえぇ、新人のくせにぃ、なまいきぃ、だぞぉ」
「なんだ? ここは年功序列なのか?
老害どもがいきがってるだけってか」
「おおぉん、なまいきぃなまいきぃ、ぶっ殺すうぅっ!
おでがぶっ殺すぅ、ぶっ殺すぅ」
「おつむが弱いくせに話すなよ。男なら、拳で語れ」
アキラは流れるように構える。
両手をかざし、姿勢を低くしている。
レスリングやサンボを思わせる構えだ。
前傾になる理由の一つに、初速を出すためというものがある。
短距離走と同様に、前傾になれば加速しやすい。
タックルを主な技とする格闘技やスポーツであれば基本となる構えだ。
相手は巨体。
筋力では勝てないとなれば、関節技に移行するのは当然の流れだった。
関節を取るにはスピードが必要になる。
相手が身構えてしまえば終わりだからだ。
基本的には相手の虚をつく必要があるということ。
怒り心頭に発しているゴメスは、猛獣の咆哮と共に、アキラに向かって走った。
あまりに無策。だがそこには強者の自信があった。
圧倒的な圧力を受けて、アキラは冷静にゴメスの挙動を注視する。
巨大な腕が振り下ろされる。
と、寸前でその腕は止まった。
「フェイントです!」
ヒューイは叫ぶ。だが遅い。
ゴメスは返す刀で、裏拳を放った。
巨体の速度ではない。
あまりの速度に、瞬きさえ許さない合間しか余裕はなかった。
アキラの視線は正面に固定されている。
見えていないのか。
そのままアキラの身体をゴメスの拳が覆った。
ギギィッ!
奇妙な音と共に、静寂が訪れる。
固唾を飲んで見守る衆人環視。
その中で、時間は動く。
「だ」
ゴメスが言った。
「だああっ、いだだ、だだっ、だいぃっ、いだだっ!」
巨体の男は痛みに呻き、膝を折った。
後方、ヒューイや他の男達からではアキラの姿は見えない。
何が起こっているのか。
それを確認した者達は驚愕に目を見開いた。
「これで同じ身長だな、おい」
アキラはゴメスの拳を回避することも、関節をとることもしていなかった。
彼はゴメスの拳を腕で防御していた。
あれだけの体格差、しかもかなりの膂力を用いていた。
それを真っ向から受けていた。
しかも、ゴメスの指と指との間、柔らかい部分、軟骨を狙い、拳を立てていた。
指を曲げ、関節部分を上手く当てていたのだ。
アキラはただその姿勢を保っていただけ。
ゴメスは自滅したのだ。
拳の骨は割れ、血を噴き出し、皮膚を突き刺して白いものが見えていた。
「おいおい、これくらいで痛がるなよ」
たった骨折しただけのこと。粉砕骨折じゃあるまいし、痛くもない。
そう言っているかのようだった。
ゴメスは全身を汗だくにしながらも、アキラを睨んだ。
恵まれすぎた人外じみた男は、その体躯から怪我を負った経験がほとんどない。
それ故に怠惰であり、それ故に我慢を知らない。
ゴメスは憤怒のままに、両手でアキラを掴もうとした。
そこに技はなかった。故に避けることは容易かった。
だがアキラは動かない。
ゴメスの腕がアキラを掴む。
その瞬間。
『アキラはゴメスの手を掴んだ』。
握力比べの状況。手の大きさは明らかに相手に分があった。
ゴメスはニィッと笑う。
それはそうだ。
どう見ても、アキラに勝ち目はなかった。
「ばがめぇっ!」
ゴメスが力を込める。
腕の筋肉が盛り上がり、ミシミシと音を立てる。
余裕の笑みを浮かべ、舌なめずりをするゴメス。
対してアキラは無感情にそれを見上げる。
次第に変化が訪れる。
「ぐ」
呻き声が聞こえた。
「ぐぐっ」
続けて聞こえる。
「うぐうぐぅっ、うううぅっ!」
呻いていたのは。
ゴメスだった。
両手を返され、腕の内側が上方に向けられる。
強引に関節を決められた状態で、ゴメスの腕が伸びた。
そのまま痛みのあまり、くずおれて、尚も手は離れない。
いや、アキラが離さなかったのだ。
「ほら、頑張れ」
「いづづづぅ、いづぅっ!」
痛みから逃れようと肩を上げる。
関節の限界が来て、それ以上は動かなくなると、あとは痛みを受けるしかなくなる。
姿勢を低くしていられず立ち上がり、更に高さを求めてつま先立ちになる。
対して、巨体を翻弄しているアキラは涼しい顔をしている。
だが首筋までの筋肉は盛り上がっていた。
どれほどの力がそこに込められているのか。
「授かったもんに縋って、甘んじているような奴が最強とは笑わせる。
筋肉にも質がある。鍛えきれないような場所は人間にはねぇ。
諦めず、鍛錬を続ければ、ほら、こんな風に」
アキラは姿勢を低くして、腰を入れた。
両腕を内側へ持っていき、引く。
ググッと背中を反ると、ゴメスの身体が浮き上がった。
「お、折れるぅ、おでの腕がおでるぅっ!」
「トレーニングが足らないな。もっと鍛えろ、軟弱野郎」
そのままアキラは、ゴメスを宙に放った。
地面に落下するとメキッと気味の悪い音を鳴らしながら、ゴメスは悶絶する。
巨躯は地面をゴロゴロと転がり、痛い痛いと叫んでいた。
「弱すぎる」
そんな言葉を漏らし、アキラは嘆息した。
ここまで一度も死の危険を感じない。
転移時に戦った男達の方がまだ強かった気がする。
それも当然。
なぜなら彼等は三位一体の攻撃を主とした戦いをしていたからだ。
個々の戦闘能力自体は低いが、見事な連携だった。
対して目の前にいる連中はコンビネーションを考えてもいない。
その上、個々の能力は、強盗の男達よりも少し上程度。
ゴメスはそれ以上に強いが、所詮はただの大男だ。
アキラの敵ではない。
「これが最強と呼ばれた奴らの実力か? もっと、俺を楽しませてくれよ」
それは煽りではない。
挑発でもない。
ただの願いだった。
むしろ頼んでいる。頼むから強くあれ、と。
しかしその願いは届かず、そこに集まっていた男達は尻込みするばかり。
見ると、彼等の瞳には強者の持つ感情がない。
どうやら彼等はくだらないプライドを持っている『元最強達』だったようだ。
ここで大暴れしても望みの戦いはできそうにない。
アキラは深いため息を漏らした。
興が削がれてしまったのだ。
アキラが歩くと、男達は距離を保つ。
集団の中に道ができると、アキラは淡々と歩いた。
その後ろをヒューイが続く。
「……つまんねぇ」
汗一つ掻かず、傷一つ残さず。
アキラは戦闘を終えた。
「あ、あの、ア、アキラさん、じょ、序列上がってるんじゃ」
ヒューイに言われて手の甲を確認してみた。
●ランキング
滞在域 :人域
滞在域序列 :155,123位 → 9,999位
総合序列 :484,897位 → 339,773位
「上がってんな。一万以内に。でもよ、他の奴、本当に強いのかよ……。
この調子じゃ、上位層も雑魚じゃねぇの?」
「そ、そんな! 化け物揃い、のはずです……。
アキラさんでも厳しい戦いになりますよきっと!」
「袋叩きに会うとか言ってた奴に言われてもな」
この分だと化け物と言われる相手も大したことがなさそうだ。
本当に期待していいのだろうか。
そう思わずにはいられない。
強くても競う相手がいなければつまらない。
優越感を抱くような段階でもない。
「と、とにかくですね! ここは下位層の住宅地なんで、上位層のところへ行きましょう!
一万位以内になれば、上位層の連中とも戦えますんで!
ただ、百位圏内じゃないと序列はあがりませんけど」
「どうでもいい。さっさと行くぞ」
アキラは落胆しつつ、先を急いだ。
ヒューイの先導で街中を進むと、今度は誰しもがアキラに畏怖の感情を向けてきた。
さっきまでの居丈高な態度はどこへ行ったのか。
最強の誇りはないのか。
これではどこも変わらない。
弱者と同じではないか。
それがアキラを苛立たせる。
まだ、盗賊まがいをしていた男達の方がよかった。
あそこには命をのやり取りをしていた感覚があった。
だがここにはない。
ああそうか。
ここは都市の下位層。
上位層の恩恵を受けて住まう奴らの場所なのだ。
負け犬。
例え自分の世界では最強でも、最強達の中では最弱。
故に虐げられ、へりくだり生きている。
結局はどこも同じなのだ。
弱い連中のことはもう、どうでもいい。
上だ。強い奴らのことだ。
最強の中の最強。
そいつが強いか否か。
それだけが重要なのだ。
期待しすぎていた。
最強故に、誰もが強いと勘違いしていた。
だが最弱の最強と、最強の最強では違う。
ならば落差はあるはずだ。
そう思い、自分を言い聞かせつつ、アキラはヒューイの後に続いた。
この先に、きっと自分よりも強い存在がいる、そう信じて。
彼の後方には、敗北を喫した連中が横たわっているだけだった。